カテゴリー別アーカイブ: コスモグラフィー

論文とモデルから始まった

シナジェティクスを探究する主体性を、
社会的要因や政治的情況から影響されない
本質的な自発性から形成されるとしたら、
怪しいメタフィジックスである。

さらに、シナジェティクスの統合作用への興味と理解が
試験の準備やその結果とは無縁だとしたら、
無謀な逸脱で終わるに違いない。

それゆえに、私は論文とモデルを携えて
バックミンスター・フラーに会ったのだった。
そして、怪しいメタフィジックスと無謀な逸脱は
シナジェティクスのだれも知らない領域をこじ開けた。

私の自発性は、論文とモデルから始まった。
自然を記述するための。

絶えざる概念の破壊と生成よりも

編集された経験と意味作用を
包括的に構造化する方法を発見しようとする目的で
何一つ新しい概念モデルは生成されない。

新たな概念モデルは、概念自体の破壊によっても生まれない。

水素と酸素が編集によって水を生成しないように、
そして水素と酸素の破壊から構造化されないように、
統合作用は編集からも破壊からも生まれない。

どんな部分からも編集されない、破壊されない全体が存在する。

失敗という神秘以外から
経験と意味作用を統合する全体は生成されない。

シナジェティクスは、
絶えざる概念の破壊と生成よりも
失敗という神秘から、そしてその計画的偶然によって、
自然に接近する。

失敗の神秘(ミスティック・ミステイク)

シナジェティクス・モデリングからの認識は
観察結果をモデリングする物理学者とは異なる。
あるいは、理論をモデリングに置換し、
観察結果と照合する方法とは異なる。

観察結果が、しばしば観察者の概念言語に
左右される現象を超克するための
シナジェティクス・モデリングは、
失敗の神秘(ミスティック・ミステイク)を誘導するところから始まる。

失敗の神秘から生み出されるモデル言語は、
真実に接近する過程で、予め用意された観察者の概念言語を破壊する。

地球だけに存在する特別な元素がないように
モデル言語は、<特別な場合>を超越する段階にある。

同一性

特殊な経験を経て
シナジェティクスモデル言語は形成される。

さらに、互いに異なる経験から
同一性を備えたモデル言語の形成によって
物質化がはじめて可能となる。

しかし、同一性を備えたモデル言語の習得から
特殊な新たな経験は生まれない。

臨界期のないサバイバル・パス

モデル言語とその臨界期を破壊するシナジェティクスは
物質的な生産性を増大させる
生存のためのメタフィジックスに属する。

たとえば、ジオデシック構造のコード計算は
3DのCADや球面幾何学に依存しない
シナジェティクスのモデル言語から実行可能になる。

非常時のサバイバルには、PCやプリンターが無くとも
シナジェティクスの作図からジオデシック・コードが求まるので
子供でもテンセグリティシェルターが設計できる。

<もう一つの現実的方法>は、
そのシェルターのアセンブル過程で証明できる。

シナジェティクスの臨界期

モデル言語によって、
互いに潜在的なシンタックスとセマンティックスの相互作用が可能になるのは、
意識の統合作用によって多様なものを表象する時である。

この現象は、同一のモデリングから新たなシンタックスとセマンティックスが交互に交換し
異なるモデル言語が統合していく場合を説明できる。

シナジェティクスは、
既知の多様な知識よりも自らの多様な経験を統合することによって
知を増大させる。

シナジェティクスを、10歳までに始めることが
もっとも効果的であるという根拠は存在しない。
モデル言語は語順などの統語的規則についての臨界期を
しばしば破壊するからである。
ただし、手という思考する精密機械が介在しないモデル言語形成の水準は惨めて低い。

見せかけの構造の起源

圧縮材による圧縮力を中心にした構造の起源には
狭い洞窟での長い抑圧がある。
——安全な夜と引き換えに。

つぎに、城壁における固体による防御技術から
始める戦争の歴史がある。

そして、墓石の下の大地に埋めた人体の骨に対する
見せかけの永続的な物質観が
それらの抑圧と防御を持続させ助長したのである。

圧縮材は、つねに重く、固定的であるが
大気圏外では、圧縮材は可能な限りモバイル可能な張力材に置換される。
(あるいは、鳥の骨のように
飛行のために編骨という軽量化された非周期性で非対称なトラス構造に変換される。)

宇宙空間では、圧縮材からなる構造ほど、高価で危険なものはない。

自律性と目的意識(know why)

