カテゴリー別アーカイブ: テンセグリティ

非物質化

釣糸に触ると、魚が掛かっているかどうかは
張力と振動によって瞬時に分かる。

万有引力は、触ることが出来ない。
断面がゼロの非物質化した
弾性率ゼロの破断しない張力材である。

軌道の円周の長さが
電子波の波長の整数倍でしか存在できない電子は
陽子と互いに非接触のまま原子核を構成する。

圧縮材と張力材が互いに非接触でつねに振動する球状テンセグリティでは、
圧縮材の2倍の長さを持もつ張力材で構成される場合が
もっとも安定する。

シナジェティクスは幾何学ではない

シナジェティクスは形態の探究ではないばかりか、
シナジェティクスは幾何学ではない。
25世紀間も幾何学は時間を含まなかった。
幾何学の探求者が新たなシナジェティクスモデルを発見することは稀である。
バックミンスター・フラーの時代から
概念モデルの発見を伴うシナジェティクス論文はアカデミズムでは不発だった。

プラトンの正多面体(Platonic solids)が
大理石という固体から離脱できなかったのは、
固体(solid)という永遠性に魅せられた古代メタフィジックスの限界からに違いない。
そして、固体は軍事的な要塞の城壁を維持してきた歴史を圧倒する。

シナジェティクスのモデリングの素晴らしさは、
最初のモデルで言及されなかった
新たなモデル言語をその同じモデルから発見することにある。
シナジェティクスは非物質化へのプロセスに現れるからに違いない。

それは、最初の自分とは違った存在の確認ではなく、
自己を超えた存在(unknown)の兆しなのである。

時折、シナジェティクスモデルは、メタフィジックスとフィジックスを
相互に変換する触媒機能を形成する。

☆解説 5回対称性の神秘について 梶川泰司
5個の正4面体から構成されたの20個の頂点は、正12面体を形成している。
各正4面体を構成する6本のパイプは、他の4個の正4面体と点接触で構造を相互に安定させシナジー的に自律する。

続)テンセグリティの起源

バックミンスター・フラーのテンセグリティは、
「臨界的に接近しながら分割された独自な出来事が、
純粋な原理において複合的に相互に作用する集合のみから形成された(RBF 1983)」
構造とパターンが発見され、
その構造とパターンが圧縮材と張力材に置換された最初の概念モデルである。

原子核やフラーレンの構造安定性を、
テンセグリティモデル以上の具体性に置き換えることに
だれも成功していない。

バックミンスター・フラーのテンセグリティの発見(1927,1949)によって、
プラトンの正多面体群が、
原子論の最初のモデルだった科学哲学史は完全に塗りかえられてる。

テンセグリティの起源

「鉄の棒が生コンに偶然落下してから25年が経過して
大型建築物における鉄筋コンクリートの実用化がはじまった」
(バックミンスター・フラー 1983)

柱と梁が90度で一体化した構造は、
地球上の疑似的な固体の概念に頑なに固執した物質化である。
物理学はけっして固体を発見しなかった。
非科学的な固体概念こそ、他の天体では過剰な重量ゆえに非実用的である。
地球上の資源では、人類のための20億戸の固体的住居は、供給不可能だ。

しかし、棒と紐が偶然から絡まって、
テンセグリティ原理の発見があったわけではない。

テンセグリティは、バックミンスター・フラーが
固体という概念から脱獄する過程で発見した宇宙の構造原理なのだ。

建築の構造とその歴史を全否定する構造原理としてのテンセグリティ構造を、
基礎を必要としない自律した永遠の構造原理として再考すべきである。

宇宙に存続する生命体として、人間の37兆個の細胞はすでに
例外なく基礎のない超軽量のテンセグリティ構造を採用している。

井戸と畑とシェルター、そして流木

サバイバルの生活空間はバラックから始まっていた。
私の場合は、都市が核兵器によって殲滅された後の
廃墟のなかでのサバイバル方法から幼年時を過ごした経験が
都市生活者の<構造とパターン>を完全にリセットしていたのである。

