カテゴリー別アーカイブ: コスモグラフィー

構造の恣意性

実践的デザインサイエンスは、
テロ対策の背景にある自由と人権に制限を加える政治的な観念、
さらに、人間の生活に関する普遍的必然という観念に対立する。

シナジェティクスにおける構造の分析とは、構造が持っている恣意性を明らかにし、
実践的シナジェティクスは、
普遍的な構造とパターンにおいて自由な空間をいかに享受することができるかという
デザインサイエンスの領域を共有するだろう。

内部空間の質的変化をさらに生み出すことができるかを明らかにする行為が
建築コードと対立しないまま、例えば、モバイルシェルターを支える構造とパターンも
発見されなかっただろう。

これまで発見された自然の構造が、
人間の独創性から生み出された構造と一致したことがないのは、
ほとんどの構造の恣意性が、間違った独創性への欲望から作られているからだ。

二重の客体化


科学技術は、客体化のための手段とそのプロセスから形成されるが、
服従矯正の手段としても機能する。

冷蔵庫は、第1次世界大戦では、海上での兵站線に不可欠な軍事技術であったが、
第2次世界大戦後に普及した家電となった。

そして、第3次世界大戦(中東戦争)では、
スマートデバイスでのゲームアプリが
兵士の殺戮の恐怖感から逃避する心理アプリとなった。

21世紀のインターネットは、無料の高速通信手段であるが
平時の市民の服従強制のための監視手段として機能する。


対比的な<図>と<地>による二重の客体化では
同時にそれらを認識できない。


われわれの脳は、こうした非同時的な二重の客体化には不慣れである。
生活水準を向上させるテクノロジーは
<人を騙す>テクノロジーに変換され、
脳科学は<脳を騙す>テクノロジーに転用されている。


服従矯正のテクノロジーは、<互いに隔離された見えない群れ>を形成できる。

二極的思考

善と悪のイデオロギー闘争に引きずられる二極的思考は、
無秩序を組織するためのエントロピー思考である。

その思考方法は、生命現象ともっとも効果的に対立できるからだ。

私は、「成長する正20面体」(サイエンティク・アメリカン日本版 1990年9月号)の
シナジェティクス論文で、5回対称性に潜む多中心的で非周期的だが
統合的な秩序の階層構造を発見し証明した。

Growing Icosahedra Yasushi Kajikawa
(この論文とモデルは、1990年からシナジェティクスの編集者アップル・ホワイト氏に
よって管理され、現在スタンフォード大学のバックミンスター・フラーのアーカイブで管理されている。)

二極的思考は、数千年の時間によって矯正されたプログラムである。

自由(=Freedom)の実践方法

シナジェティクスが、自然の原理の発見によって、
その独自な探究方法を確立しながら
デザインサイエンスの環境の変革によってもたらされる
自由(=Freedom)の実践方法でないとしたら、
自己規律を伴う自己テクノロジーは
宇宙に内包されなかっただろう。

エネルギーと水、食料とシェルターの科学的な生産技術は、
自己テクノロジーを媒介する。

人為的なリバティ(liberty)とは異なった
自由(=Freedom)の実践方法は、つねに宇宙的で包括的だ。

自己シェルター

自己テクノロジーは、宇宙と環境との境界に
自己シェルターとして媒介する。

その自己シェルターが、単独では存在せず、
他の有限なものとの関係において生成され、存続するかぎり、
自己シェルターは重さのない諸機能の統合体である。

宇宙がそれを受容する時、自己シェルターは、
宇宙と自己が織りなす無償の贈与システムとなる。

シナジェティクスへの壁

シナジェティクス原理の探究の態度とその技術的方法とは何かを理解するには、
それらに対応する二つの壁(=間違った思い込み)を突き合わせてみればよい。

1.概念的な壁が、理解のための追従的態度から生まれる。
2.技術的な壁が、自らの思想を巧みに表現するために、
  話し手や書き手が従う規則(論文の書式や修辞法や、図学など)から生まれる。

間違った思い込みは、主体的な主観性を遠ざける。

合成と統合について

水が酸素と水素から<化合>できるが、
水素と酸素とを体積で2対1の割合に混ぜただけでは水はできない。
これらの気体を同時に着火して爆発させると水素も酸素も消失して、はじめて水ができる。
水素と酸素が相互にはたらきあって、結合して水になる。

