月別アーカイブ: 2010年10月

周期的

百年に一回の周期的な大不況の原因は
非周期的で局所的な好景気にある。
大地震にも周期性があるが
大不況の周期性には人間の意図が関与している。
第二次世界大戦以前の工業国の平均寿命でさえ
五十歳未満であったから、
この人為的な周期性に
ほとんどの人は気づかなかったのだ。

時と好機は
人を待たない癖がある。
その悪い癖は
65億人の切なる願望からでも直せない。

充実

充実した労働が失われると
人々は貧しくなる。
時間を充実させる仕事が見つからなければ
人々は不幸になる。
ほとんどの人々がすでに失業している
最初の時代にいるのだ。

安定

システムを通過するエネルギーは
システムをより安定させることができる。
ただし、システムが閉じた場合である。
テンセグリティのように。
☆共鳴テンセグリティ
http://synergetics.jp/tensegrityblog/

外来種

張力材の連続性をみて楽観できても
不連続な圧縮材をみると未だ悲観しがちであるが、
真の構造は最古の隕石のなかで生き続けてきた。
テンセグリティ構造は、
まだ人の理解の百分の一にすぎない。

モバイラー

私は3年ごとに移動する。
引越しの荷造りをしはじめると
3年間に溜まった価値のないモノの多さに驚くばかりか
欲しいものを買っていないことがわかる。
そればかりか、
必要なモノを持っていないことがわかる。
それだけで引越す価値がある。
つまり、
車とPC、携帯、
そして旅行用品やキャンピング用品以外は
3年ごとの移動には
まったく不向きなモノばかりだ。
人々は大地に根を生やしたいのだろうか。

贈与システム2

人々が労働から得る収入の範囲で生活していたなら、
富の大半は蓄積されなかっただろう。
いまや富の大半は、グランチへの贈与である。
たとえば、
現金化できない500兆円を超える米国債と
グローバル銀行化されたその倍以上の郵貯総額。
人々は自分の富の素速い移動にまったく無関心である。

無関心

引力の反対は斥力であるが、
重力の反対の斥力は確認されていない。
人間の場合、
興味の反対は無関心である。
子どもの興味や好奇心は自発的であり
けっして教育できないが、
愛を装った人たちによって
無関心は意図的に教育されている。

落葉

消費を控えているから
生産も控えているという閉じた経済圏で
みんな節約生活をしているが、
宇宙は生産と消費に分化した節約はしない。
植物は宇宙的な経済活動に従事してるから
落葉しても半年も生存できる。

ドメイン

人間には、人生を成功させる権利があるのと同じように、
人生に失敗する自由がある。
さもなくば、個人という領域(ドメイン)を超えられないだろう。

忠誠(faithful)

自己同一性(Self Identity)は否定的に選択される瞬間がある。
他人と別人であると同様に自分とも別人であると思える経験なくして、
原理への忠誠(faithful)は理解できない。
少なくとも生命はまだ元素の組み合わせから合成できていないという
メンタルモデルだけで、自己同一性は拡散できる。
例えば、朝目覚めるた時の自分が怖い場合は
この思考実験に成功しているだろう。

信頼

経済は変化してやがて悪化する。
道徳律もつねに変化している。
そして、宗教や国家は多数生まれてきた。
しかし、それらは人類への愛のために利用できる
原理の数よりも少ない。
しかも、原理は人間に発見されてもけっして変化しない。
宇宙はとても<信頼できる>システムを採用している。
この<信頼>を表す言葉は日本語にも英語にも見あたらない。
少なくとも宗教や国家を<信じる>という意味からは絶縁している。

考える条件

教えたことはすぐに忘れられやすい。
考える条件を教えるべきで、
考える方法も教えるべきではない。
人類の最初の考える条件が
恐怖と飢えからではなく、
無知と好奇心だったから。

デフォルト

対話のデフォルトは
<より重要な部分をもたない>ことにある。
これはモラルではない。
<より重要な部分をもたない>全体は
つねに振動している。
動的に平衡状態を維持するために。

対話

議論は圧縮的であり、会話は張力的である。
対話は統合的である。
非鏡像的であるが
相補的な統合機能が視覚化できたのは
わずか半世紀前である。

頭脳教育

学ぶに老いすぎていることはないが、
学んでも思考しなければ、
こどもでさえ老いてしまう。
頭脳教育にはもっとも危険な老化作用がある。

子ども

嫌いな子どもと話をしていて
親の顔が見たいとは思わない。
両親の話を反複するから。
尊敬できる大人と話をしていると
子どもの顔が見たいと思う。
私とする話がまったく想像できないから。
子どもと話をしない怠惰な両親と
大人と話ができない退屈な子どもは
ますます増えている。

第2の人生

年金制度が崩壊するかしないかに関わらず、
知的産業社会では、
若いときから第2の人生が必要である。
世に出るための仕事と世を出るための準備。
私は無知からいきなり2番目からはじめてしまった。
そして、これまで私が仕事ができたのは、
20世紀以後のテクノロジーは
世に出ても、世を出ても使用できることにある。
いつでもどこでもを可能にするすべてのテクノロジーは
宇宙に属する。
この宇宙の「経済ニュース」こそ定期購読すべきである。