生存のための空間形成方法と自己規律に関する形成方法は
建築や医療、教育、心理学などの専門性にそれぞれ分断されることで
その自律性と目的意識(know why)に関して重要な部分を失ってしまった。

こうして、構造の自律性は、いまも大地に依存したままである。

構造とシナジェティクス

人間は構造をデザインすることは
不可能だというメタフィジックスが
建築から退化したのは、
構造を思考するのではなく
発見するという驚くべき体験が
観察からではなかったからだ。

構造から「私のデザイン」が消滅する瞬間を受容するのは
シナジェティクスである。

自然のデフォルト

諸原理と素材、そして経済的な加工技術との統合する循環から
しばしば、構造原理の発見が訪れる。
それは、バージョンアップとは言わない。

使用している原理を最新版の原理へと切り替える作業は、
前例のない、しかし、自然が使用する原型(=デフォルト)への
クリティカル・パスなのだ。

大円軌道という地動説

春分の日の地球の影が
東経140°線と平行になりほぼ半円になるというのは
見せかけ上の現象であり、
天球上における太陽が通過する大円軌道であるというのも
観察者の見立てである。

太陽が天球を一周しているように見える地動説から
黄道(大円軌道)を説明したにすぎない。

地球も月も、螺旋軌道を描きながら太陽系を回転移動している。
地球外からの観察方法からどんな大円軌道も存在しない。

半円も大円も、時間を除外した幾何学に支配された観察方法である。

自己表現と相反する作用

優れたデザインには
主体の自己表現と自己放棄との間に、激しい往復運動が形成されている。

さらに、思考を声に出す行為によって
自己表現と自己放棄との間の非同時的な相反作用を増大させた結果は
しばしば発見と呼ばれる。

それは、思考の圧縮力と張力との相反作用の
見えないテンセグリティ化による自然のプリセッションに違いない。

思考を声にする

シナジェティクスは、
特殊な出来事(special case)の多様な存在を差異化し、
それらに固有の形式に変換して類別すると同時に
多様なモデル言語の出現を一般化によって単純化する。

高度に一般化されたシナジェティクス・モデルは、
しばしば、<思考を声にする>過程に出現する。

それは、自己の確実性から誘導される<閃き>からではなく、
言語形成に根ざす<他者性>の領域からである。

未完の書『コスモグラフィー』

シナジェティクスモデルと縮小モデルは本質的に異なる。

縮小モデルは、形態認識の手段として定着してきたが
シナジェティクス・モデリングによる未だ認識しえない関係を発見していく方法は
まだあまり知られていない。

シナジェティクスモデルは、物質化を通して
人格的段階と同時に非人格的な領域までを捉えようとしている。

バックミンスター・フラーは、私がその方法を彼と合う前から
直観的に実践していたことを感じていた。
1983年、『コスモグラフィー』は彼の遺稿となった。
(バックミンスター・フラー著 梶川泰司 訳 白揚社 2007)

『コスモグラフィー』で登場するシナジェティクスモデルの
隠れた<構造と意味>は、
手の思考力と直観との相互関係から生成される。

つまり、未だ認識しえない関係は
『コスモグラフィー』にこそ存在している。

フラーレンとナノチューブ、そして細胞とシェルター

もし、テンセグリティが発見されていなかったとすれば、
フラーレンとナノチューブ、そして細胞とシェルターは、
それぞれが特殊な形態として存在していたに違いない。

さらに、自然とその概念をささえる思考が
どのように形成されたのだろうか。

テンセグリティが発見されるまでの世界の科学哲学史に貢献する
圧縮材が不連続な構造を統合する連続する張力材にまで
抽象化された思考を共有する科学的・数学的・哲学的コロニーは、
孤立し遊離しながらもバックミンスター・フラーが練り上げた独自のコロニー以外に
いっさい存在していない事実を除外したならば、
フラーレンとナノチューブ、そして細胞とシェルターを、それぞれ
もっとも少ない物質と時間、そしてエネルギーで形成する同一の構造原理への理解は
他の惑星で展開されていたただろう。

短命な閃き

独創的なアイデアの源泉を
閃きに依存する人々の幻想は驚くほど平凡でありながら、
傲慢さを巧妙に隠蔽したオリジナリティに身を包む。

一瞬であろうと、徐々にであろうと
オリジナルなアイデアが閃くと言うことはありえない。

それはどこかで見た誰かのアイデアにちがいない。
瞬間的に思い浮かぶ他者のアイデアを模倣する人々に
共通する幻想は短命だ。

風が吹かなかった場所は存在しないが
風は、異なった場所で
同時に同じ方向から吹かないトポロジーにしたがって
独創的なアイデアは、ついに発見されるのだ。

発見は、短命な閃きとは無縁である。
発見は、計画的偶然が織りなす主体的な産物だ。

独創的なアイデアは、人間には属さない輝きをもたらす。
それは、自然の原理に触れた瞬間の電磁誘導なのだ。

媒介者(vehicle)