後年、テンセグリティはバラックの最高峰として認識できたのは
サバイバルの現実性からであった。

井戸と畑とシェルター、そして流木でする焚火の夜空は
内部と外部が放射性セシウム137を媒介して一体となっていたにもかかわらず。

テンセグリティは流木を圧縮材とすることができる。
2点間距離を維持する目的で。

観察者の観察方法が自らの経験によって浸食される場合、
<構造とパターン>を生成する概念が、もっとも変化しているのである。
しばしば、場所の喪失やその移動によって、あるいは異文化との邂逅によって。

2次的な美的基準

テンセグリティが張力を生成するのではなく、
圧縮力が張力を生成すると張力が圧縮力を生成する時、
その非同時的な相互関係がテンセグリティを維持する。

テンセグリティは多面体から発見されなかった。
面は存在していなかったから。

テンセグリティを生成させるための対称的形態は、2次的な美的基準からである。

知られざるテンセグリティモデル

バックミンスター・フラーが講義で使用していた
球状のテンセグリティモデルは、飛行機での移動には不適切であった。
講義の前に僅かな時間で組み立てられる方法よりも
折りたためる構造をすでに発明していた。
この方法は、まだどの文献にもBFIのアーカイブにも存在していない。
見えないモデル言語は、まだ未整理のままなのだ。
シナジェティクスの有用性は、現在の数学には属さない。

ハイエンドユーザ

テンセグリティ構造の自由度と安全性に深刻な影響を与える建築法規(コード)のために
生活空間としてのテンセグリティ構造の可能性を一掃しなければならないということではなく、
構造の自由度、それに伴う強度と剛性は、ある領域において制限されるべきだなどとは
建築コードという記号テクノロジーからは本来何も本来何も言えないのだ。

まして、建築コードの組合せを駆使するハイエンドユーザである建築家から
テンセグリティの可能性を否定することはできない。
科学テクノロジーは、しばしば、記号テクノロジーを陳腐化してきたからだ。

航空機が実用化されるまでの間に翼やプロペラの挙動に関する
空気力学や機械工学的なノウハウが獲得された後に、航空機の免許制度ができたのではなく
航空力学が最初に誕生したのだ。
技術的に精通したユーザー(tech-savvy users)は、教育の効果から生まれる。

シナジーはデザインできない

より加速度的に増加する局所情報を劇的に無化するシナジーは、デザインできない。

局所的に激しく強く受ける外力エネルギーを
非同時的に全体に分散する機能に変換するばかりか、
システムを通過する外力エネルギーをよりシステムを強化するために振動し、
それゆえにより軽量化を果たしながら
動的な均衡を維持するテンセグリティモデルさえも。

同時的すぎる思考の防御方法は、固体的でより脆弱になり、
そして統合されたテンセグリティを不安定でより危険な構造とみなすほど
自然に対して傲慢なのである。

究極の構造システム

建築における構造設計では、これまでコンピュータによる計算結果よりも
数倍の安全率を使用してきた。航空機の場合は、せいぜい2倍を超えないのは
その安全率の起源と必要性を熟知しているからである。

技術的な無知の増大によって、構造の自重の増加に伴った安全率も自ずと増大する。
より大きな安全率は、より大きいリダンダンシーと荷重分散に対する自由度を失う。
航空機では機体重量の増加は、死の危険性ばかりか、飛行の経済性をも失うだろう。

耐震や免震、そして制振技術以上に、構造の軽量化と剛性化をも統合したテンセグリティは、
究極の構造システムである。

しかし、構造に関わる専門家たちが、テンセグリティが非実用的であるばかりか
もっとも危険な構造だと信じ込まされているのは、構造の自重増加が
材料費と施工費の増大による利益率の増加をもたらしてきた経験からである。

住宅は、航空機や自動車の安全性能や燃費性能、耐久性への革命に比較すれば、
暗黒時代の産物である。

バックミンスター・フラーによるオクテットトラスのテンセグリティ構造体 1980

tensegrity module

弥山の巨石群

宮島の弥山の手前の懐かしい巨石の上で
またおにぎり食べて、
瀬戸内海を見下ろす場所の夢を見た。

あの数百メートルも垂直に聳える巨石から吹き上げる海風になびかせて
そして、無数のテンセグリティを手放すとどうなるのだろうか。

タンポポのように空中を浮遊し、海に着水していくテンセグリティ群は、
再び浮遊するはずだ。
海面を放射する夜光虫のように。

合成と統合について

水が酸素と水素から<化合>できるが、
水素と酸素とを体積で2対1の割合に混ぜただけでは水はできない。
これらの気体を同時に着火して爆発させると水素も酸素も消失して、はじめて水ができる。
水素と酸素が相互にはたらきあって、結合して水になる。

