月別アーカイブ: 2017年5月

局所的グローバリズム

文化は、人間によってデザインされている。
物質や金属を構成する原子は、宇宙的である。
そのテクノロジーは純粋である。

そのテクノロジーは、局所的で近視眼的な習慣を陳腐化するが
人間によって、テクノロジーを意図的に矯正することもできる。

1930年代、電気自動車の開発に成功した後から
内燃機関のガソリンエンジンを開発したのは、石油資本である。

消費者の思考形式を長期的に矯正してきた
グランチの独占への思考形式は、局所的で近視眼的で同族的である。

より働かない自由

より効果的なテクノロジーを目指している
AI,EV、自動運転、カーシェアリングが、
より働かない自由を拡大するテクノロジーではない。

それらは、19世紀的な住宅コストと、水と食料の放射性汚染問題を解決していない。

失業率と求人倍率を調整する権力テクノロジーと
調和するテクノロジーへと矯正され続けている。

より働かない自由は、テクノロジーの副産物ではなく
人類の目的の一つである。

続)発芽テクノロジー

自然発生的な糧に依存する経済活動から、
大地に働きかける予測的な計画へと移行するに従って、
収穫に対する祈りから、豊饒な喜びへと変化し、
さらに、工業が農業から離脱して形成された都市では
ついに祈りと喜びのすべてが消滅した段階に至り、
生存するのに必要な仕事と富を持てない人々が死んでいく格差社会では
死の脅威のもとで労働することが暗黙に了解される。

植物の生存には、発芽の条件と成長の条件は分離できないが
他者のサバイバルに対する配慮を欠いた暗黙社会では、
自然発生的な糧に依存する経済活動が不可能だと思わされている。

自然は、自然発生的な糧に依存する種々の存在による
経済活動の無数の相互作用の集積である。

発芽テクノロジー

人類は、太陽光と空気、水、そして温度で
植物の発芽を制御する遺伝子をデザインしたわけではない。
その機能を複製し実現するコスト計算はまだ不可能な段階にいる。

火星計画には、バイオスフィアの既成の<土壌と種子>が移住する方法が採用される。
もっとも安全で経済的、かつ軽量だからである。

正常化された方法

正常化された学習方法にはじまり、
正常化された経済や生活技術に関わるすべての専門家は、
バランスの取れた人間像に基づいて人間を教育し管理している。

正常化された学習方法で認識する人々が
シナジェティクスの認識過程の秩序化に嫌悪感を抱くのは
シナジェティクスが、
群れの中でバランスの取れた個性化された人間像を作り出す
知と権力による浸透力を、
最初のシナジェティクス・モデリングから
否応なく反映させるからである。

認識過程の特殊な場合における
峻烈な秩序化こそが、矯正されないデフォルト人間像を生成する。

自発的無関心

自国のサバイバルには不可欠な
エネルギー源と食料資源を確保できなければ、
産業が衰退して、経済が衰弱し、
人口が減少するように教育されている。

しかし、それらが消滅する前に、
エネルギー源と食料資源によって
被曝しなければならない段階は
教育されていない。

日本の義務教育課程で実施されている給食に使用される
食材の産地とそれらの日々の被曝測定値は、ほとんど公開されていない。
恐るべき無関心がPTAを支配している。

原子力産業のサバイバルには不可欠な、
しかし、自発的無関心が引き起こす独自なこの被曝プログラムを
アメリカは批判したことはない。

こどもが何を食べるかは、両親が何を考えているかだから。

シダと風

梅雨がやって来る前に
森で小さな焚火をして、コーヒーを沸かしていたら
宮島の弥山周辺の巨石群に生えている
美しい垂直な岩草原を想いだした。
五月の一つ葉シダが群生して、海からの風を写し取っていた。

幻の宮島シダを幾度も探していた10代の頃の
その巨石群の頂上での瞑想は、絶えず<緑の風>に満たされていた。

あの巨石群に、ふたたびコスモグラフィーに連れ出す
垂直な<緑の風>が吹いている。

この瞬間に、太陽が黄道上でプレアデスと重なっている時空さえも。

方法と構造

生存一般を限定している諸概念から、
生存方法を解放するために構造を破壊するのは哲学である。

しかし、諸概念が消し去っている生存の可能性に立ち戻らせるために
構造を生成し解放するのは、シナジェティクスである。

構造の恣意性

実践的デザインサイエンスは、
テロ対策の背景にある自由と人権に制限を加える政治的な観念、
さらに、人間の生活に関する普遍的必然という観念に対立する。

シナジェティクスにおける構造の分析とは、構造が持っている恣意性を明らかにし、
実践的シナジェティクスは、
普遍的な構造とパターンにおいて自由な空間をいかに享受することができるかという
デザインサイエンスの領域を共有するだろう。