企業にとってノウハウは、富の構成要素の一つである。
難民を受け入れる国家は、
確実な富の源は人口にあると考えている。

企業にも、国家にも、
人間は宇宙と大地とを繋ぐ本質的な媒介者
または伝達システム(vehicle)である
という観点はどこにもない。

確実で無尽蔵な富という概念によって
人々は目的のない牢獄に繋ぎ止められている。

自然の構造

構成要素とは、
どのような要素を使って構造が組み立てられるかを
検証した結果である。

検証なき構成要素からは
どんな構造も主体的な思考の対象から逃れてしまう。

主体的な思考から発見される自然の構造は
つねに先験的である。

有用性(utility)とメタフィジックス

シナジェティクス領域から
デザインサイエンス領域に移行する過程で
理論的段階から実践的段階へと質的に転位するだけに終わらない。

実践的段階が理論的段階へと押し戻すほどの
工学的技法を超えた数学的な原理の発見に遭遇したならば。

異なる2つの段階を通過し、往復することで
異質な原理から成り立つビジョンへ移行できているかどうかが
生存するための<有用性(utility)>に到達できる
信頼すべき兆しなのである。

テンセグリティ・シェルターの生産過程で遭遇する
シナジェティクス原理の発見は、
最大のプリセッション(計画的偶然性)である。

シェルターが完成すれば、
その内部で私は再びシナジェティクス論文を書くだろう。

自律していくコロニー

流動する圧倒的な難民を受け入れない情況を先導する場合
その国家の民主主義はすでに消失しかけている。

自国の領土を買ったり売ったりしている間に、
その領域内にいるかぎり、
安全で平和に生きられることを保証するという国家は
もはや存在しないのだ。

エネルギーと水と、食料
そしてシェルターを過不足なく自給し、
自律していくだけで
人類は短期間にコロニーを形成できるのだ。
——-火星に行かなくとも。

権力がもっとも怖れているのは
人類の自発的な集団化(コロニー)なのである。

主体的に学ぶ

構造は、根本的に自由だという認識や
構造は、社会的な条件によって決定されているという
分析からだけでは、構造を知るには不十分である。

シナジェティクスを学ぶと、
構造はつねに発見されていることがわかる。

シナジェティクスを主体的に学ぶとは
主体的に構造を発見し、
これまでに存在していなかった
構造とパターンを明らかにすることである。

反・ブーツストラップ理論(Bootstrap Theory)

pull oneself up by one’s bootstrapsとは、
自身のブーツストラップ(編み上げ靴のつまみ皮)を使って
自らを自力で持ち上げるという意味である。

テンセグリティは、そのモデルが発見された後も
どんな足場(根拠)もない場所から
靴のブーツストラップ(編み上げ靴のつまみ皮)を自分で引っ張ってあげて
空中浮遊しようとする反物理的構造と見なされた。

実際、スネルソン:Kenneth Snelsonでさえ、
球状テンセグリティのモデル化を思い描くことが出来なかった。

では、ブーツストラップ以外のアイデアから

誰が最初に、煉瓦造りやコンクリートの固体の構造と重量の歴史から、
非固体的な方法によって
圧縮力と張力を純粋に分離して理解する可能性を求めたのか。

それは、建築家ではなかった。


誰が最初に、圧縮材と張力材の機能を互いに分離して
非同時的に作用する原理の存在を証明する実験に成功したのか。

それは、物理学者ではなかった。


誰が最初に、構造とは、不連続的な圧縮力と連続した張力との
非鏡像的な相互作用のことだと定義できたのか。

その背景を、考察したのは科学哲学者ではなかった。

しかし、テンセグリティ構造原理の発見とその理論化は
バックミンスター・フラーによって完成したわけではない。

テンセグリティは、浮遊する雲(cloud nine)のように現れてから
半世紀以上も経過したが、
まだ十分なテンセグリティモデルが発見されていない可能性がある。
テンセグリティはまだ元素周期律表のように分類されていないのだ。

目的論(teleology)

