月別アーカイブ: 2014年3月

振動について

テンセグリティ構造を
持続したいという欲望があるときには
張力材よりも振動への恐怖がある。
構造を実現するには張力材による
圧縮材との振動による統合がなければならない。
振動は自重との闘いである。
自然は生き残ったテンセグリティ構造に満ちている。

振動について

構造を持続したいという欲望があるときには
圧縮材への恐怖がある。
構造を実現するには
張力材による圧縮材との統合がなければならない。
それによって、瞬間ごとに構造を実現できたなら
もはや振動による構造を怖れないだろう。

初期化された構造

STAP細胞の存在を疑問視する生物学は
「すべての定義は一時的である」と仮定している科学を
疑問視してはいない。
『操作的に定義された』概念は
科学者集団という<群れ=同業者組合>が運営しているのである。
真の操作主義は、
「すべての定義は一時的である」と仮定する
操作的定義自体を陳腐化することにある。
実際、STAP細胞もES細胞も
<細胞テンセグリティ>という構造として捉える定義には
未だ誰も言及していないように思える。
テンセグリティとは
<初期化された構造>にちがいない。

簡素に

過去も未来も局所的すぎる。
問題をその場で解決する能力は
過去にも未来にも依存しない<包括性>から生まれる。
自己放棄は<包括性>の簡素な現れである。

抽象的思考

すべての発展は物質から抽象に向かう。
しかし、抽象的思考そのものは
それを思考する人の死と共に消滅するが
装置やプログラムは長期間生き残る。
抽象的思考がより長期的に生存するためには
装置やプログラムのより短期的な陳腐化も
加速しなければならない。

人工甘味料

糖質ゼロにするためにスクラロース(ハロゲン化合物)が
ビールや清涼飲料水に、
アスパルテームがアイスクリームやミント・ガムに配合されている。
これらの人工甘味料は体外に排泄されるだけで
血糖値やインスリン値に影響を与えないがために
癌の発病率の上昇が統計的に認められた科学研究のことなど
だれも気にしていない。
生物サイクルで蓄積される可能性がきわめて小さいのは
親水性によるが、その発癌性が低いこととは無関係だ。
健康管理上、糖分を排除したがる健康志向から支持されているのは当然だろう。
プルトニウムでさえ薄めれば気にしないのだから。
食べる化学物質による加速度的な群れの形成は
マーケッティングのもっとも忠実な成果だ。

構造とパターン

人類の生活空間を支えてきた構造の全否定こそは
最も客観的な数学的行為である。
無線、無管、無柱、無軌道という
4種の自律性を具現化しながら
最終的に経済的にモバイル可能な空間構造は
新たな数学的な<構造とパターン>の発見に従うだろう。
<構造とパターン>こそ
つねに機能と形態とのシナジー的な関係を生成することができる。
「形態は機能に従う(form follows function)」としても
その結果、生まれたのは高層鉄骨建築だけである。
その「柱・フレーム」構法のデザインは
モバイル可能な超軽量な空間構造を生まなかった。
なぜなら、もっとも単純な<構造とパターン>は
人工物のために生まれたのではなく
つねに自然から発見されている。

<自律的>

教育の最終段階は
自己教育システムの開発である。
自己教育は<自律的>である。
真の<自律的>教育システムは
非人格的な存在である。
それは先験的なシステムの発見でもある。
その開発と発見にもっとも反対しているのは
教師とその組合である。
非人格的な存在が見えないように
終身雇用システムは
試験と教科書で教育を管理する方法に始終している。

絶えず普遍的に

『シナジェティクス』を読破する人々は
シナジェティクスモデルを教育できない。
シナジェティクスモデルを教育する人々は
『シナジェティクス』を翻訳できない。
シナジェティクスモデルを複製する人々は
シナジェティクス言語を生成しない。
シナジェティクスモデルを創作する人々は
シナジェティクス原理を発見することはできない。
普遍的なシナジェティクスモデルは
個人的で特殊な経験から発見される。
シナジェティクスを認識するためには
自らの経験を絶えず編集しなければならない。
シナジェティクス原理を発見するためには
理論が絶えず陳腐化されなければならない。
つまり、過去の条件反射と思考の蓄積とその束縛から
どのように解放されるかだ。

<自立>から<自律>へ

<自立的>とは経済的、空間的な独立を意味している。
人間は<自立>を教育してきた。
しかし、経済的、空間的な独立だけでは
エネルギー的には未だ他律的である。
太陽系のなかの
バイオスフィアのエコロジー的な
<自律的>機能の形成にはほど遠い。
<自律的>とは
自然との相互関係から遊離しない
システムの形成を意味するだけではなく
自己規律を伴う。

