月別アーカイブ: 2008年8月

全方向性

宇宙的な座標点を固定しないで、
経験的に全方向性を備えていることが、
ナビゲーションのデフォルトである。
それゆえに
「環境とは自分以外のすべて」なのである。

地球水

工業化によって農村から都市に移住したように、
脱工業化によって大気圏外宇宙で生存するためには
他の生存形式を選択しなければならないと
いう前提をたやすく受け入れることはできない。
自然界に存在する同位体の各元素の純粋な整数的な原子量を
測定する場合、最初にそれらを分離しなければならなかった。
その結果、分布のパターンは整数比ではなかったのである。
水素と酸素を整数的に化合した水だけを日々の飲料水にすれば、
未知な微量元素の働きを完全に除外してしまうだろう。
微量元素の薬理的な働きはシナジーそのものである。
大気圏外宇宙では、地球水はもっとも高価な化合物の一つになるだろう。

有限

宇宙は有限である。
しかし、人類の局所的システムは無限を前提にデザインされてきた。
たとえば、エネルギー効率の低さを無視した内燃機関(ガソリン車は現在でも5%程度)。
バイオスフィアという人類にとって一時的に都合良く、
エネルギーコストを無料化された乗り物は短命に終わるにちがいない。

宇宙は有限である。
しかし、人類の局所的システムは無限を前提にデザインされてきた。
たとえば、エネルギー効率の低さを無視した内燃機関(ガソリン車は現在でも5%程度)。
バイオスフィアという人類にとって一時的に都合良く、
エネルギーコストを無料化された乗り物は短命に終わるにちがいない。

心拍数

生物の寿命は心臓の鼓動数に制限を受けているという理論がある。
熊もカエルも一生涯の心臓の鼓動数はほぼ一定だとすると、
生命保険会社は心臓の鼓動数を
重要な保険料の査定上の判断材料にしているはずである。
いつも緊張した心拍数で生きている人は、
短命なので保険料は高額になるにちがいない。

粘土団子

多様な雑草などの種を100種類以上混ぜた粘土団子によって、
砂漠緑化を行うだけではない。
人間によって間違って緑化された大地を森に還すための
もっとも複雑な工程を
自動的に管理できる最小限のシステムとなっているのである。
エコロジー的な統計学は、福岡正信の粘土団子の機能に較べれば、
粗雑な道具すぎる。
自動車のエンジンを修理するときにドライバーの代わりに、
金槌で分解するようなものだ。
粘土団子はあらゆる偶然をプログラムしているだけでも、
バイオミミクリ(生物模倣)とは反対称的だ。
彼が科学者のように自然の可視的な形態だけを
模倣しなかったからだ。
100種の雑草のシナジーは、<ハイブリッドシナジー>ではない。
ハイブリッドカーにはつねに運転手が必要だ。

全方向性

何でも触れられるモノは、大地を移動させることができる。
たとえば、車や家具やパソコンそしてアルバムなど。
しかし、思考する自己は大地には置けない。
全方向的だからだ。
天測法は、海に浮かぶ船のみに観察者を置かない
最古の全方向的な思考のテクノロジーである。
自分を外から観察する最初のメタフィジクスである。
優れた航海術を習得する人たちが
球面三角法の起源となった天球儀に精通しているのも
立体幾何学が最古の体外離脱のサイエンスだったからである。
そして、彼らが体外離脱のヨガにも精通しているのは偶然ではない。
21世紀のITツールでさえ、
主に個人を大地に据え付ける手段として利用され続けている。
たとえば、衛星インターネットを
技術的ではなく政治的に拒んできた携帯産業など。
ハイテク機器が最新の全方向性能を備えているとは限らない。
個人を専門分化に引き止め、分断するための
もっとも効果的で経済的なツールなのだ。

発明と発見

物理的にしか発明できない。
超物質的にしか発見できない。
ゆえに、
発見だけは報酬(royalty)から
もっとも遠ざかることができる。

ロイヤリティ

忠誠(loyalty)は虚偽の始まりである。
宣誓に報酬がつきものであるかぎり。
国王から委譲された採掘権や油田の使用料
そして特許権使用料などのロイヤリティも
王族の一員であるための王威の具現化である。
この具現化こそは、
歴史的な虚偽の合法化システムである。

岬には沢があった。
沢は豊かな森に囲まれていた。
岬から延びる水平線を溶かす太陽に照射される前に
静かな入り江を見下ろしながら、
瞑想できる時間がある。
水平線は観察者がつくり出す無数の瞬間だ。
太陽はすべての瞬間を焼き尽くす。
現在の出来事は
過去からの反作用であり、
未来への結果である。
現在は、
絶えず書き換えられる過去と
掛けかけられる未来に
作用している。
太陽が入り江をもっと複雑にするための
波を絶やさないように。

真実について

真実について思考することは、
その定義の範囲に関してのみ
真実を変更することである。
エコロジーが発見されてまだ1世紀程度である。
ゆえに、
エコロジーについて思考することは
その定義の範囲に関してのみ
エコロジーを変更することである。
二酸化炭素だけではエコロジーを変容させられないだろう。

知的奴隷

専門分化は知性をバラバラにすることに夢中になる。
学生はそのような知的操作に憧れるように教育される。
専門分野や専門学校そして、
大学院大学はより増加する傾向にある。
そして、バラバラな知性を再構成するための統合的な知性は、
20代にはほぼ破壊されている。
世界的な規模で専門分化がなぜ歴史的に形成されたかを分析する作業は、
分断され征服された知的奴隷にはとうてい期待できないだろう。

水と油

石油が最初に値上がりした。
次にパンもミルクも値上がりした。
それらは食べられない石油から作られているからだ。
ところで、その石油は太陽が
遠隔操作でこしらえたものだ。
原油を値上げしていくらお金を儲けても
太陽は買えない。
石油という火の神は、酸素を必要とする燃焼の神だが、
太陽は巨大な核融合炉の神である。
所詮、水(素)と油だ。

過疎と過剰

携帯からブログの送信もできない
圏外の領域でこの夏はキャンプしている。
人間が退去した海岸沿いの村々に
しばらく滞在すると
エコロジーが劇的に変容しているプロセスが
浮かびあがってくる。
すべての日本の地理的辺境に点在する限界集落は、
産業社会の陳腐化された既製品から構成された人工物だ。
無惨な人工林や除草剤づけの畑や庭・・・。
川と雑草と雑木林という自然のインフラは、
21世紀の優れた宇宙船地球号の無数の乗降口のように見える。
食料、エネルギー、住居のための最小限の機能が統合されるならば、
過疎または不足は過剰の偽装にすぎない。
なぜなら、過疎という概念で、
世界人口は都市部でのみ過剰になっているからだ。