シナジェティクスが、圧政の知識、または、
建築や環境デザイン、そしてプロダクトデザインの方法になることはない。

宇宙と自己との関係を絶えず発見していく
<目的論(teleology)>であるかぎり
自己を除外した環境デザインは存続できないだろう。

アーティファクト(artifact)とは何か

見えない概念を記述し理解するには、
自然の形態を模写するのではなく、
自然の原理を発見し統合されたテクノロジーに
置換する試行錯誤が先行しなければならない。

モグラや鯨は自然の機能と相互作用できる
独自のアーティファクトをフィードバックした結果、
最適な形態を採用したに違いない。

つまり、先行するアーティファクトの模倣から
人類が直面する諸問題を解決することは出来ないのだ。

熟考(consideration)

熟考(consideration)とは、語源的に
con(主体的に)sider(星々)との相互関係を構築する行為である。

デザインサイエンスにおける主体的な熟考は、
複製を前提にした設計図と直面する工具類と素材を
クリティカル・パスで対応する過程において
日々変化する環境を物理的に整備する行為と共にある。

個々の素材と様々な工具との相互関係が
単純化されていく時は、
素材と工具の配置パターンを劇的に変容させる。

シナジェティクス触媒(Synergetics catalysis)

数学的知識はその構造デザインの数学的背景を分析するには有用だが、
その知識は、シナジェティクスを習得し実践する
デザインサイエンティストの包括的経験から積み上げた
ユーザの想像力を誘発する単純化されたデザインに比べれば部分的でしかない。

原理的理解から発するシナジェティクスモデルに
可能な限り接近するための構造デザインを構成する
最小限の素材間の相互作用が
予測を超えた物理的機能に変換されてるからだろう。

シナジェティクスが、
明らかな触媒反応(‎Catalytic reaction)を引き起こしている時、
デザインサイエンティストは、
数学的知識には現れない物質変換に関わっている。

そして、コスモグラフィーからの不変の重さのない情報によって
引き起こされる構造の強度と剛性を加速する反応(シナジー)を再生させる。

続)シナジー>自然>未知という階層構造を超えて

シナジー>自然>未知という階層構造をさらに超えていくのは
宇宙の統合性(Cosmic Integrity)の存在である。

目的論と共に、宇宙の統合性を人間の生存空間において
再生するために物質化された装置<trimtab>の一つが
モバイル・テンセグリティシェルターである。

モバイル・テンセグリティシェルターは
水と食料とエネルギーが再生され続ける
<シナジェティクス回路>(=無柱、無管、無線、無軌道)に接続される。

不動産と絶縁するためのモバイル用の<trimtab>の開発に
必要なテクノロジーと部品類は、
ほとんどが既成品とその改造(2次加工)によって達成可能だ。

都市の課金装置ともっとも経済的に短期間に絶縁可能な<trimtab>の
開発に従事するのは、21世紀のアーティストサイエンティストである。

彼らのクライアントは、Cosmic Integrityの不可視の富だ。

シナジー>自然>未知の階層構造を超えて

自然を形態(form)だけから模倣できないように
未知(unknown)は、自然に含まれる。

シナジェティクスは
つねに未知の領域からやって来る信号(beep)を
直観によって解読することから始まる。

未知なる存在を包括する自然が
ついにシナジーを誘発する過程(process)と方法を
シナジェティクスは、視覚化してきた。

その過程と方法の再現において、
ユーティリティ(有用性)の物質化という要求から実践する方法は、
デザインサイエンスと呼ばれる。

道具と素材

局所的に従属化した種々の固有な方法を
その場から転位させ
予測できなかった効果的な方法を思い描き
再びその場でその機能の存在を確認できた場合、
局所的な分析に先行する
工学的方法の批判に基づいた発明に留まることなく
原理にまで遡ることができることを証明する機会なのだ。

つまり、もっとも効果的な方法は
入手可能な道具と素材だけでは解決しないのだ。

一般的な道具と素材は、
野生のメタフィジックスより、つねに遅れてやってくる。

反・建築コード(building code)

自動車のハンドルの左右の位置が、走行ラインの反転や
交差点内での異なる交通法規を生むように、
構造から空間をレイアウトする方法や
そのインテリアデザインなどによって
建造物の内部での動作や姿勢に関する習慣が生まれる。

