月別アーカイブ: 2010年8月

思考言語(thinktionary)

シナジェティクスは
どんな科学的分野よりも
構造とパターンを発見してきた。
シナジェティクスは
形態学ではない。
まして
3次元幾何学ではない。
なぜなら、
例えば、テンセグリティ原理は
生物形態の抽象化やその模倣からは
発見されなかった。
その独自のバックミンスター・フラーの
思考方法を想起するだけで十分だろう。
シナジェティクスは
メタフィジックスである。
瞑想よりも
対話よりも
そして、
モデリングよりも、
知識から学ぶことをより少なくすべき
新しい思考である。
経験を置き換える言葉を
専門分化された特殊な辞書から探すべきではない。
数千年間にわたる概念の牢獄から解放された
シナジェティクスの思考言語(thinktionary)によって
普遍的概念を表すことができる。
この思考言語(thinktionary)は
キャンパスという専門分化された時代遅れの場所では
より少なく学べないだろう。

雑草とは何か

先住民を追い出したから
雑草の本来の名前も分類も忘れ去られ、
その機能がまだ発見されていない植物のように見えるだけである。
戸籍のない彼らははいまや侵入者である。
しかし、保護されているのは
退屈な教育を受けた
野菜や花ばかりである。
核攻撃の後
ヒロシマの焼土をエコロジカルに再生したのは
この無数の真の先住民たちである。
アメリカの軍部はこの事実から
世界中の雑草を収集し
いまや遺伝子を分類しはじめているのである。
雑草とは何か?
遺伝子工学が解明する遺伝子コードという知的財産以上に、
植物に対する先住民の自発的な敬意は
植物名の絶対数として表わされ、
その民族の生存に関する包括的知的レベルを表している。
65億の地球人のそれぞれに名前があるように
惑星地球に名前のない植物は存在しない。

航海

熟考する(=weighable)とは
錨(イカリ)を揚げて出帆の準備をすることである。
錨が思考を妨げているのではなく
思考はまず錨を抜くことから始まる。
その時、錨の重さは船に移動する。
陸に繋がった停泊生活で身につけた
すべての重量を大地に流す習慣によって、
この重さを除外した航海計画は
とても危険である。

都市

庭に集まるどんな昆虫の一日でさえ
合目的な存在に見える。
都市で人間が生活すると、とても稀なシステムが起動する。
ただ存在しているだけの生活。
時間を奪われた生命が作り出す
ある種の免疫システムかもしれない。

グランチ

グランチは、
世界規模の大量生産と大量流通のあらゆる投機的企業を創始するために
すべての金融資産を支配してきた。
非共産主義圏の金融クレジット・システムを
意のままに動かすことができる。
グランチ(GR-UN-C-H)とは
全宇宙から真の富を現金化して奪う
見えない超法人格的な泥棒(GRoss UNiverse Cash Heist)〉を意味する。
負債総額、約64兆円のリーマンの破綻でさえその配当金額には及ばない。
1980年代のグランチはすでに一兆USドルを越える配当金を毎年支払ってきた。
そのグランチについて、われわれはあまりにも無知である。
『グランチ』は、1981年に出版された『クリティカル・パス』の直後に書かれた
バックミンスター・フラーの最晩年の著作である。
彼はあらゆる構造の歴史を扱った。
グランチという世界権力構造(Power Structure)も含まれたのである。
1960年代に書かれた
『宇宙船地球号操縦マニュアル』に出てくる海賊のアナロジーは
『グランチ』ではいっさい使われなかった。
それゆえに、
『宇宙船地球号操縦マニュアル』ほど理解されるまでに
半世紀の懐胎期間を必要とした。
同時に、グランチはますますひとびとの驚異になりつつある。

独創性

若者にとって独創性の獲得は
うねぼれと希望の闘争に始終する。
しかし、うねぼれと希望の闘争は短命である。
独創性が生まれるには
恐ろしい断崖の端まで行く勇気がなければならない。
その勇気とは、
社会的孤立や経済的貧困に対する受容のためではなく、
言語の牢獄から脱出するための
新しい概念の獲得のための孤独な闘争に耐える勇気であるはずだ。
途絶えがちな、しかし真に孤独なこの闘争は
しばしばその過程自体が独創的になる。

定数

定数は存在する。
電子や陽子、中性子の静止質量などは不変である。
しかし、すべての標準は変容する。
標準は存在しない。
定収入や消費税、高速料金
定額制のエネルギー料金や携帯料金、
そして国会の議席数など、
社会は「任意定数」という標準だらけである。
宇宙の定数の発見者よりは、
古い「任意定数」を陳腐化し
「未知の定数」を法律言語で標準化する人のほうが
圧倒的に多い。
古い任意定数を、
また別の任意定数に置き換えてみせてる
このテクノロジーこそ
21世紀の最大の標準である。