内部空間の質的変化をさらに生み出すことができるかを明らかにする行為が
建築コードと対立しないまま、例えば、モバイルシェルターを支える構造とパターンも
発見されなかっただろう。

これまで発見された自然の構造が、
人間の独創性から生み出された構造と一致したことがないのは、
ほとんどの構造の恣意性が、間違った独創性への欲望から作られているからだ。

信憑性に関する閾値

ある感覚や刺激の相違を感知する境界の概念が心理学にあるように、
真実を伝える人々の信憑性に関する<閾値>(=最小限値)によって、
政治システムは、個人の主観と客観に委ねられる思考の仕組みを
もっとも怖れている。

政治システムに委譲する都合良い社会的な<閾値>が、
恐怖感によって操作可能な限界が暴かれるからではなく、
権力構造が普遍的なものに背く時代の中で
その思考の仕組みは、思考の主体を、けっして彼らに委譲しないからだ。

そして、権力構造がより個人に浸透し浸食すると同時に、黄昏れていくのである。
真実を伝える人々の信憑性に関する<閾値>の普遍性によって。

主体なき主観

政治が普遍的なものに背いても
だれも弾劾できない仕組みには
だれも背かない場合、
主体は社会にも個人にも形成されていない。

主体が、もう一方の存在と相互作用する関係をもつ存在であるなら、
さらに、その主体が社会を構成する基本単位であるなら。

主観と客観(subject and object)の相互作用は
もっとも矯正されやすいが故に、
主体なき主観が、政治的かつ経済的な現実を捏造する。

主体なき主観は、独裁の根源である。

人工物から遊離した機能

電力グリッドや上下水道システム(=人工物)から遊離した
個人用のモバイル・シェルターには、
謂わば哺乳瓶の授乳機能のようなエネルギーを受容する機能だけではなく
バイオ装置による水の再生機能が与えられている。
モバイル・シェルターは、バイオスフィアへ帰還するための
超人工物(trimtab)である。

続)二重の客体化

二重の客体化は、支配のための優れた思考方法なのである。
しかし、決定的に統合化のための思考方法ではないだろう。

シナジェティクスは、
統合化のための思考方法を非同時的なモデリングで探究する。

予知ゲーム

経済システムのデフォルトが予測できるのは
経済システムが非科学的な人為的予知ゲームだからである。

最新の地震学では、地震予知は不可能と見なしている。
しかし、3.11以後も地震の予知が継続しているのは
狡賢い科学者たちが、高額な研究補助金を獲得するための
疑似科学的な予知ゲームだからだ。

分散型テクノロジー

テロによって国家は、
世界的規模での情報収集、管理、拘束の必要に迫られたのではなく
軍用の分散型の通信システムが民間の投資によって
世界的規模のインターネットに成長したから
エネルギーと水資源、そして食料に対する世界権力の独占欲が加速し、
より短時間に、より少ないエネルギーで、個人を管理し拘束する
地球規模の分散型テクノロジーが一般化したのである。

それは、世界中の個人が、高価な設備投資を毎月負担しづづけた結果なのである。

抜け目ないテクノロジーは、つねに分散型である。

二重の客体化


科学技術は、客体化のための手段とそのプロセスから形成されるが、
服従矯正の手段としても機能する。

冷蔵庫は、第1次世界大戦では、海上での兵站線に不可欠な軍事技術であったが、
第2次世界大戦後に普及した家電となった。

そして、第3次世界大戦(中東戦争)では、
スマートデバイスでのゲームアプリが
兵士の殺戮の恐怖感から逃避する心理アプリとなった。

21世紀のインターネットは、無料の高速通信手段であるが
平時の市民の服従強制のための監視手段として機能する。


対比的な<図>と<地>による二重の客体化では
同時にそれらを認識できない。


われわれの脳は、こうした非同時的な二重の客体化には不慣れである。
生活水準を向上させるテクノロジーは
<人を騙す>テクノロジーに変換され、
脳科学は<脳を騙す>テクノロジーに転用されている。


服従矯正のテクノロジーは、<互いに隔離された見えない群れ>を形成できる。

哺乳瓶(baby bottle)

哺乳瓶という授乳する道具の発明は、労働形態の変化と人口爆発を加速した。

哺乳瓶の発明は、蒸気機関に始まる19世紀の産業革命と同時期であり、
世界同時多発的に生まれた。
哺乳瓶は、素材技術の革命から生まれたのではなく、
女性の工場労働力の確保の必要から生まれたのである。