セレンディピティからプリセッションへ

高校時代に、本を読む読まないにかかわらず、
本に書いてあることを話すひとから
学ぶことは何もないと思っていたが、
セレンディピティserendipityほど本から盗まれる話はないだろう。
しかも、本に書かれたほとんどのセレンディピティは、
伝聞情報である。
偶然と計画的偶然の違いについて
経験豊富な教師は学校にはいない。
すべての科学の教科書から本質的なセレンディピティは排除されてきた。
セレンディピティは論理的ではないし、論理の対極にあるからではなく、
セレンディピティを経験すればするほど
編集された言語の限界に接近するからかもしれない。
真の科学者がほとんど教科書を書かないのは、
このセレンディピティを重要視して生きているからだと思っていた。
実際、科学者の伝記の方が教科書よりも包括的である。
ところで、シナジェティクスでは
セレンディピティはプリセッション(計画的偶然)の概念に置き換えられる。
セレンディピティを知ろうが知るまいが、
思考方法には影響を与えないにしても、
プリセッションの概念にはまったく異質な目的論が内在する。
バックミンスター・フラーが自伝を書かなかったのは、
クロノファイルで十分だったからだ。
それは、プリセッションをもっとも頻発に発生させる装置である。

会計システム

会計学とは何か。
この世のすべての富とすべての借金を足すと
ちょうどゼロになる。
言い換えれば、誰かの富は誰かの借金である。
(会計学からみれば、あらゆる戦争は時代遅れである。)
いま日本人の借金は1300兆円を超えている。
それはすでに日本人の預貯金総額を超えたのである。
しかし、金利がある限り、
今後1世紀以上も返済できない数字である。
(世界中の植民地の教会で最初に教育されてきたのは
英語と金利計算のための数学である。)
全てが失われようとも、まだ未来が残ってるという
経済的幻想に対して
人々は相も変わらず「システム」と呼んでいる。
課金システム以上に略奪するシステムは
もっとも非人格的に成功してした会計システムだ。

言葉

新たな発明を理解するために
先行技術調査から始めるのは、発明者ではなく特許審査官である。
類似した特許を裏付ける技術またはその起源を探せない審査官はいない。
すでに決めている視点を他の発明や研究から探すのが得意な人は
研究者に限ったことではない。
その方法は新しい視点を生むことに対しては不毛である。
発明や発見は先行技術という事実を探すことからは始まらない。
発明の真の有効性を検証するには、
事実よりも発明にかかわる概念がどうあるべきかという
作業仮説をもたなければならない。
優れた発明はしばしば
よく知られた言葉を解体する。
さもなくば、
新たな言葉を創り出す。

リンク数

知ることはリンク数に置き換えられる。
同時に、受け入れる頻度とその傾向を表している。
しかし、完全理解とはリンク数ではない。
「理解」という言葉の意味が、
複雑な概念を分解し、より単純な概念に還元することだとしたら、
「理解」には統合という役目が欠落している。
経験された異なる事象を
相互に秩序づける試行錯誤がないかぎり、
「理解」された相互関係数は増大するばかりだ。
相互に秩序づける試行錯誤に
いまのところルール(または秩序)を発見できていないので
しばしばその方法を探査する人間を
無意識に独創的と言い換えている。
しかし、この言葉さえ危うい概念だ。
人間が「独りで創り出す」ことなど宇宙に存在しない。
言葉という道具の起源もまた
貨幣のように
問われることは稀なのだ。

コレクション

魅力的なモノやヒトは互いに引き合う。
だからといって
自分の空間にコレクションする必要はない。
引き合う力は
互いの距離を超越しているから。

科学的

自然を観察することから科学教育は始まるが、
自然とともに生きることを教育しないのは、
科学的ではない。
この半世紀間、世界中の頭のいい子どもは
みんなより大きな都市に移動するように教育された。

より張力的に

政治や経済は
権力でより統合されている。
人々は圧縮の概念で行動する。
プレッシャーを与えたり受けたり。
しかし、圧縮には限界がある。
合金や細胞、そして
私の机の上のテンセグリティモデルを含む
宇宙は、
つねに張力で統合されている。
張力は長さに限界がないからだ。

自然

混乱したときにのみ秘密を打ちあけるのは
エゴイストだ。
思慮深く行動するには孤独な勇気がいる。
最良の思考法に到達するには、間違いは回避できない。
しかし、自然でない行いから自然を学ぶことはできない。

シナジェティクス

宇宙に周期はあっても休暇はないが、
私の仕事はこのところ
周期もなく日曜日もない。
構造という秩序の森に分け入って
出口が見つからない。
出口とは物質化のためのデザインだ。

メガストラクチャー

バックミンスター・フラーは素晴らしいシェルターをつくるが、
それは彼が他に何もつくれなかったからではない。
だれも他人のために彼のような目的を持たなかったからだ。
1927年に50年後の人類には、
2億機の住宅の生産が必要だと予測していた。
われわれは既に2億台の自動車を生産してきたが、
2億機のシェルターの生産を計画する建築家はいない。
ハイテクなメガストラクチャーでさえ、受注生産方式である。
エデンドームでさえ同一のデザインは僅か一カ所にしか存在しない。
建築産業は時代遅れである。
優れた建築家ほど、
アーティストのような作品集をもっているかぎり。
(その作品集こそ、印刷という複製技術から作られているはずだ。)

快晴

たちこめる霧に包まれた早朝は
温度は下がる。
水蒸気を含む空気が冷却され、
凝結が始まる温度に達したからであるが、
確実な快晴の兆しだ。
この霧は3時間後の太陽を予測している。
冷蔵庫やフラスコの中の霧にはない機能だ。