モバイラー

グローバル社会では遠隔地から
地球の隅々までの情報が
手に入ると思われている。
世界中の貧乏人が持っているのは
役に立たない情報と借金だけであるが、
グローバル社会の真の金持ちは
地球の隅々にまで親戚や友人をもっている。
彼らは季節毎に移動している。
人間が互いに交流する(そして時には交配する)には
移動する時間とお金が必要である。
貧乏人は家を買うことによって
より移動する傾向を無視できる。
インターネット付きグローバル社会は
まだ19世紀だ。

アイデア

金を稼ぐ人は金を使っている。
金で金を稼ぐように、
アイデアで稼ぐ人はアイデアを使っている。
そのアイデアがお金で買えるから。
最高のアイデアは原理である。
原理は無数に存在するが、
自然は金で買えないように
原理をデザインしている。
つまり、人間が考えなかった概念(イデア)で。

現金製造システム

農薬を使う先住民はいない。
農薬を買うシステム(=補助金制度)が
世界中の先住民を追い出したのだ。
補助金制度とは
大多数の都市納税者は知らない
現金製造システムである。
先住民を追い出した見返りと同時に
食料生産過程での農薬使用は、
「消毒」作用という概念に変換される。
そして
都市納税者は
消毒済みの高コストな食品を買い続けている。
この「消毒」作用によって
有機体生命体の内部に蓄積される毒を排出するシステムを
自然はデザインしなかった。

メール考

考えるときに時計を見るのは悪い習慣だ。
メールを読むのも控えよう。
重要なメールを送信する機会が
ますます失われるから。
送信よりも受信が多い生活は
エントロピー的だ。
太陽系では
もっと考合成をしよう。

条件反射

良いことが潜んでいる可能性があれば必ず起こる経験よりも
不具合が起こる可能性があれば必ず起こる経験のほうが多い
のはなぜか。
不具合を良い兆しとして歓迎しない条件反射からだろう。

ねじれ

国会議員もメディアも
「ねじれ」国会という概念を頻繁に反復している。
自然界では「ねじれ」は
スパイラル(渦巻線=spiral)か
ヒリックス(コイル状螺旋=helix)である。
日本語では共に「螺旋」であるが、
蚊取線香のような螺旋はスパイラルであり、
2重螺旋のDNAではヒリックスが正しい。
ではなぜ自然界では、
このような「螺旋」が頻繁に形成されているのだろうか。
直線以外で成長するときの最短距離の経路を形成するからだ。
螺旋とは回転運動の軌跡であり、軸回転のないシステムは存在しない。
(地球も月、太陽系そして銀河系もそれらのより外部から観察すると
螺旋運動を形成する。)
現在の国会がねじれているのは
見えない権力が選択する最短経路だからである。
つまり、いまや権力構造は有機体のように
螺旋を描きながら確実に成長している。
螺旋はDNAのようにもつれにくく、
柔軟な安定した構造でもある。
ねじれをつねに排除するための
二大政党政治的民主主義とメディアの
ねじれに対するナガティブな言説は、
このねじれ構造の真の機能を見えなくするために
権力自体が作り出した偽装なのかもしれない。

遭遇

科学的原理に遭遇した経験を語る
科学者は僅かである。
その経験はとても科学的ではないからだ。
原理の存在という
神秘を認めない限り。

功利主義

人はよりよいモノを選ぶ傾向がある。
低級な喜びよりも高級な喜びを選択できる。
しかし、資本主義と共産主義は共に
生まれてからは選べない。
この功利主義のデフォルトは、
政治革命(=戦争)でなければ
変えられないことを意味している。
ここに最大の資金提供とその金利が発生する。
このデフォルトについての
アカデミックな研究は現在も禁じられている。

魚屋のリダンダンシー

お盆が始まる直前の
大きな生蛸の足1本は1500円だった。
翌日、きれいな赤いゆで蛸になって750円だった。
さらに翌日はぶつ切りで半額になっていたが、
パッケージも半分の大きさになっていた。
魚屋の蛸の100グラムあたりの価格を変えたくない戦略は
誰かに買わせるチャンスを増やすアイデアになったかもしれないが、
鮮度が落ちても蛸の価値を下げないのは
経済学に反している。