思考方法や感情が人間の身体に対して
物理的に医学的に異なった影響を生むように。

形態と建築コードの相補的な関係をパラメータ化することで
形態と安全性とコストとの可能性を拡張するテクノロジーは
建築コードによって制限される。

しかし、意識や思考に作用するよりも
人間の身体に対して効果的に物理的に生理的に行使できるからこそ
建築物は、建築コードによって管理されてきた。

人々を物理的・空間的に配置する方法に従事する建築家やデザイナーは、
分断された専門家ゆえに
身体の政治的テクノロジーに関与していることに無関心を装う。

自然が採用する構造とパターンから生成された
超軽量で大地から自律する
無柱、無線、無管、無軌道のテクノロジーによって
生存方法の自律性とその自由度を生む
モバイル・テンセグリティ・シェルターは
本質的にだれの許可も要らない。

平均的な革命 

 「宇宙はテクノロジーである」そして「物理的宇宙は、
それ自体がすべてのテクノロジーを生み出している。」

このフラーの確信によって、
あらゆるエネルギーの無料化を達成できるテクノロジーを
支配する世界権力機構が科学者フラーを徹底的に孤立させた。

なぜなら、すでに発見された宇宙のテクノロジーに依存すれば、
「個人が必要とする(もの)はすべて、すでに支給されている」
という事実が露わになるからである。 

☆『宇宙エコロジー』
「平均的な革命」梶川泰司 2004
(バックミンスター・フラー+梶川泰司=著 18、19ページ)

クロノロジー(chronology)

バックミンスター・フラーが
デザインサイエンス革命の実践方法において
自ら革命と定義したとき、
彼のデザインサイエンスとシナジェティクスの講義を理解して
彼と直接コンタクトした世界中の学生の名簿を、フィラデルフィアではなく
ロサンゼルス時代のフラー研究所のアーカイブで見たことがある。
そこには、六千名のリストがあった。
私の名前も日本の古い住所のままでそこにあった。

片方向的なフォロワー(追従者)が
いま何を考えて、何を実践しているかに関わらず、
予知的な徴としての価値を持つ経験やシナジェティクス・モデルを、
アーカイブの内部から取り出す方法はつねに革命的である。

それは、クロノロジー(chronology)に基づくいた
<クロノファイル>と呼ばれている。

自らの行為の誤りとその正しさの客観性を主張する根拠は
<クロノファイル>が生成する時間(chronos)にある。

最初の素材

構造への尽きない興味は
最初の素材とはまったく異なった物質にする
統合力の見えないプロセスにあるに違いない。

構造は、非物質化に誘導しようとしている。
つまり、統合力そのものを
取り出すことは出来ないという現実に。

続)自己修練(self-discipline)

暗黒時代の固体概念からの脱出には、概念の牢獄化を管理していたキリスト教会が
隠蔽してきた幾何学(=球面三角法)の解放を意味している。
天体の位置や角度の計算に必要な球面三角法は、
地球を外部から観る行為から生まれる。

レオナルド・ダ・ビンチの独創的な木製のフレーム構造体(ダ・ビンチの星)には、
面(face)は存在しない。
後のヨハネス・ケプラーによって、ギリシア時代の固体的修練はついに破棄されている。
彼は五角形の対角線(星形化=Stellation)によって、
ついに新たなモデル言語を発見したのである。
ギリシア時代の大理石の正多面体からは、
内在する対角線の可視化は困難だったにちがいない。
(しかし、現在も古い概念から<ケプラーの星型正多面体>と呼ばれている。)

多面体の面(face)は、ギリシアから25世紀後のシナジェティクスによって
窓(window)という無(nothigness)に変換され、
各頂点でつねに出来事が存在する(somethigness)する場合、
隣接する各頂点間で、一つの関係(relationship)が形成される。

4つの出来事(somethigness)と6つの関係(relationship)、
そして4つの無(nothigness)が,
最小限の4頂点体(Polyvertex)の内部と外部を形成するのである。

自己修練(self-discipline)には、
相補的な内部と外部が必要である。

自己修練(self-discipline)

プラトンの正多面体モデルは、宇宙を構成する元素群を意味していた。
元素の概念は、大理石を多面体化した固体(solid)から開始された。

モデル言語は、自己のテクノロジーの習得プロセスにおいてもっとも発見されやすい。
しかし、モデル言語は、単純な3種の形態様式(solid、surface、wireframe)
または、それらの組合せから生まれない。

いかなる技術もノウハウも、自己修練(self-discipline)なしには獲得できないが、
プラトンの正多面体のモデリング体系は、
二千年間以上も固体的修練(大理石の対称的なカッティング技法)として継承されたのである。