テンセグリティは、紐と棒から<合成>できるわけではない。
テンセグリティは、その<合成>過程で分子間引力という張力の概念と
圧縮力を不連続にする分断の概念とその物理的操作を必要とする。
圧縮材と張力材が相互に働き合うように意図的に操作しなければ
テンセグリティモデルは形成できないのは明らかである。

紐と棒から単純に<合成>されるだけなら
プラトンやアルキメデスのギリシア時代に、
あるいは遅くとも、ヨハネス・ケプラーの時代に発見されていただろう。
球に内接するプラトン・アルキメデスの多面体の頂点の配置を
テンセグリティを構成する多面体の頂点の配置と一致させることは可能だったはずだから。
あるいは、ケプラーの多面体で球に内接する
正多面体の内部の対角線(=テンセグリティの圧縮材の配置パターン)は
十分に駆使されたはずだから。

20世紀になってはじめてテンセグリティが発見されたのは、
<化合>でもなく<合成>でもなく、
自然を模倣することなく構成物質と概念(=引力)を
意図的に<統合>した操作主義の結果なのである。

しかし、テンセグリティに動的な均衡を生成する外部からの振動が絶えず与えられ
自らの構造をより強化して自律するデザインは、発見者の意図と操作を超えていたのである。
テンセグリティは、基本的な<構造の概念>を操作主義的に定義した革命的なモデルである。

自然による統合方法の発見とその体系化は、
バックミンスター・フラーの<シナジェティクス>である。

余剰生産

権力構造によって、余剰生産に従事し、
余剰を追跡することでしか
もはやリアリティを生産することができないのだろうか。

先験的な構造とパターンを受容するためのリアリティは
テンセグリティ・シェルターの天窓から降り注ぐ星々からやってくる。

圧縮力のみからなる権力構造の余剰生産方法から
そのシェルターは生まれなかった。

起源的思考

シナジェティクスの本質的な試練とは
物理的無限性とそれに到達する理論とを証明する実験モデリングに至る
批判であると同時に存在論であるシナジェティクス起源的思考にある。

例えば、テンセグリティ球の直径の物理的な無限性を
支える張力の連続性から
浮かぶテンセグリティに至る起源的思考。

起源的思考は、オブジェに幽閉する美学や学習から生まれなかった。

自由空間

テンセグリティシェルターによって
生存のための自由空間をどのように享受できるかは、
エネルギーと食料の規制制度が持っている恣意性を明らかにしながら
矯正と服従から短期間にどのように離脱できるかでもある。

バイオスフィアへの離脱は、
火星に行くよりも安全で、気楽な漂流に違いない。

自己表現と相反する作用

優れたデザインには
主体の自己表現と自己放棄との間に、激しい往復運動が形成されている。

さらに、思考を声に出す行為によって
自己表現と自己放棄との間の非同時的な相反作用を増大させた結果は
しばしば発見と呼ばれる。

それは、思考の圧縮力と張力との相反作用の
見えないテンセグリティ化による自然のプリセッションに違いない。

直立と浮遊

二本足で直立することで原始人の脳が大きく重くなったように
圧縮材が相互に非接触になると同時に、
連続する張力材で統合されたテンセグリティは、
劇的に軽量化された。

さらに、原始人の直立歩行が
重力とのプリセッションの制御技術ならば、
テンセグリティは、大地から自律し、
ついに浮遊する動的構造となったのである。
(どちらも重力との相互作用である)

直径の無限性に伴う圧縮材の細分化によって。
(それは、水に浮遊する直径100㎝の
カーボン・テンセグリティモデルによって証明可能だ。)

絶えず非固体的

テンセグリティシェルターの方がジオデシックドームよりも
剛性が高く軽量でありながら、より安全で経済的であるのは
客観的実験からだけではない。

ジオデシックドームにおいて、それを構成する構造材の各端部は
硬い樹脂系や金属系のジョイントで相互に結合されるが、
哺乳類や爬虫類の間接においては
骨と骨を非接触にするための隙間には、ガスを十分に含む滑液が存在する。
それらの関節には非固体的な液状の潤滑剤が介在する。