家(内)と外

家で仕事をするのが好きだ。
最近は家で講義もできる。
考えてみれば、
私はこの20年間ほとんど家にいる。
その間に6回も引っ越したので
このねぐらはけっして固定的なものではなかったが、
家で経験することは
夜の裏庭のように
いつも銀河系に続いている。
私はできるだけ家から出かけないで
「外」にいたい。
人間はこの「外」からやってきたから。

静的な幾何学

お金と富の違い、そして
産業と銀行と有価証券の機能とそれらの相互関係についての
経済学を理解することと
科学と工学そして教育一般の欠点を発見することが
含まれないシナジェティクスの学習は
堕落した静的な幾何学(=シンメトリー)である。
自然に存在する
どんな「構造とパターン」も発見できないだろう。

下ごしらえ

テレビの料理番組で
簡単な焼きそばのレシピを紹介していた。
5分でできるレシピに興味があったが、
料理人は「下ごしらえ」から
5分と紹介していた。
あらゆる仕事の99%は、
「下ごしらえ」に費やされている。
学習と労働のほとんどは、
環境の整備にある。
もしそうでないなら
あなたは21世紀の新たな奴隷の条件を備えている。

時と金

忙しい時と暇な時は、
時計を見ている。
必要なことを考える時は
残高を見ている。
本当に興味があることを実行する時は
それらを見ていないだろう。

秩序

多くのものを理解したが、
何も発見しなかったことは矛盾しない。
真に自然を理解する方法こそ
経験したことを秩序づけることによって
発見するしかないからだ。

夢は逃げない。
逃げるのは足の生えた人間のほうだ。
夢は消えるのみである。
誰にも気づかれずに。

こだわり

こだわっているときには
案外何もできない。
何も新しいことは
認識していないことがある。
しかし、物事を現金化または取得できるときは
こだわりの結果だ。
このシステムでは
認識と現金化は同じ言葉(realization)で語られる。
言葉は最大の発明に違いない。
支配するために
支配される側に気づかれないのだから。

テクノロジーの定義

人間がどんな生命にも容認される方法で
基本的な環境の変化に適切に意識的に関与できる
テクノロジーはつねに発見されてきたにも関わらず、
人間は最良のデザインを生み出せる
という幻想を抱いてきた。
魅力的になりたいという欲望を実現する
デザイナーに過度の自己愛を許してきたのは
われわれの弱点からではなく、
テクノロジーの定義がまだ暗黒時代に属しているからだろう。

黒い最短距離

ピカドン(ヒロシマ原爆)で
一瞬の内に焼かれて吹き飛ばされたという。
しかし、次の瞬間に大量の人間が
川の水と建物の破片とが一緒に吸われて
上空に螺旋を描きながら
成長して黒いキノコの笠を開こうとしていた。
巨大な核エネルギーは最短距離を選んだのだ。
原爆で吹き飛ばされたのではなく吸引されたのだ。
大量の放射性物質は1時間後には上空一万メートルまで上昇した。
これが黒い雨となって
夕立のように激しく降下した。
ヒロシマ平和記念館で今日も上映されている原爆の瞬間のCGは
科学的に根拠をもたない黒いキノコの成長である。
これらを監修した物理学者たちは
原爆を巨大なダイソンの掃除機と見立てていないようだ。
つまり、吸引と排気が動的に均衡したトルネードと
同じとは考えていないのである。
この兵器は2種の機能から成り立っている。
核爆発エネルギーによる大量殺人と
大気圏を利用した放射性物質の吸引とその効果的な拡散である。
http://two-pictures.net/mtstatic/2009/07/post-1245.html

読書

何か本を読むと考えてしまうが
考えているときに本は読めない。
読書ばかりしてしている人は
何も考えたくない人だ。

単純な方法

難しく考えるよりも
より単純に考える方が
難しいのは、
他人によって勧誘されるか
強要された表面的な無数のふるまいに埋没するように
現実が生成され続けているからだろう。
われわれが属するこの現実から離れるには
問題よりも方法が優位になるだろう。
シナジェティクスから
複雑系ではない
単純な方法に関する操作主義を学べる。

先験的

メタフィジックスは
そもそも「荒唐無稽」だ。
しかし、現在の銀行の利子率の歴史的根拠もまた
それ以上に荒唐無稽だ。
子牛の出生率と生存率の統計以上ではなかったのだから。
知的産業社会における銀行の利子率こそ、
いよいよ荒唐無稽だ。

シナジェティクス

すべてについての真実と、
そして
事物の組合せについての現実を知りたい。
経験された事実こそが真実(truth)を形成する。
それはシナジェティクスである
否、
シナジェティクスにある。