テンセグリティは、紐と棒から<合成>できるわけではない。
テンセグリティは、その<合成>過程で分子間引力という張力の概念と
圧縮力を不連続にする分断の概念とその物理的操作を必要とする。
圧縮材と張力材が相互に働き合うように意図的に操作しなければ
テンセグリティモデルは形成できないのは明らかである。

紐と棒から単純に<合成>されるだけなら
プラトンやアルキメデスのギリシア時代に、
あるいは遅くとも、ヨハネス・ケプラーの時代に発見されていただろう。
球に内接するプラトン・アルキメデスの多面体の頂点の配置を
テンセグリティを構成する多面体の頂点の配置と一致させることは可能だったはずだから。
あるいは、ケプラーの多面体で球に内接する
正多面体の内部の対角線(=テンセグリティの圧縮材の配置パターン)は
十分に駆使されたはずだから。

20世紀になってはじめてテンセグリティが発見されたのは、
<化合>でもなく<合成>でもなく、
自然を模倣することなく構成物質と概念(=引力)を
意図的に<統合>した操作主義の結果なのである。

しかし、テンセグリティに動的な均衡を生成する外部からの振動が絶えず与えられ
自らの構造をより強化して自律するデザインは、発見者の意図と操作を超えていたのである。
テンセグリティは、基本的な<構造の概念>を操作主義的に定義した革命的なモデルである。

自然による統合方法の発見とその体系化は、
バックミンスター・フラーの<シナジェティクス>である。

張力が不可視な動力学的なモデル

ベクトル平衡体やテンセグリティのような動力学的なモデルは
古典幾何学における<面、点、線>の関係からは記述されない。

シナジェティクスにおける記述の突然の変化は、
幾何学の探求者と対象化されるモデルとの関係が完全に変化したために生じた。
動力学的なモデルは、時間を含むからだ。

シナジェティクスのモデル言語は
この関係を捉えようとするために生成される。

プリンストン大学時代のアインシュタインは、
テンセグリティモデルを原子核モデルとして理解していた。

その自然学なくして、バックミンスター・フラーレン(Buckminsterfullerene)は
出現しなかっただろう。
フラーレンは、張力が不可視な共有結合・分子間力となることで
構造的に安定する極小のテンセグリティモデルである。

この張力が不可視な動力学的なモデルは、実験室で人工的に生成される前から
隕石の中には無数に存在していたのである。

テストパイロット

実験(experiment)と経験(experience)は、類義語である。
experi-とは、外部から試すしたり、調べる行為を語源としている。

繰り返して試したことによって獲得された知識群は、
つねに安全な外部にいる専門家(expert)を必要とする。

破壊実験を遂行するほとんどの専門家たちは、つねに安全な外部にいなければならない。

1903年に飛行機による有人動力飛行に世界で初めて成功したライト兄弟は、
世界最先端のグライダーパイロットとして機体設計に携わったが
同時に動力飛行機の最初のテストパイロットでもあった。

安全率(safety factor)が計算可能となった後の外部の専門家たちは
けっして内部の最初のテストパイロットにはならなかったのである。

絶えず更新される内部での実験(experiment)と経験(experience)こそが
宇宙のテクノロジーを最初に媒介する。

論文とモデルから始まった

シナジェティクスを探究する主体性を、
社会的要因や政治的情況から影響されない
本質的な自発性から形成されるとしたら、
怪しいメタフィジックスである。

さらに、シナジェティクスの統合作用への興味と理解が
試験の準備やその結果とは無縁だとしたら、
無謀な逸脱で終わるに違いない。

それゆえに、私は論文とモデルを携えて
バックミンスター・フラーに会ったのだった。
そして、怪しいメタフィジックスと無謀な逸脱は
シナジェティクスのだれも知らない領域をこじ開けた。

私の自発性は、数学論文とシナジェティクス・モデルから始まった。
自然を記述するための。

絶えざる概念の破壊と生成よりも

編集された経験と意味作用を
包括的に構造化する方法を発見しようとする目的で
何一つ新しい概念モデルは生成されない。

新たな概念モデルは、概念自体の破壊によっても生まれない。

水素と酸素が編集によって水を生成しないように、
そして水素と酸素の破壊から構造化されないように、
統合作用は編集からも破壊からも生まれない。

どんな部分からも編集されない、破壊されない全体が存在する。

失敗という神秘以外から
経験と意味作用を統合する全体は生成されない。

シナジェティクスは、
絶えざる概念の破壊と生成よりも
失敗という神秘から、そしてその計画的偶然によって、
自然に接近する。

失敗の神秘(ミスティック・ミステイク)