骨と骨を非接触にするために
自然がデザインする張力材やジョイントは、
絶えず非固体的である。

受動性の否定

張力は、受動性に閉じ込められていた。

テンセグリティは受動性の否定から生まれた。
圧縮力と張力は、共振するために共存している。

その相互作用こそ、
気取ったり、懲りすぎた細部と技法のすべてを排除するのである。

続)シナジー>自然>未知という階層構造を超えて

シナジー>自然>未知という階層構造をさらに超えていくのは
宇宙の統合性(Cosmic Integrity)の存在である。

目的論と共に、宇宙の統合性を人間の生存空間において
再生するために物質化された装置<trimtab>の一つが
モバイル・テンセグリティシェルターである。

モバイル・テンセグリティシェルターは
水と食料とエネルギーが再生され続ける
<シナジェティクス回路>(=無柱、無管、無線、無軌道)に接続される。

不動産と絶縁するためのモバイル用の<trimtab>の開発に
必要なテクノロジーと部品類は、
ほとんどが既成品とその改造(2次加工)によって達成可能だ。

都市の課金装置ともっとも経済的に短期間に絶縁可能な<trimtab>の
開発に従事するのは、21世紀のアーティストサイエンティストである。

彼らのクライアントは、Cosmic Integrityの不可視の富だ。

風とテンセグリティ

昼となく夜となく
風が強い日に
庭に係留した直径2mの球状テンセグリティから
断続的な低い共鳴音と高い共鳴音が
交互に、そして時折、同時に聞こえてくる。

固有の長さからなる弦の振動が
互いに分離したアルミパイプを支持しながら
それぞれの空洞の内部で共鳴しているだけではないのだ。

テンセグリティ自体が
圧縮材と張力材の相互作用によって固有な振動数を形成し
風による振動が固有振動数に近づくにつれ
振幅が急激に増大しテンセグリティ全体が共振しているのである。

ランダムな風という外力を分散する過程で
テンセグリティは半径を可変させながら
非同時的で局所的な共鳴音を
一つの共振音として統合しようとしているのである。

気まぐれなベクトルの風は
テンセグリティを共振テンセグリティに変換する。

植物の<光合成>のように
テンセグリティは<風合成>しているのである。

自己同一性(モジュール化)

構造は、圧縮力よりもはるかに張力によって制御され
張力は、その圧縮力によって個性づけられる相互関係を形成する。

それによって、圧縮材のみが外力に対抗する段階が完全に消失する。

圧縮材と張力材のそれぞれの自己同型性(モジュール化)は、
構造の統合力の現れであり、その物質的手段なのだ。

構造のモジュール化を形成するのは、
対称性に関わる数学であり、エンジニアリングである。
つまり、シナジェティクスへと接近する。


レゴ(=LEGO)は、物質構造のモジュール化に失敗したもっとも貧弱な自己同一性の教材である。)

最初の倫理的構造

テンセグリティ構造が、自由を実践するために
人類が発見した<最初の構造>でないとしたら、
ただのオブジェにすぎない。

自己規律なき、その自律的<構造>が複製されたとしたら
高価な既製品にすぎない。

人間が住めないテンセグリティ構造は
すべて倫理的ではない。

テンセグリティの技法

いかなる科学的・数学的技術も、いかなる職業的なノウハウも、
先行する尊敬すべ探究技法への習練なしには獲得されない。

テンセグリティの技法ほど
張力(すなわち、引力)に対する配慮を感じさせるものはない。

テンセグリティモデルは、もっとも<細胞>に近い。
その時々の生命の流れとシンクロする
太陽系の<閉じたネットワークモデル>なのである。

そして、<細胞>に内在する微小管、アクチン骨格などの細胞骨格による不連続な連続こそ、
非生命と生命の境界ネットワーク(膜輸送機能)を再生する。

大黒柱への畏敬と残像がまだ支配的であるかぎり、
張力に対する太陽系の配慮はまだ社会化されていない。

テンセグリティの起源

どんな構造でも、多種多様な圧縮力と張力が構造システムを横断・縦断して構成している。
構造家においてこのような相互関係は、
権力が定義した構造システムの生産・蓄積・流通・作用なしに
相互に区別されることも、機能することも、そして生成することもできない。

