月別アーカイブ: 2009年7月

自転

政治革命(social revolution)は、
たいてい古い考えをひっくり返そうとする意図を持っている。
ひっくり返すとは、半回転(180度)でしなかない。
政治革命は、真に回転し続ける自転運動には、保守的である。
なぜなら、指導者を必要としないからだ。

ボルボ・デザイン

ボルボという車名がある。
Volvoは軸回転を表している。車輪という機械革命の象徴としての自動車。
自動車に乗る人間は、はるかに長い距離を移動できる。
革命(revolve)とは、回転し続けることである。
そのためには、もっとも摩擦が少ない軸回転を選択すべきである。
電子や原子のように、
潤滑油を必要としない非接触のスピン状態が存在する。
自然は最良のボルボをデザインしている。

散歩の終わり

ついに銀行口座が総凍結される日程が決まった。
新しい金融システムについて総選挙後に世界発表がある。
ということが事実かどうかを確認してから、行動する個人はいないだろう。
ゆえに、上記の日程はけっして公開されない。
犬のしっぽの散歩もそろそろ終わりだ。

共鳴システム

未来は、現在の拡大された怖れと無知との共鳴である。
だから、先のことなど考えてはいけない。
すぐに互いに共鳴して騒がしいから。
静かなところは、過去にしかない。
個人が現在を静かに生きることは、稀である。

安全係数

技術的に無知であればあるほど、構造に適用する安全係数は大きくなる。
建築産業では、最大6対1という安全係数を使うのに対して、
航空機では、安全性と軽量化が矛盾しないことが理解されているので、
2対1よりも小さな安全係数しか使わない。
安全係数が大きくなればなるほど、
冗長度が大きくなる一方で、
荷重を分散する自由度はより小さくなる。
われわれは、この自由度のより低い住居を
より金利のかかる不動産として所有するほうが
経済的だと思い込まされている。
(最新のエコ住宅もこの安全係数でデザインされている。)
地上のシステムとエコロジーは、1世紀以上も遅れている。

ダイヤモンド・リング

日食のダイヤモンド・リングは、
月が大きすぎても、近すぎても形成されない。
あるいは、
太陽が小さすぎても、遠すぎても形成されない。
月までの距離は、地球の半径の約60倍である。
太陽までの距離は、地球の半径の約24000倍である。
黒い太陽には、地球から月までの距離の約400倍が必要だ。
軌道周期と比例の調節の希有なデザインを
日食グラスで確認しなくても、
森の近くの鳥たちや動物園の獣たちでさえ、
いちように畏れていた。

幻想システム

国家は、非物質的な幻想である。
金融システムも幻想である。
しかし、金融破綻しても不動産や生産設備など
現実に存在するものはなくならない。
多くの所有権が少数に独占され、
あるいは放棄または譲渡され、
新しい金融制度が出来るだけである。
技術・ノウハウだけが非物質的であり、
重さがない。
重さがない富を発見するのは自由だ。
だからこそ、
なぜその富を発見するのかという
ノウホワイ(=動機づけ)の破壊目的は
教育システムに組み込まれている。
教育システムも幻想である。
真の富の発見にライセンスは不要だ。

分けられないこと

対立する主要な政治権力機構の主目的と運営戦略と情況の把握、
そして高い確率で現実化される政治的傾向を理解すること。
お金vs富、そして産業と銀行と有価証券の特徴
および役割に関する経済学を理解すること。
教育制度だけではなく、科学と工学そして教育学の欠点を発見すること。
そして、
シナジェティクスを理解し、効果的に利用することとは別々のことではない。
これが、メタフィジクスの初期設定だ。

Trimtab

航空機は、
飛行しているときがもっとも安全である。
Trimtabは、
離着陸時のもっとも危険な状態でデザインされる、
more with lessのテクノロジーである。

自己責任

自動車事故と違って航空機事故では、
事故の全ての責任をパイロットだけに押しつけない。
この1980年以降、パイロットの過失による飛行機事故が
大幅に減少しているのは、
航空機の巨大化に伴うシステムの複雑さの増大によって、
事故原因に対する考え方が変化してきたからだ。
つまり、飛行機事故はシステム全体で発生する事故である。
もしパイロットだけを罰すると、
罪を逃れるために偽の事故原因が捏造される。
そうすれば、将来もっと多くの生命が
奪われることになる。
テクノロジーを扱う場合、
真の問題解決方法が知りたいならば、
個人への責任を排除しなければならない。
しかし、社会が巧妙に押しつける「自己責任」とは、
問題解決のためではではなく、
間違うことを恐れて個人を行動させないことにある。
それによって、多くの生命と富が失われているにちがいない。
なぜなら、いまや個人こそが、
広範囲にテクノロジーを扱っているパイロットだからである。
つまり、太陽を周回する宇宙船地球号は、
43億年前にデザインされたにもかかわらず、
メンテナンスフリーのテクノロジーに、
管制塔がないのはなぜか。
それはエコロジーだけでは不十分である。