シナジェティクス・モデリングからの認識は
観察結果をモデリングする物理学者とは異なる。
あるいは、理論をモデリングに置換し、
観察結果と照合する方法とは異なる。

観察結果が、しばしば観察者の概念言語に
左右される現象を超克するための
シナジェティクス・モデリングは、
失敗の神秘(ミスティック・ミステイク)を誘導するところから始まる。

失敗の神秘から生み出されるモデル言語は、
真実に接近する過程で、予め用意された観察者の概念言語を破壊する。

地球だけに存在する特別な元素がないように
モデル言語は、<特別な場合>を超越する段階にある。

同一性

特殊な経験を経て
シナジェティクスモデル言語は形成される。

さらに、互いに異なる経験から
同一性を備えたモデル言語の形成によって
物質化がはじめて可能となる。

しかし、同一性を備えたモデル言語の習得から
特殊な新たな経験は生まれない。

臨界期のないサバイバル・パス

モデル言語とその臨界期を破壊するシナジェティクスは
物質的な生産性を増大させる
生存のためのメタフィジックスに属する。

たとえば、ジオデシック構造のコード計算は
3DのCADや球面幾何学に依存しない
シナジェティクスのモデル言語から実行可能になる。

非常時のサバイバルには、PCやプリンターが無くとも
シナジェティクスの作図からジオデシック・コードが求まるので
子供でもテンセグリティシェルターが設計できる。

<もう一つの現実的方法>は、
そのシェルターのアセンブル過程で証明できる。

シナジェティクスの臨界期

モデル言語によって、
互いに潜在的なシンタックスとセマンティックスの相互作用が可能になるのは、
意識の統合作用によって多様なものを表象する時である。

この現象は、同一のモデリングから新たなシンタックスとセマンティックスが交互に交換し
異なるモデル言語が統合していく場合を説明できる。

シナジェティクスは、
既知の多様な知識よりも自らの多様な経験を統合することによって
知を増大させる。

シナジェティクスを、10歳までに始めることが
もっとも効果的であるという根拠は存在しない。
モデル言語は語順などの統語的規則についての臨界期を
しばしば破壊するからである。
ただし、手という思考する精密機械が介在しないモデル言語形成の水準は惨めて低い。

見せかけの構造の起源

圧縮材による圧縮力を中心にした構造の起源には
狭い洞窟での長い抑圧がある。
——安全な夜と引き換えに。

つぎに、城壁における固体による防御技術から
始める戦争の歴史がある。

そして、墓石の下の大地に埋めた人体の骨に対する
見せかけの永続的な物質観が
それらの抑圧と防御を持続させ助長したのである。

圧縮材は、つねに重く、固定的であるが
大気圏外では、圧縮材は可能な限りモバイル可能な張力材に置換される。
(あるいは、鳥の骨のように
飛行のために編骨という軽量化された非周期性で非対称なトラス構造に変換される。)

宇宙空間では、圧縮材からなる構造ほど、高価で危険なものはない。

自律性と目的意識(know why)

生存のための空間形成方法と自己規律に関する形成方法は
建築や医療、教育、心理学などの専門性にそれぞれ分断されることで
その自律性と目的意識(know why)に関して重要な部分を失ってしまった。

こうして、構造の自律性は、いまも大地に依存したままである。

構造とシナジェティクス

人間は構造をデザインすることは
不可能だというメタフィジックスが
建築から退化したのは、
構造を思考するのではなく
発見するという驚くべき体験が
観察からではなかったからだ。

構造から「私のデザイン」が消滅する瞬間を受容するのは
シナジェティクスである。

自然のデフォルト

諸原理と素材、そして経済的な加工技術との統合する循環から
しばしば、構造原理の発見が訪れる。
それは、バージョンアップとは言わない。

使用している原理を最新版の原理へと切り替える作業は、
前例のない、しかし、自然が使用する原型(=デフォルト)への
クリティカル・パスなのだ。

大円軌道という地動説

春分の日の地球の影が
東経140°線と平行になりほぼ半円になるというのは
見せかけ上の現象であり、
天球上における太陽が通過する大円軌道であるというのも
観察者の見立てである。

