個人以外に

現実的な生存形式を探査し、その結果を記録し、映像化し、
そして数学的に、そして経済的にデザインする作業を
デザインサイエンスの過程にではなく
客体化あるいは服従強制の生存方法として機能させる目的に従事する人々は
その研究開発費を国家や大学に求めてきたことを疑いもしない。

しかし、20世紀の主要な産業のプライムデザイン
(例えば、自動車やPCなど)に関わったのは
国家や大学ではない。

個人以外に宇宙の原理を発見する機会を求めないという
経験的事実はまだ社会的知性ではないのだ。