その発明は人間を含む哺乳類の子に対して使用できるほど汎用性があるが
当時の哺乳瓶の開発主体は、つねに男性だった可能性がある。

続)貧困と欠乏

つまり、バイオスフィアには、エネルギーの欠乏や過剰は存在しないのである。
欠乏と過剰の経済学が存在するだけである。
あるいは、奪うか奪われるかというゲームを合法化した
デフォルトへの矯正装置にすぎない。

1968年まで、ノーベル賞から経済学が排除されていた理由である。
ノーベル経済学賞は、グランチのスウェーデン国立銀行が設立した賞であり、
ノーベル財団はノーベル経済学賞を認知して来なかった。

貧困と欠乏

貧困と欠乏に、相互関係があるように
富裕と過剰にも、上記の相互関係が
反対称的に機能する。

失業率を廃絶する資本主義は存在しない。

不労所得が十分にあって働く意志または
その必要がない自発的失業人口が増加すると同時に
技術革新によって賃金抑制装置としての相対的過剰人口も増加するからだ。

貧困と欠乏、そして富裕と過剰の相互作用は、自然には存在しない。
分解と結合の同時的かつ非同時的に重なり合う階層構造だけである。

二極的思考

善と悪のイデオロギー闘争に引きずられる二極的思考は、
無秩序を組織するためのエントロピー思考である。

その思考方法は、生命現象ともっとも効果的に対立できるからだ。

私は、「成長する正20面体」(サイエンティク・アメリカン日本版 1990年9月号)の
シナジェティクス論文で、5回対称性に潜む多中心的で非周期的だが
統合的な秩序の階層構造を発見し証明した。

Growing Icosahedra Yasushi Kajikawa
(この論文とモデルは、1990年からシナジェティクスの編集者アップル・ホワイト氏に
よって管理され、現在スタンフォード大学のバックミンスター・フラーのアーカイブで管理されている。)

二極的思考は、数千年の時間によって矯正されたプログラムである。

核保有への前提

人間が互いに敵対するようになり、
さらにどのようにしてイデオロギーを教育するかを知る前に
人間が生まれた時に、
すでにイデオロギー的世界観を自由に選べなくさせられ、
無条件で受け入れざるを得ないことこそ
核の保有に不可欠な前提なのである。

敵の殲滅という固有の世界観を含むかぎり
つねに排他的であり、
競争と矯正によって独占的な実利を最優先する合法的行為さえも
イデオロギー的である。

自由に住む手段と場所の選択肢

鯨が海水という環境との相互作用を楽しむように、
人類には大気圏と水圏、そして大気圏外での相互作用を楽しむための
道具をデザインする能力がある。

21世紀の個人には、
船と飛行機、そして自動車で移動できる手段の選択肢があるが、
自由に住む動く住居の手段(=モバイルシェルター)と
その場所の選択肢はもっとも遅れている。

大気圏内での相互作用が、もっとも経済的で安全だったにも関わらず
大気圏外を移動する宇宙船には、動くインフラが備わっている。

まだほとんどの富める個人も、都市のインフラにぶら下がっている。

より働かない自由

建売り住宅と分譲マンションをより効率的に販売するために
賃貸をより少なく、より高い賃貸にする戦略によって、
豊かさを求める人々を土地不動産と株に繋ぎ止めながら、
土地資本主義は、自ら不動産を手際よく処理した歴史以上に、
世界中を自由に移動する企業の戦略的で
独占的な能力を加速度的に増強してきた歴史は
ほとんど知られていない。

豊かさを求める欲望は、ますます<金利>に繋ぎ止められ
遂に、より働かない自由は、富豪だけの特権だと思わされている。

自由(=Freedom)の実践方法

シナジェティクスが、自然の原理の発見によって、
その独自な探究方法を確立しながら
デザインサイエンスの環境の変革によってもたらされる
自由(=Freedom)の実践方法でないとしたら、
自己規律を伴う自己テクノロジーは
宇宙に内包されなかっただろう。