太陽が天球を一周しているように見える地動説から
黄道(大円軌道)を説明したにすぎない。

地球も月も、螺旋軌道を描きながら太陽系を回転移動している。
地球外からの観察方法からどんな大円軌道も存在しない。

半円も大円も、時間を除外した幾何学に支配された観察方法である。

自己表現と相反する作用

優れたデザインには
主体の自己表現と自己放棄との間に、激しい往復運動が形成されている。

さらに、思考を声に出す行為によって
自己表現と自己放棄との間の非同時的な相反作用を増大させた結果は
しばしば発見と呼ばれる。

それは、思考の圧縮力と張力との相反作用の
見えないテンセグリティ化による自然のプリセッションに違いない。

思考を声にする

シナジェティクスは、
特殊な出来事(special case)の多様な存在を差異化し、
それらに固有の形式に変換して類別すると同時に
多様なモデル言語の出現を一般化によって単純化する。

高度に一般化されたシナジェティクス・モデルは、
しばしば、<思考を声にする>過程に出現する。

それは、自己の確実性から誘導される<閃き>からではなく、
言語形成に根ざす<他者性>の領域からである。

未完の書『コスモグラフィー』

シナジェティクスモデルと縮小モデルは本質的に異なる。

縮小モデルは、形態認識の手段として定着してきたが
シナジェティクス・モデリングによる未だ認識しえない関係を発見していく方法は
まだあまり知られていない。

シナジェティクスモデルは、物質化を通して
人格的段階と同時に非人格的な領域までを捉えようとしている。

バックミンスター・フラーは、私がその方法を彼と合う前から
直観的に実践していたことを感じていた。
1983年、『コスモグラフィー』は彼の遺稿となった。
(バックミンスター・フラー著 梶川泰司 訳 白揚社 2007)

『コスモグラフィー』で登場するシナジェティクスモデルの
隠れた<構造と意味>は、
手の思考力と直観との相互関係から生成される。

つまり、未だ認識しえない関係は
『コスモグラフィー』にこそ存在している。

フラーレンとナノチューブ、そして細胞とシェルター

もし、テンセグリティが発見されていなかったとすれば、
フラーレンとナノチューブ、そして細胞とシェルターは、
それぞれが特殊な形態として存在していたに違いない。

さらに、自然とその概念をささえる思考が
どのように形成されたのだろうか。

テンセグリティが発見されるまでの世界の科学哲学史に貢献する
圧縮材が不連続な構造を統合する連続する張力材にまで
抽象化された思考を共有する科学的・数学的・哲学的コロニーは、
孤立し遊離しながらもバックミンスター・フラーが練り上げた独自のコロニー以外に
いっさい存在していない事実を除外したならば、
フラーレンとナノチューブ、そして細胞とシェルターを、それぞれ
もっとも少ない物質と時間、そしてエネルギーで形成する同一の構造原理への理解は
他の惑星で展開されていたただろう。

短命な閃き

独創的なアイデアの源泉を
閃きに依存する人々の幻想は驚くほど平凡でありながら、
傲慢さを巧妙に隠蔽したオリジナリティに身を包む。

一瞬であろうと、徐々にであろうと
オリジナルなアイデアが閃くと言うことはありえない。

それはどこかで見た誰かのアイデアにちがいない。
瞬間的に思い浮かぶ他者のアイデアを模倣する人々に
共通する幻想は短命だ。

風が吹かなかった場所は存在しないが
風は、異なった場所で
同時に同じ方向から吹かないトポロジーにしたがって
独創的なアイデアは、ついに発見されるのだ。

発見は、短命な閃きとは無縁である。
発見は、計画的偶然が織りなす主体的な産物だ。

独創的なアイデアは、人間には属さない輝きをもたらす。
それは、自然の原理に触れた瞬間の電磁誘導なのだ。

媒介者(vehicle)