無限責任

森は一つであり
樹木は、分離して数えられないように
森の樹木の構造デザインは
森に対する無限責任に基づいて再生的にデザインされている。

台風によって倒木した場合も
自然発火で森林火災を起こした場合ですら
森は移動して生き延びた結果である。

方法の実験

社会学、心理学、そして文化人類学や建築、数学においても
単純な構造という言葉の背後に隠れているものを
一つ残らず解放しなくてはならない。
それらが、同じ構造を意味していないなら。

少なくとも建築における構造は、
テンセグリティが発見されるまで科学的に定義されていなかった。

定義から学ぶべきではなく、
実験から開始すべきでもなく、
実験の条件を再現して、
それらを破壊する方法の実験から開始すべきなのである。

新たな生産要素を導入したりする企業家の経済発展論(イノベーション)から
このベクトルは根絶やしにされている。

続)非物質化への無限性

大円上に形成されるすべての弦は、球面上の2点間の最短距離の
さらなる最短距離となる。

大円軌道上にある弦のみによって形成される総三角形化は、
ジオデシックドームの直径の飛躍的増大だけではなく、
構造材としてのストラットとジョイントの重さにおいて、
単位体積あたりのそれら部材の重量を加速度的に軽減しながら
ジオデシックドーム全体の剛性と強度を増大させることが
バックミンスター・フラーの実証実験によってはじめて発見されたのである。
それはジオデシック数学には含まれない原理であった。

つまり、より大きくドームを建造すればするほど、
ジオデシック構造体を構成するストラットとジョイント類は、
より細く、薄く、短く、そしてより軽くできる技術となったのである。
自動車の重量に対する馬力、そして燃費の諸元表と同様に、
ジオデシックドームには重量に対する体積と表面積、
そして各部材の重量とコストの諸元表はつねに表示されるべきである。

工業製品の軽量化・薄型化・小型化によって、
グランチがより富めていった方法とその独占の歴史を認識するよりは
自然には、見せかけの軽薄短小のプロセスから逸脱し、
ついに非物質化への無限性に至る原理の存在を認識するほうがより重要である。

シナジェティクスとそのモデル言語を学ぶことによって、
工業製品以外の生存に不可欠なインフラや住居にも
非物質化への無限性に至る原理を発見し、
その原理をもっとも少ない物質に変換する方法に開眼できるだろう。

非物質化への無限性

シナジェティクスは、シナジーを体系化したと思われている。

シナジェティクスという
数学的・科学的的経験の意味と構造を理解するために、
古代ギリシアの数学者、天文学者による地球を外から見る球面天文学と
黄金比と共に無理数、そして球の半径から表面積と体積を求める法則を発見し
その思考のプロセスをモデリングしたピタゴラス、
1596年に『宇宙の神秘』を出版し、プラトン立体と球面天文学との
関連から宇宙の階層構造へ至るメタフィジックスに気づいたヨハネス・ケプラー以外に
その系譜らしきものは見つからない。

ケプラーがピタゴラスに似ていないように、
バックミンスター・フラーは他の誰にも似ていないが、
20世紀においてアインシュタインが物理学でしばしば使用した
球面上の2点間の最短距離の概念こそは、
ジオデシック数学以上のシナジーの系譜かもしれない。

形態と素材を超えて

デザインサイエンスの役割は、
可視的な形態に、形態からは推測できない見えない機能を付加すると共に、
形態に抗した重さのない機能による<非物質化>の段階を示唆することにある。

シナジェティクスは、原理というメタフィジックスへの誘導によって
形態と素材を相互に打ち消す力を持っている。

形態と素材は、つねに掛け替えられる。
——–核子の交換によって、異なった原子核が生成し、または消滅するように

掛け替えのない唯一無二の自然は、
情緒的で可視的な一時的なエコロジーである。

シナジェティクスとデザインサイエンスの相補的な統合によって
コスモグラフィーは漸進的に変容していく。

直観と幾何学

神聖幾何学が神秘について直観的に語りうることは決してないだろう。
なぜなら、幾何学の神秘を保留しているのは直観のほうだからだ。

電磁誘導は、磁束が変動する環境に置かれた導体に電位差(電圧)が生じる現象である
電流(=思考)がつくる磁場の変化で新たな誘導電流(=直観)が生じる。
直観は、電磁誘導の結果であり、磁場の変化が新たな思考を生む。

シナジェティクスは、21世紀の直観誘導幾何学である。

神秘と未知に接近しながら、数学性と科学性が後退しないのは
シナジェティクスだけである。