エネルギーと水、食料とシェルターの科学的な生産技術は、
自己テクノロジーを媒介する。

人為的なリバティ(liberty)とは異なった
自由(=Freedom)の実践方法は、つねに宇宙的で包括的だ。

続)フラクタルな共謀罪

ある犯罪の共謀性と、それ自体を構成する条件を有するすべての犯罪が共謀罪である。
ある行為を犯罪と評価するための上記の条件設定は、すべて権力に委ねられる。

共謀罪を立法化するために代理人に委譲する疑似民主的なプロセスさえも、
共謀罪の条件を満たしている。

共謀罪は、<自由からの逃避>を加速する
フラクタルなシステムの総称である。

フラクタルな共謀罪

人間が服従化され矯正化されていく諸形式の
最大限の包括的な形式が、共謀罪である。

それらの諸形式とそれらの段階が
共謀罪に服従するコミュニケーションを生成するのだ。

そのフラクタルな誘導的な自動化を構想したのは、
<犬のしっぽに犬の散歩を委ねる>ための法律家資本主義である。

権力テクノロジーと法律・記号テクノロジーが融合した
法律家資本主義は、第2次世界大戦後にアメリカで発明された。

自己シェルター

自己テクノロジーは、宇宙と環境との境界に
自己シェルターとして媒介する。

その自己シェルターが、単独では存在せず、
他の有限なものとの関係において生成され、存続するかぎり、
自己シェルターは重さのない諸機能の統合体である。

宇宙がそれを受容する時、自己シェルターは、
宇宙と自己が織りなす無償の贈与システムとなる。

シナジェティクスへの壁

シナジェティクス原理の探究の態度とその技術的方法とは何かを理解するには、
それらに対応する二つの壁(=間違った思い込み)を突き合わせてみればよい。

1.概念的な壁が、理解のための追従的態度から生まれる。
2.技術的な壁が、自らの思想を巧みに表現するために、
  話し手や書き手が従う規則(論文の書式や修辞法や、図学など)から生まれる。

間違った思い込みは、主体的な主観性を遠ざける。

無誘導で飛行する弾道ミサイル

お金がお金を生むゲームさえも経済学にしてしまった結果、
「破綻する経済学」(グローバリズム)を受け入れるために
周到な準備がなされてきた。

「破綻する経済学」は、核武装することで
恐慌時の共産主義からの攻撃と破壊工作を防御しなければならない。

大陸間弾道ミサイル(ICBM)を配備している
アメリカ合衆国、ロシア、中華人民共和国によって、
イギリスは、モバイル型の潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)によって、
戦時と平時の間の「破綻する経済学」を、持続してきたが、
グローバリズムとそのデフォルト時へと共に誘導する主導権は、
弾頭だけが慣性により無誘導で飛行できる弾道ミサイル
すなわち、小型で安価なICBMの配備によって確立される。
(日本の基地は、大陸間弾道ミサイル用の核弾頭の最重要な保管場所なのである。)

無誘導で飛行できるICBM開発が、
誘導型経済と対称的な経済性を備えているのは、
超長距離を飛行するためICBM楕円軌道が、
遠隔の無線誘導ではなく、自然の動的な幾何学的軌跡から生まれたからだ。

遠隔の無線誘導では、即時多数発射が不可能であるばかりか
サイバー攻撃を受けやすいので、
最終的な弾頭だけは、慣性により無誘導のまま飛行する自律性を備えている。

合成と統合について

水が酸素と水素から<化合>できるが、
水素と酸素とを体積で2対1の割合に混ぜただけでは水はできない。
これらの気体を同時に着火して爆発させると水素も酸素も消失して、はじめて水ができる。
水素と酸素が相互にはたらきあって、結合して水になる。

テンセグリティは、紐と棒から<合成>できるわけではない。
テンセグリティは、その<合成>過程で分子間引力という張力の概念と
圧縮力を不連続にする分断の概念とその物理的操作を必要とする。
圧縮材と張力材が相互に働き合うように意図的に操作しなければ
テンセグリティモデルは形成できないのは明らかである。

紐と棒から単純に<合成>されるだけなら
プラトンやアルキメデスのギリシア時代に、
あるいは遅くとも、ヨハネス・ケプラーの時代に発見されていただろう。
球に内接するプラトン・アルキメデスの多面体の頂点の配置を
テンセグリティを構成する多面体の頂点の配置と一致させることは可能だったはずだから。
あるいは、ケプラーの多面体で球に内接する
正多面体の内部の対角線(=テンセグリティの圧縮材の配置パターン)は
十分に駆使されたはずだから。

20世紀になってはじめてテンセグリティが発見されたのは、
<化合>でもなく<合成>でもなく、
自然を模倣することなく構成物質と概念(=引力)を
意図的に<統合>した操作主義の結果なのである。

しかし、テンセグリティに動的な均衡を生成する外部からの振動が絶えず与えられ
自らの構造をより強化して自律するデザインは、発見者の意図と操作を超えていたのである。
テンセグリティは、基本的な<構造の概念>を操作主義的に定義した革命的なモデルである。

