月別アーカイブ: 2015年12月

最小限の装置=trimtab

人間の生存をかけた闘い理由にしてなされる
最大の正義(Justice)は、戦争である。
生き残る必要性を公平な名目として
殺し合うようにわれわれは訓練されている。

デザインサイエンス革命は、
人類の生存のために
わずかな力で巨大な全体を動かす最小限の<装置=trimtab>のデザインと制作
から生まれる。

デザインナーたちは、
最小限の装置=trimtabとは何かを考える仕事を
自分たちの仕事から最初に除外してしまった。
裕福な人や企業が生き残るために。

テンセグリティは誰が発見したかーー芸術家の自惚

テンセグリティは誰が発見したか

バックミンスター・フラーはテンセグリティをいつどこで発見したのだろうか。
これまでこの疑問に答える明確な書物はなかった。
みんな情報の受け売りだった。
それゆえに、人々は現在も活動しているケネス・スネルソンの発言を重んじてきた。

構造の歴史において、
もっとも重要で単純なこの事実を
当時ロサンゼルスからサンタバーバラに移転した直後の
バックミンスター・フラー研究所のアーカイブの膨大なクロノファイルに分け入ることで
ついに閲覧し、確認する機会がやってきた。

1986年、バックミンスター・フラー研究所主催の最初のシナジェティクス講義と
ワークショップの講師として滞在していたときのことだ。

スネルソンとの往復書簡にその詳細な記録が記されていた。
1949年、バックミンスター・フラーはブラックマウンテン大学で、
最初の球状テンセグリティモデル(6 struts tensegrity)を制作している。
驚くことにスネルソンの目の前で、
圧縮材が互いに非接触で、不連続なテンセグリティは
地球上で最初の共鳴構造を顕わにした。
しかし、それは若者に純粋な原理に遭遇する苦しみが始まった瞬間だった。

I wish you hadn’t discoverd that.
If you had produced it, I would have acclaimed you ever more.

これはフラーの最初のテンセグリティのモデリングが完成した瞬間に
スネルソンがフラーに投げつけた言葉だ。

彼は歴史的発見を受け入れられなかったほど混乱している。

テンセグリティを作品化しする才能が
テンセグリティを産業化する才能と重なる必要はないが、
原理の単純さのまえにして、晒される芸術家の自惚は度し難い。

他者によるテンセグリティ原理の発見の瞬間に共鳴できなかったスネルソンは
この手紙の公開をもっとも怖れているに違いない。

しかし、スネルソンの言説が
テンセグリティの構造としての有用性を信じていない
超専門分化の代弁者に仕立てられていることの方が深刻だ。

(全文引用)
2010-01-28 (木)シナジェティクス講座 | テンセグリティ理論から

宇宙線(cosimic ray)とコスモグラフィー

新しい資源を見出さなければ、消滅するように人間は
運命づけられているが故に
エネルギーと食料生産に駆り立てられている。

この現実を疑う科学も消滅しかけているように見える中でさえ
高エネルギーの放射線は1世紀前に発見された後に
新粒子は素粒子実験より先に宇宙線中から見つかった事実と共に
宇宙線(cosimic ray)と微生物の相互作用なくして
モバイルシェルターの内部宇宙は
自律できないことが証明されるだろう。

これは火星計画以上に重要な仕事だ。
モバイルシェルターは、コスモグラフィー(宇宙形態論)と共に存続する。

動くシェルター

気取ったデザインや
表面的デザイン、あるいは
懲りすぎたデザインが
どれもシェルターには適さないのは
死を想定したサバイバルの手段だからだ。

水と食料とエネルギー、
そしてシェルターから人類の移動による人口増加が始まった。

死を予測的に遠ざけるデザインは
だれでも瞬時に見分けることができる。

船、自動車、飛行機、
そして動くシェルターのデザイナーは
つねに建築家ではない。

10歳までに

生存のためのテクノロジーという自己のテクノロジーを
道徳に組み込み、さらに教育や医療、心理学などにおける
観察者の主体性に統合していく権力テクノロジーによって
自己と宇宙との相互関係の重要性(メタフィジックス)と自立性に関して
その階層構造を失ってしまったゆえに
シナジェティクスは、つねに自己のテクノロジーと共にでしか存続できない。

対象に何も働きかけない人々のための
人為的な<観察者の主体性>に、自然は何も働きかけない、
という事実を最初に観察しなければならない。
たとえば、10歳までに学校の外で。