構造家は数学者なしには、構造を解析できないように
スネルソンがテンセグリティの発見者・発明者に言及する時、
バックミンスター・フラーのテンセグリティの語源と定義にはけっして触れられなかった。

ケネス・スネルソン(Kenneth Snelson)は、
一般化された他の天体のテンセグリティ構造の力学(=コスモグラフィー)を
解説することができない。
テンセグリティのモデル言語の起源に彼は言及することができないように。

スネルソンのテンセグリティ彫刻は、記号言語のテクノロジーに躙り寄っている。

しかし、テンセグリティは
彫刻から始まってその様式で完成するほど
美術館の庭が似合う局所的な形態(form)ではなかった。

テンセグリティによるテクノロジー批判とは何か

テンセグリティ構造によるテクノロジー批判の歴史的な視点が存在する。

1.
バックミンスター・フラーによる1949年のテンセグリティ原理を拒否・回避・制限し
固体的構造の定義に立ち返るという記号テクノロジーを支える建築概念の批判
2.
普遍的な自然の構造に対するシナジェティクスモデルと形態モデルとの相違による批判
3.
<記号のテクノロジー>による権威が真理であることを真理として受け入れない場合の
<テクノロジーの確実性>への批判
4.
テンセグリティによるテクノロジーへの批判は
モデル言語の形成過程に深く根ざしているという
メタフィジックスからのテクノロジー批判。

それは、モデリングという手による<無意識の精密機械>への信頼を受容する
シナジェティクスから生まれる。

動く<小さなバイオスフィア>

この20年間(1996年の直径11mの展開型モバイル・テンセグリティシステムの
プロトタイプの実現から2016年まで)を通じて、
私のテンセグリティの目標は何であったのか。
それはその構造を発明し解析することでも、その解析の基礎を築くことでもなかった。
まして、アウトドアの歴史を拡張することでもなかった。

私の目的は、人間の生存可能な生活空間において
人間が都市やイデオロギーに服従化されないためのモバイル構造に、
テンセグリティ原理を適用する以上には存在していない科学性と実用性を証明し、
さらに、個人が自力でその自律的構造を再現する経済的な独自な方法を発見し、
そして、実行することであった。

そして、動く<小さなバイオスフィア>の歴史は日本で最初に実行されている。

有機的概念

実際どのような形態の上にも<有機的>に配置される張力の相互作用には、
連続性が存在するが、その連続性ゆえに、
そのメカニズムとシンメトリーにおける分類がはじめて可能になる。

その分類によって、身体や生物の構造への類比も相同からも発見されなかった事実が
認識され、いまやテンセグリティを過去の構造から完全に離脱して特徴づけている。

前例のないそれらの<構造とパターン>は、
科学者や建築構造家の観察からは発見できなかったばかりか、
テンセグリティは生命と非生命とを統合する場にのみ形成されてきた。

つまり、テンセグリティほど<有機的概念>を破壊する存在はないのだ。
あるいは、テンセグリティには生命と非生命の境界性を無化する機能がある。

美と直観 再考

シナジェティクスは美と直観を
原理の探査方法とその過程から排除しなかった。

それゆえに、シナジェティクスは
社会選別の構造、排除の構造によって
選別され、排除されてきた。

シナジェティクスは
テンセグリティが、社会選別の構造、排除の構造を
排除しなければ発見され、そして構造化されなかった原型を
モデル言語化することから開始される。

数えられる無(nothigness)

テンセグリティ構造体に面は存在しない。

面は、張力材に囲まれているかぎり
数えられる無(nothigness)に変換する。

さらに、テンセグリティ構造体に
面(face)を付加する純粋理論がなければ、
人類はテンセグリティの空間構造を生存に利用できなかった。

数えられる無(nothigness)こそが
空間の内部と外部の境界面を形成する
テクノロジーの前駆体である

頂点という存在(somethingness)