モバイル有機体

人間は大地に根を生やすことはできない。
農村の過疎化は
都市に人間が移動した結果である。
都市とは一時的に滞在する人々が増加した場所である。
ある場所により多く定住するためには
人間はつねに移動しなければならない。
足の生えた人間が大陸を移動するには
大地に固定された<基礎>ではなく
共に<動くシェルター>が必要だ。
森でさえ大陸を移動した結果だ。

概念

概念はメタフィジカルで重さがない。
リアリティは物理的である。
21世紀はメタフィジックスではなく
概念とリアリティを広範囲に統合できる
テクノロジーの時代である。
数千年続いた概念の牢獄から見れば
宇宙はテクノロジーそのものである。

アンインストール

更新されるクラウドに身を委ねてしまうかぎり
昨日から超越する現実は訪れない。
経験の蓄積も知識の収集も
昨日までの思考方法を肯定するように働く時
安定願望を満たしているだけである。
—–条件反射にしたがって。
条件反射は
絶え間ない葛藤を生まないシステムの一部だ。

自然のパッケージ

3年前の地上での核分裂(または核爆発)による
放射エネルギーはこの量子毎に放射された。
自然は放射エネルギーを
量子という宇宙の単位にパッケージしていたのである。
人間は未だ、拡散したエネルギーを
元のパッケージに戻すことはできない。
人間の発明したマネーとそのシステムで
自然の秩序は買えない。

量子(quantum)

量子(quantum)は
量子物理学より前から単位を表す言葉として存在していた。
量子物理学によって、物理量はある量を最小単位とした場合
その整数倍をとることが発見された。
現在では飛躍的で画期的な意味を表す形容詞にもなった。
工業製品を構成するモジュール>という概念も最小単位を意味するが
第2次世界大戦後に自動車産業界で生まれた。
そして、モジュールは人間がデザインした人工物という概念を伴う。
量子物理学(quantum physics)が誕生して半世紀後である。
1927年、バックミンスター・フラーのシナジェティクスは
量子幾何学として生まれている。
量子(quantum)は
つねに自然の特殊性を内包している。

一時的

化学化合物の結合状態は
つねに一時的である。
限定された結合の可能性から形成されているから。
われわれの経験は
すべて一時的である。
無限の結合の可能性から形成されているから。
にもかかわらず
われわれの経験は互いに似ている。
無限の結合の可能性から
遠ざかりたいから。

アジア的原型

バックミンスター・フラーの<doing more with less>は
自律的で他利的な思想を背景にして形成されている。
1930年代の大恐慌から第2次世界大戦が終わるまでの間に
デザインサイエンスは
もっともアジア的原型に接近したのである。
デザインサイエンスが難解に思われるのは
21世紀の日本人がひたすらケチな個人主義になったからである。

実験講義

私のスタジオ内で連続3夜、計36時間講義と
プロダクトデザインを同時進行させる実験講義とワークショップで
プロトタイプ1号機を昨晩完成した。
明日は2号機の作成に挑戦する。
しかし、挑戦とは
昨日までの蓄積を如何に短時間に棄てられるかだろう。
それを可能にするのは
シナジェティクスとデザインサイエンスの
相互補完的な機能である。
大きさを超える行為と
大きさを与える行為を支える相補性は
非鏡像的である。

遅延

現実を認識するためには
残像を待たなければならない。
テレビの同時中継でさえ
画面の無数の走査線の
初めと終わりでは時間差がある。
<同時>という仮想現実に生きているよりも
はるかに<非同時>の現実を生きている。

独占方法

新しい技術が仕事に有利さを
もたらすためのもっとも有効な方法は
見せびらかしから始まり、そして
十分にじらすことによって
いつの間にか人々に独占させることである。

基準

すべての経験は一時的である。
経験と経験とを繋ぐ関係は、
メタフィジックスであり
その関係を実在するものに変換できない。
絶対的で無条件なものは、
変換不可能であり
つねに静止的である。
したがって、経験的には無意味である。
しかし、独裁者は
その静止的な基準ゆえに独占したいのだ。

係留されたバイオスフィア

鋼鉄製電車の一両分の車体重量は40トン程度あり
現在主流のステンレス製やアルミ制の車両でも30トン弱もある。
1967年にバックミンスター・フラーがデザインした直径約90mの
透明なバイオスフィア(=モントリオール博のアメリカ館)の全重量は
最新車両の1両分にも満たなかった。
バイオスフィアの垂直荷重を受けるために
予め用意された基礎部に実際は
一時的に係留されていただけである。
この構造デザインは
垂直荷重計算に浮力計算が伴う
大気圏に浮かぶ前駆体エデンドームだったのである。
大地に依存しない
最初の自律的な構造デザインから半世紀が経過し
浮遊するテクノロジーの懐胎期間は
すでに終わっている。