リダンダンシーの排除

あらゆる冗長(リダンダンシー)な構造物は、
それと対照的な冗長でないテンセグリティの潜在的な寿命に比べ、
構造自体を破壊しているのである。
構造の部分的な破壊が、より全体に加速的に作用しないようにするために、
テンセグリティの圧縮材は相互に非接触である。
そして、張力のネットワークは連続している。
付加的なリダンダンシーの排除は、
安全で軽量な構造には最優先すべきデザイン行為だ。
付加的な免震装置や耐震装置は、航空機や自動車には存在しない。
自身を破壊する振動を無視した最後の構造物は、
不動産として分類されつづけた建築物であった。

工業化(industrialization)とは、
すばらしいことを大量生産することである。
経済恐慌(great crush)とは、
担保なしで紙幣を大量生産した結果である。
前者は富の分配を、
後者は富の略奪を目的にしている。

方法

間違った理由で新しいことを発見し、その新しさを証明できても、
なぜそれに出会ったかは、除外される。
除外しない方法について、
まっとうに話をすることができない。
バイオスフィア内の宇宙体験は、まだ言語化されていない。

自由

自由について考えない人はいない。
そして、思想の自由についてしばしば議論する。
北朝鮮にも思想の自由はある。
人々は自由に思考し、思考することは誰にも止められない。
おそらく本当の違いは、イニシアティブの自由にある。
この自由が、まだ日本にあると思わされている。
いまは心理戦争の真っ最中だ。

吸収権

本当に生きることは、
生きる用意をすることではない。
保険とか、貯金とか・・
植物も動物も未来を抵当に入れないで、
二酸化炭素と酸素を交換しているんだ。
人間に排出権があるなら、植物にも吸収権があるだろう。
経済的思考は、科学的思考とは限らない。

サンプリング

エネルギーの変換過程という動的なパターンの意味を理解するために、
エコロジー(生態学)という概念が生まれたわけではない。
ダーウィンが持ち帰った目新しい動物たちが、
ロンドン近郊にある植物種では飼育できなかったからだ。
動物と植物の包括的な相互関係が、はじめて生物学の対象となった。
このサンプリングの手法は、
環境から自分を除外する単純なコラージュである。
初期の「何をサンプリングするか」よりも、
「自然をどんなにサンプリングしても、自然は模倣できない」
というメタフィジクスがエコロジーには不足しているのである。
エコロジーは到達すべき段階ではない。
月の引力を調整できないように。

キノコ雲の外破と内破

真空管が破裂することを、内破(implosion)という。
内側に向かって爆発するという意味である。
この概念は、正しくない。
内破は、重力現象として見るべきである。
ヒロシマの原爆は、空中爆発(explosion)であったから
爆発と共に強大な球状空間が真空化され、
ついに、内部に強力な吸引力が発生した。
このもう一つの重力はやがて、上昇する螺旋運動を形成し、
キノコ雲の球体を形成した。
原爆はけっして都市を吹き飛ばす爆発力だけではない。
原爆の瞬間を表したヒロシマ原爆資料館の最新のCGのように、
爆発の放射(=圧縮力)のみに注目する原爆の物理学には、
内部への吸引力としての張力は不在である。
秩序を見分ける方法は、
もっとも大きなパターンの存在を発見すること以外にない。
そのパターンは、概念によってはじめて投影される。
kinoko_01.jpg
映像1
最初の原爆のニュースは、共同通信社の特派員による手書きのイラストだった。
キノコ雲の下には、巨大な螺旋状のトルネードが描かれている。
kinoko_02.jpg
映像2
アメリカ空軍が撮影した高度1万メートル上空からのキノコ雲。
キノコ雲よりもトルネードの方が黒いのは、爆発によって形成された放射性物質を吸い上げているからだ。このキノコ雲は排気と吸引の機能を持っている巨大な掃除機と考えられる。電気ではなく、原子力で作動した最初の掃除機だ。
多くの瓦礫と死体、そして元安川の水を大量に吸引した。
これが後の黒い雨となって落下した。
ヒロシマに川がなければ、もっと被爆者は少なかっただろう。

レシピ

カレーのルーではなく、
カレー粉からカレーを最初に作ったのは、
小学3年生の時だ。
小さなカレー粉の缶に印刷されたレシピにある材料を切りそろえ、
必要な香辛料やオイルなどを同時に鍋で煮込んでいった。
レシピの手順をまったく無視しても、
味は同じと考えていた。
この合理化は見事に失敗した。
次の日、手順通りに従った結果とを比較する実験を思いついた。
その結果のあまりの違いから、レシピを尊重する習慣が生まれた。
レシピは秘法の集積かもしれない。
料理は見えない生化学反応の連続だ。
知識もまた同じである。
相互作用する順序やタイミングを無視すると、
かなりまずい結果になるだろう。
知識も複雑な生化学反応をする。
レシピ(recipe)とはreceiveであり、受け取ることである。
しかし、思考とは受け入れることではない以上、
思考のレシピは、存在しない。
思考の自発的な生化学反応は、個人の経験から生まれる。

序の口

原爆で破壊されたのが、第1の戦後、
吸い取られて、破綻したのが、第2の戦後、
その間、森も杉で破壊されてしまった。
これで、だいたい全部が貧しくなった。
しかし、これからが本当の始まりだ。
まだみんな、ゆう貯に現金があると思っているから。