頂点という(somethingness)を通過するエネルギーは
まったく異なった原理から成り立つ構造を形成する。

テンセグリティは
理論的転移と実践的転移を同時に証明する構造である。

たとえテンセグリティモデルでさえ。

それゆえに、モデル言語を理解した段階が
テンセグリティモデルで露わになる。

構造のエフェメラリゼーション

1本の大黒柱(24cm角)の圧縮力の限界は30トン、重量は200キロ程度である。

1995年、私がデザインサイエンスプロジェクトで制作した
展開型テンセグリティ・ジオデシックシェルター(直径11m)の総重量は
150キロで、圧縮材のアルミパイプの直径は僅か17mmであった。)
2007年、張力材と圧縮材にカーボン材を使用した
直径6.5mのテンセグリティ・ジオデシックシェルターの
重量は僅か30キロ未満であった。

自律型テンセグリティシェルターの単位あたりの重量は、依然世界記録である。

構造のエフェメラリゼーション(=軽薄短小化)は、つねに加速度的であるが、
その真の機能は、社会では非科学的に誤解された象徴にしか使用されない。

非論理性

テンセグリティ構造は、構成要素であるはずの張力材と圧縮材を主体にしても、
分析されえないにも関わらず発見されたのであるが
テンセグリティの全体機能が分かったのは、その発見後である。

このシナジェティクスの非論理性の習得は、子供の時にしか理解できない。

浮遊する構造

構造物の基礎部分が大地に依存するかぎり
そして、大地にその構造物のすべての自重を流し続けるかぎり
すべての構造は、マントルに浮かぶ大地につねに浮遊しているのである。

不動産を支える疑似構造学が
注文住宅のオリジナルデザインによって
建築ビジネスに埋没している間に、

外洋の荒波や乱気流でも
破壊されないで快適に浮遊する空間構造は
すでに開発済みだ。

船舶や航空機以外で大気圏内を浮遊し移動する空間構造は
テンセグリティによって
もっとも現実化したのである。

すべての浮遊し移動する構造は、
もっとも安全である。

解読の原理

モデル言語は、それ自身のうちに、
自らの解読の原理を書き込んだ言語となった。

実際、テンセグリティは自らが帰属している構造とパターンで
制御されているにも関わらず
これまでのモデル言語のシンタックスとセマンティックとを
劇的に変えてしまう新たなモデル言語を
前提するようになったのだ。

発見された解読の原理を包含するモデル言語によって
これまで知られていたテンセグリティの構造デザインを
全面的に変更し、もっとも経済的に物質化してしまったのである。

21世紀のモバイルテンセグリティシェルターは
この言語で記述されていくだろう。

短命な大黒柱

それは、より重要な部分に対する科学的言説の破壊、
社会の内部で組織される科学的言説の制度と機能によって
中心化する構造作用に対する反乱、
唯一無二の大黒柱の作用に対する反例である。

テンセグリティにおいて起こっているのは
まさに構造の無化であり
構造の定義の革命なのだ。

テンセグリティ構造が発見されるまで
人類のすべての社会において
真の構造の概念は存在していなかった。

構造を無化するのは、真の構造によってである。

崩れ落ちた大黒柱は復興において
最初に修復されるが
自然の構造によって再び無化されるかぎり
短命で高価すぎる人工物である。

概念モデル

見るためだけのテンセグリティモデルは
シナジェティクスに対して盲目となる。

テンセグリティは
発見された概念モデルからデザインされる。

純粋な概念モデルは、どんな構造にも似ていない。

放散虫やフラーレンでさえ、自然を模倣したのである。

インテリアデザイン2

レーシングドライバーが
速さと引き替えに快適性を捨てなければならないように
軽量化のために、居住性を排除したのがアウトドア用のドームテントだ。
ドームテントは、薄い皮膜によって内部と外部を形成する。

宇宙船の居住性は、インテリアデザインとは無関係に
生存のために用意される。

自然の細胞デザインにインテリアデザインは存在しない。
外部と内部の相互作用が
階層的なテンセグリティ構造をデザインしている。

二重の生体膜の内部に独自のDNAを持ち
分裂、増殖するミトコンドリアは、
真核生物の細胞小器官というもっとも小さな宇宙船である。

真の構造は、もっとも経済的に外部と内部を同時に形成する。

人間がデザインするほとんどのインテリアデザインが
半世紀後に陳腐化されるのは
外部との相互作用と絶縁してるからだ。

人々が地下資源(ウラニウムを含む)に依存するように。

住居機械(dwelling machine)