自然による統合方法の発見とその体系化は、
バックミンスター・フラーの<シナジェティクス>である。

張力が不可視な動力学的なモデル

ベクトル平衡体やテンセグリティのような動力学的なモデルは
古典幾何学における<面、点、線>の関係からは記述されない。

シナジェティクスにおける記述の突然の変化は、
幾何学の探求者と対象化されるモデルとの関係が完全に変化したために生じた。
動力学的なモデルは、時間を含むからだ。

シナジェティクスのモデル言語は
この関係を捉えようとするために生成される。

プリンストン大学時代のアインシュタインは、
テンセグリティモデルを原子核モデルとして理解していた。

その自然学なくして、バックミンスター・フラーレン(Buckminsterfullerene)は
出現しなかっただろう。
フラーレンは、張力が不可視な共有結合・分子間力となることで
構造的に安定する極小のテンセグリティモデルである。

この張力が不可視な動力学的なモデルは、実験室で人工的に生成される前から
隕石の中には無数に存在していたのである。

テストパイロット

実験(experiment)と経験(experience)は、類義語である。
experi-とは、外部から試すしたり、調べる行為を語源としている。

繰り返して試したことによって獲得された知識群は、
つねに安全な外部にいる専門家(expert)を必要とする。

破壊実験を遂行するほとんどの専門家たちは、つねに安全な外部にいなければならない。

1903年に飛行機による有人動力飛行に世界で初めて成功したライト兄弟は、
世界最先端のグライダーパイロットとして機体設計に携わったが
同時に動力飛行機の最初のテストパイロットでもあった。

安全率(safety factor)が計算可能となった後の外部の専門家たちは
けっして内部の最初のテストパイロットにはならなかったのである。

絶えず更新される内部での実験(experiment)と経験(experience)こそが
宇宙のテクノロジーを最初に媒介する。

破壊実験

航空機も自動車も、
破壊実験によって最終的な安全性を含む全性能が確立できる。

核兵器もこの破壊実験によって、目的とする破壊力が確立されている。
(広島と長崎での被曝実験によって、核兵器はより改善された。)

航空機や自動車の破壊実験に失敗がないように
あらゆる核実験や弾道ミサイルの実験に失敗はない。
(実際、遅れて核軍備する国が、もっとも少ない実験で、最短時間に核武装している)

予測性能は、実験毎に向上するが
学校教育では、失敗や破壊を回避する思考回路が形成されている。

最悪の情況に対応する経験を伴わない思考回路の
安全率(safety factor)が低下している場合、
その群れは、少ない力でもっとも従順に支配される。

革命的な自己教育システム

1961年当時9歳だった私は、
文部省指定の教科書がいっさい使われないまま、子供が子供を教育する
教育実験プログラムの指定校(公立の小学校)に通っていた。

子供は、数学や生物学を、そして工作を自力で学んだ。
つまり、無数の間違った情報とその間違いを是正する方法と共に。

私のランドセルには、ノートと重すぎる百科事典しか入らなかったが
教師を不要とする子供の自発的で自律した学校生活は、
私の子供時代のもっとも幸福な時期である。
級友たちは、アメリカが指導していたその革命的教育実験の証言者たちである。

しかし、自己教育の理論化には不可避だが過激すぎると批判された
この教育実験はアメリカ国内では禁止されていた。
この実験は、廃墟の後のインフラ無きヒロシマでのみ見事に成功したのである。

この非凡な包括的なプログラムは、教職員組合とPTAの常識によって、
現在の義務教育で再び採用されることはないだろう。

1981年に私の師となったバックミンスター・フラーは、
もっとも優れた自己教育の教育理論家だった。
彼は、私の単独者のシナジェティクスの開発方法にとても興味を抱いていた。

シナジェティクスは、フラー自身の自己教育理論の集大成でもある。
子供は、シナジェティクスの学習によって
自己規律的・自己教育システムを自発的に始動させることができる。

規律訓練

忘れてはならないのは、

アメリカの占領下で優れた民主主義教育が遂行され、
アメリカの基地で核を保有する奴隷的な支配下で、
自由の制度の構築が謳歌された事実である。


1964年中国は、アメリカおよびソ連の核への抑止力としてアジアで初めて核兵器を開発し、
アメリカ、ロシア、イギリス、フランス、中国の5か国による
核軍備が完成した21世紀の冷戦後の軍備化において、
属国的な経費役割分担に始終する日本では、
規律訓練という戦時下の理念的図式を露わにしたことである。


その結果、日本における民主主義的な教育投資と自由の制度の構築は、
先進国では比較にならなほど意図的に遅延させられている。

貧弱な教育投資と長時間労働で、義務教育に従事する教師たちは疲弊し、さらに
管理された規律訓練によって、すぐれた革命的教育プログラムはほとんど理解されていない。