企業にとってノウハウは、富の構成要素の一つである。
難民を受け入れる国家は、
確実な富の源は人口にあると考えている。

企業にも、国家にも、
人間は宇宙と大地とを繋ぐ本質的な媒介者
または伝達システム(vehicle)である
という観点はどこにもない。

確実で無尽蔵な富という概念によって
人々は目的のない牢獄に繋ぎ止められている。

自然の構造

構成要素とは、
どのような要素を使って構造が組み立てられるかを
検証した結果である。

検証なき構成要素からは
どんな構造も主体的な思考の対象から逃れてしまう。

主体的な思考から発見される自然の構造は
つねに先験的である。

有用性(utility)とメタフィジックス

シナジェティクス領域から
デザインサイエンス領域に移行する過程で
理論的段階から実践的段階へと質的に転位するだけに終わらない。

実践的段階が理論的段階へと押し戻すほどの
工学的技法を超えた数学的な原理の発見に遭遇したならば。

異なる2つの段階を通過し、往復することで
異質な原理から成り立つビジョンへ移行できているかどうかが
生存するための<有用性(utility)>に到達できる
信頼すべき兆しなのである。

テンセグリティ・シェルターの生産過程で遭遇する
シナジェティクス原理の発見は、
最大のプリセッション(計画的偶然性)である。

シェルターが完成すれば、
その内部で私は再びシナジェティクス論文を書くだろう。

自律していくコロニー

流動する圧倒的な難民を受け入れない情況を先導する場合
その国家の民主主義はすでに消失しかけている。

自国の領土を買ったり売ったりしている間に、
その領域内にいるかぎり、
安全で平和に生きられることを保証するという国家は
もはや存在しないのだ。

エネルギーと水と、食料
そしてシェルターを過不足なく自給し、
自律していくだけで
人類は短期間にコロニーを形成できるのだ。
——-火星に行かなくとも。

権力がもっとも怖れているのは
人類の自発的な集団化(コロニー)なのである。

主体的に学ぶ

構造は、根本的に自由だという認識や
構造は、社会的な条件によって決定されているという
分析からだけでは、構造を知るには不十分である。

シナジェティクスを学ぶと、
構造はつねに発見されていることがわかる。

シナジェティクスを主体的に学ぶとは
主体的に構造を発見し、
これまでに存在していなかった
構造とパターンを明らかにすることである。

反・ブーツストラップ理論(Bootstrap Theory)

pull oneself up by one’s bootstrapsとは、
自身のブーツストラップ(編み上げ靴のつまみ皮)を使って
自らを自力で持ち上げるという意味である。

テンセグリティは、そのモデルが発見された後も
どんな足場(根拠)もない場所から
靴のブーツストラップ(編み上げ靴のつまみ皮)を自分で引っ張ってあげて
空中浮遊しようとする反物理的構造と見なされた。

実際、スネルソン:Kenneth Snelsonでさえ、
球状テンセグリティのモデル化を思い描くことが出来なかった。

では、ブーツストラップ以外のアイデアから

誰が最初に、煉瓦造りやコンクリートの固体の構造と重量の歴史から、
非固体的な方法によって
圧縮力と張力を純粋に分離して理解する可能性を求めたのか。

それは、建築家ではなかった。


誰が最初に、圧縮材と張力材の機能を互いに分離して
非同時的に作用する原理の存在を証明する実験に成功したのか。

それは、物理学者ではなかった。


誰が最初に、構造とは、不連続的な圧縮力と連続した張力との
非鏡像的な相互作用のことだと定義できたのか。

その背景を、考察したのは科学哲学者ではなかった。

しかし、テンセグリティ構造原理の発見とその理論化は
バックミンスター・フラーによって完成したわけではない。

テンセグリティは、浮遊する雲(cloud nine)のように現れてから
半世紀以上も経過したが、
まだ十分なテンセグリティモデルが発見されていない可能性がある。
テンセグリティはまだ元素周期律表のように分類されていないのだ。

目的論(teleology)

シナジェティクスが、圧政の知識、または、
建築や環境デザイン、そしてプロダクトデザインの方法になることはない。

宇宙と自己との関係を絶えず発見していく
<目的論(teleology)>であるかぎり
自己を除外した環境デザインは存続できないだろう。

アーティファクト(artifact)とは何か

見えない概念を記述し理解するには、
自然の形態を模写するのではなく、
自然の原理を発見し統合されたテクノロジーに
置換する試行錯誤が先行しなければならない。

モグラや鯨は自然の機能と相互作用できる
独自のアーティファクトをフィードバックした結果、
最適な形態を採用したに違いない。

つまり、先行するアーティファクトの模倣から
人類が直面する諸問題を解決することは出来ないのだ。

熟考(consideration)