動物と人間の構造における身体上の本質的な相違で
類人猿からの人類の直立が独自に問題視されるほど
建築の構造に於ける直立性は、人工物として認識される。

しかし、建築の構造に於ける直立性と自律性は
大地を除いてデザインされたことはない。
鉛直性は、その不動性と共に建築テクノロジーの産物として対象化されている。

人工物のなかでテンセグリティは
大地から自律しただけではなく
鉛直的テクノロジーから離脱して、ついに浮遊する構造として出現したのである。

地震で倒壊する危険を回避する最新の免震、制振、耐震構造といえども
より軽量化された浮遊する構造とは無縁である。

大気圏内を浮遊して自由に移動する
船舶や航空機の構造は
大地に依存しない反直立的な構造である。
直立性または鉛直性は、地表に生存する生命の
重力に対するテクノロジーの断片的段階に生じている。

直立性に基づいた不動性空間に生命の永続性は期待できないだろう。
哺乳類で唯一住居を購入する人類だけが
空間を移動する安全な住居機械(dwelling machine)を獲得できるのである。

テンセグリティとは何か

形態というものがある種の表層的な作用にすぎないこと、
時と空間の中で生命と非生命を先験的に支えている
構造システムであることが発見された後に
テンセグリティ理論が形成された。

まだ実用性がないというエンジニアリングに無関心な
建築家の思い上がりや
コッホの細胞理論の破壊にも関わらず
タンパク質で形成された構造システムが
すべての細胞において横断する
システムの究極のエフェメラリゼーション。

いたるところのありふれた物質から
圧縮材と張力材を合成するこのモバイラーたちに
知性の境界線は存在しない。

移動する外部

外部の事物を若返らせ
同時に自己との関わりを変容させるのは
思考ではない。

認識対象の領域を拡張する手段としての
シェルターで移動するか
内部から移動する外部を観察する方法によるのである。

シェルターがジオスコープ化するこそ
移動する外部そのものである。

シェルターは
バイオスフィア内部の静止衛星である。

シェルターデザイン

シェルターとは何か。

大地に働きかけようとしなかったなら死に絶えるように
バイオスフィアに働きかけようとする時にのみに形成される
自己のテクノロジーなくしては
生き延びられない。

テンセグリティ・シェルターデザインは
都市生活者のためのアウトドアへの新たな道具ではなく
バイオスフィアへのインドアなのである。

よりコンクリートな構造

コンクリート(concrete)は
もはや凝結した固体的な物質観に支配された言語の一つである。

語源的には、<concretus(con-共に+crescere成長する>
成長過程を意味している。
そして、有形な明確な具体性を意味しはじめたのである。

テンセグリティ以上に構造を
張力と共に成長過程に曝す
つまり、より構造を<コンクリート>にするシステムは存在しない。

テンセグリティは、非固体的で圧縮材と張力材が
ついに凝結しない
永遠に動的に共存するコンクリートな構造である。

テンセグリティは、
間違って凝結した
われわれの言語を砕くために発見されたのだ。

構造とは何か

構造とは何かという問いが
建築専門分化ではその問いを退け
その軌跡を再び明晰にする一つの答えにおいて
構造家たちのそれまでの仕事を無力にする原理の発見で完結する。

すなわち、
圧縮力と張力における
張力の優位性をモデルで証明するテンセグリティの
宇宙原理において。

テンセグリティの圧縮力と張力も
宇宙で6番目に多く存在する炭素の
<宇宙存在度>から作られるだろう。

そして、その張力の実用化によって
新たなデザインサイエンスの歴史が始まる。

思考の野生

思考するシナジェティクスの野性とは何か。

ゴム紐や釣糸、そして
伸長する重いステンレスワイヤーからも
この振動する張力の統合力は再現不可能だという認識は
真のテンセグリティモデルを
自らの手で試行錯誤することから始まる。
<modelability>の形成なくして、認識も形成されない。

思考する野性が、モデリング言語を形成する。

人体から骨格モデル(=圧縮力モデル)以外の
非鏡像的な相補性を取り出さなければ、
身体の100兆個の細胞から取り出す
振動する張力の総計は
ピアノのすべての弦に与えられた張力の総計以上であるという
<modelability>は形成されない。

そして、誰がその張力を形成し調整しているかという
第2の<modelability>がやってくる。