月別アーカイブ: 2011年11月

知識

人間が生きている限り
被曝しないものがある。
それは「知識」である。
だからこそ、「知識」を扱う
頭脳が洗脳されてきた。
この心理作戦には
核兵器以上の軍事費が使われている。

シナジー原理

論理性は
シナジー原理の存在を理解する手段であるが
原理を直観的に発見する過程においては
偽の拠り所である。
科学者の数よりも
発見された原理の数が
つねに少ないのは
教育が偽の目的を目指しているからである。

内部被爆(Internal Exposure)

森と海とを
ひどく被爆させてしまった。
それら
いずれ摂取しなければならない
われわれの最初の内部を。
この球状の
われわれにとって唯一の閉じた内部を
半減期よりも早く除染することは
けっしてできない。

真実

公益企業である電力会社の嘘は
エネルギー不足を
国家の嘘は
議会制民主主義を
科学者の嘘は
作業仮説を
それぞれ利用する。
こうして
自分が属する世界の利益のために
大多数に不幸をもたらす<真実>は
無数に存在する。

思考時間

思考することを回避していても
読書すれば
思考できる人は増えたが、
同様に、
読書を回避していても
速読を覚えれば
本は読めるようになると思い込む人も増えた。
しかし
思考には時間が必要である。
思考には時間を回避することはできない。

対称性

税金で開発された原子力発電システムが
安全で信頼できる「テクノロジー」だと完全に信じたから
国民は電気エネルギー代を毎月「金銭」で支払ってきた。
つまり国民は、
開発費とその運営費の両方の負担者として機能してきた。
ならば、この核爆発が引き起こした被曝問題は
まず「金銭」で解決されるべきだ。
そして、放射性物質はボランティアではなく
「テクノロジー」で処理すべきだ。
以上の通り、原子力電力ネットワークのすべてのユーザには
払い戻しを請求する権利がある。

逃亡者

除染などという幻想で
事実を歪曲する行為や、
放射能汚染がないという
現実の否定で結びつく人々は、
とてつもない孤独感から
逃亡したいからにちがいない。
その逃亡者のすべての細胞を構成する
無数の原子核でさえ
原子核内部の異なる相互作用を包括するシステムで
形成されているにもかかわらず。

内戦

復興劇によって
市民に放射能教育をしながら
同時に被曝させることから始まった市民戦争は
より拡大している。

概念

「weed(雑草)」という概念が
植物学者には作れないように、
「内部被爆」という概念が物理学の領域であり、
病名の概念でない限り、
医学者はそれを治療しない。
まして予防もしない。
つまり、医学上において
患者はまだ存在すらしていないのだから。

黄昏

放射性物質を除染しても、
セシウムやプルトニウムの半減期は
誰にも変えられない。
国家は
自分の力ではどうにもならないことの処置を、
まして市民に対して
決して望んではいけない。

抑圧と攻撃

専門家と政治家によって繰り返される
「ただちに健康に影響はない」という言質には
放射線被曝によって
5年以内に癌で死ぬ可能性を含んでいるばかりか
言語による市民への
絶え間ない<抑圧と攻撃>の役割がある。
いったい何のためか?
米ソ間の冷戦構造がなくなり
「外部」を失った権力構造にとって
「内部」に対する<抑圧と攻撃>は
いまや軍事的な主目的となったのである。

(続)プレゼンテーション

プレゼント(present)は
語源的には熟考中の心に浮かんだ表象であり、
概念を表象する行為である。
心に浮かんだ表象が
<Think out loud>によって
ほぼ同時的に言葉に変換される
瞬間の連続が
プレゼンテーションである。
現代の<プレゼント>という言葉は
形骸化した贈与の行為である。

想像力

なぜ人々は除染する前に
移動しないのだろうか。
核爆発で拡散した
放射性物質は
最初に半径300キロ内の想像力を
被曝させたのだろう。
想像力がなければ、
怖いものはないから。