熟考(consideration)とは、語源的に
con(主体的に)sider(星々)との相互関係を構築する行為である。

デザインサイエンスにおける主体的な熟考は、
複製を前提にした設計図と直面する工具類と素材を
クリティカル・パスで対応する過程において
日々変化する環境を物理的に整備する行為と共にある。

個々の素材と様々な工具との相互関係が
単純化されていく時は、
素材と工具の配置パターンを劇的に変容させる。

シナジェティクス触媒(Synergetics catalysis)

数学的知識はその構造デザインの数学的背景を分析するには有用だが、
その知識は、シナジェティクスを習得し実践する
デザインサイエンティストの包括的経験から積み上げた
ユーザの想像力を誘発する単純化されたデザインに比べれば部分的でしかない。

原理的理解から発するシナジェティクスモデルに
可能な限り接近するための構造デザインを構成する
最小限の素材間の相互作用が
予測を超えた物理的機能に変換されてるからだろう。

シナジェティクスが、
明らかな触媒反応(‎Catalytic reaction)を引き起こしている時、
デザインサイエンティストは、
数学的知識には現れない物質変換に関わっている。

そして、コスモグラフィーからの不変の重さのない情報によって
引き起こされる構造の強度と剛性を加速する反応(シナジー)を再生させる。

続)シナジー>自然>未知という階層構造を超えて

シナジー>自然>未知という階層構造をさらに超えていくのは
宇宙の統合性(Cosmic Integrity)の存在である。

目的論と共に、宇宙の統合性を人間の生存空間において
再生するために物質化された装置<trimtab>の一つが
モバイル・テンセグリティシェルターである。

モバイル・テンセグリティシェルターは
水と食料とエネルギーが再生され続ける
<シナジェティクス回路>(=無柱、無管、無線、無軌道)に接続される。

不動産と絶縁するためのモバイル用の<trimtab>の開発に
必要なテクノロジーと部品類は、
ほとんどが既成品とその改造(2次加工)によって達成可能だ。

都市の課金装置ともっとも経済的に短期間に絶縁可能な<trimtab>の
開発に従事するのは、21世紀のアーティストサイエンティストである。

彼らのクライアントは、Cosmic Integrityの不可視の富だ。

シナジー>自然>未知の階層構造を超えて

自然を形態(form)だけから模倣できないように
未知(unknown)は、自然に含まれる。

シナジェティクスは
つねに未知の領域からやって来る信号(beep)を
直観によって解読することから始まる。

未知なる存在を包括する自然が
ついにシナジーを誘発する過程(process)と方法を
シナジェティクスは、視覚化してきた。

その過程と方法の再現において、
ユーティリティ(有用性)の物質化という要求から実践する方法は、
デザインサイエンスと呼ばれる。

道具と素材

局所的に従属化した種々の固有な方法を
その場から転位させ
予測できなかった効果的な方法を思い描き
再びその場でその機能の存在を確認できた場合、
局所的な分析に先行する
工学的方法の批判に基づいた発明に留まることなく
原理にまで遡ることができることを証明する機会なのだ。

つまり、もっとも効果的な方法は
入手可能な道具と素材だけでは解決しないのだ。

一般的な道具と素材は、
野生のメタフィジックスより、つねに遅れてやってくる。

反・建築コード(building code)

自動車のハンドルの左右の位置が、走行ラインの反転や
交差点内での異なる交通法規を生むように、
構造から空間をレイアウトする方法や
そのインテリアデザインなどによって
建造物の内部での動作や姿勢に関する習慣が生まれる。

思考方法や感情が人間の身体に対して
物理的に医学的に異なった影響を生むように。

形態と建築コードの相補的な関係をパラメータ化することで
形態と安全性とコストとの可能性を拡張するテクノロジーは
建築コードによって制限される。

しかし、意識や思考に作用するよりも
人間の身体に対して効果的に物理的に生理的に行使できるからこそ
建築物は、建築コードによって管理されてきた。

人々を物理的・空間的に配置する方法に従事する建築家やデザイナーは、
分断された専門家ゆえに
身体の政治的テクノロジーに関与していることに無関心を装う。

自然が採用する構造とパターンから生成された
超軽量で大地から自律する
無柱、無線、無管、無軌道のテクノロジーによって
生存方法の自律性とその自由度を生む
モバイル・テンセグリティ・シェルターは
本質的にだれの許可も要らない。