TPP

遺伝子組み換えと
農薬付けの穀物の摂取で短命になれば、
それだけ放射性物質を
一生涯で食べる量は少なくなるだろう。
ついに素食も困難な時代になった。

プレゼンテーション

Think out loudを記録するデバイスは豊富だ。
iPhone4s以後の音声認識システムによって、
将来はビデオ録画と同時に
テキストをも生成するだろう。
しかし、スティーブ・ジョブスは
2005年のスタンフォード大での卒業生に贈るメッセージで、
用意された原稿をゆっくり読んでいた。
彼は従来、
アップル社の製品のプレゼンテーションでは
1度も原稿やメモを用意しなかったはずだ。
権威が彼に
非同時的なプレゼンテーションを望んだのか。
それとも彼自身が、
学生との同時的な対話よりも
人生に対して非同時的な編集を、
選んだ瞬間なのか。
この時彼はすでに
「自伝」の中に編集されていたのだろうか。
確かに彼は原稿を読みながらスピーチしている。
ーーーー「毎日今日が最後の日だと思って生きれば、ある日それは本当になる」
“http://news.stanford.edu/news/2005/june15/jobs-061505.html”:http://news.stanford.edu/news/2005/june15/jobs-061505.html

除染ボランティア

そもそも「除染」といっても、
ただ放射性物質の移動が可能なだけで
その無化自体は不可能である以上、
環境省と福島県による
復興支援のための除染ボランティア募集は
すなわち
自殺志願者募集のこととみなすべきである。

生命の重さ

地球人の人口が70億人になっても
たとえ100億人になっても
地球の重さは変わらない。
だから
人類がいなくなっても
地球の重さは変わらない。
生命は
半減期で他の核種や素粒子に変わっていく
セシウムやプルトニウムと
違う存在なんだ。

地産地消の虚偽

政府は
外国産の小麦を一括輸入し
その買付価格に
調整金を上乗せした価格で、
製粉会社へ売り渡すシステムを作っている。
このシステムによって、
年間に数百億円以上の特別会計を捻出し、
この金額を国内消費量の1割程度のシェアにすぎない
国内産小麦に対する、
保護政策の補助金として充ててきた。
こうして、
外国産小麦の輸入なしには
国内産小麦の生産が成立しない現実が
用意された。
うどんや蕎麦の原料を
国内生産すればするほど、
そして国民がそれを食べれば食べるほど、
国内の小麦・そば生産農家は
自律することができないようになっている。

Think out loud

この対話には
対話するための予め用意される
メモ類はすべて排除される。
対話が始まるまでの
そして対話が始まってからの経験だけから
純粋な対話のための
シナリオが生まれる。

発明と発見の違い

<Think different>には
自己と他者との比較が必要だ。
<Think out loud=思考を声にする>には
自分を外から観る他者が必要だ。
前者からは発明が、
後者からは発見がもたらされる。
参照 
犬のしっぽ 2011年11月2日 
バックミンスター・フラー研究所

1% VS 99%

「1%が富を収奪し、99%が窮乏する世界」が
新たにやってきたのではない。
富の分配を公平に見せかけたシステムが
ただ古くなっただけである。
計画的陳腐化は
たとえば、PCや自動車だけのことでなない。
資本主義も含まれていたのである。

遠隔操作

命を支えているのは食べ物だと
誰もが思っているが、
目的を失うと
人は簡単に死ぬらしい。
より効果的に
目的を失わせるために、
核戦争よりも早く
原発が核爆発したに違いない。

バックミンスター・フラー研究所

バックミンスター・フラー研究所での
研究のほとんどは
実験的なモデリングと対話だった。
シナジェティクスは
話すことと聞くことから
生まれてくる。
聞くことには自分の声も含まれる。
バックミンスター・フラーは
その対話形式を<Think out loud=思考を声にする>
と言っていた。
<思考を声にする>過程を記録する方法は
自己のテクノロジーに属する。
<思考を声にする>過程には他者が必要だ。
自分を外から観る他者が。

連鎖

原発に絶望するのは正しいが
人間に絶望するのは適当ではない。
なぜなら
大気圏内での原理の応用は
人間に与えられた才能だが、
まだ一部の人間によって独占されただけだから。
しかしこの独占は、
人間が税金の使い途を彼ら「政治家や官僚」に委託をし、
さらにその彼らが「専門家と大企業」に委託をする形で、
それぞれに引き起こされた結果だ。
この別々に見えた結果は
核連鎖反応よりも連鎖している。