カテゴリー別アーカイブ: 未分類

人工物から遊離した機能

電力グリッドや上下水道システム(=人工物)から遊離した
個人用のモバイル・シェルターには、
謂わば哺乳瓶の授乳機能のようなエネルギーを受容する機能だけではなく
バイオ装置による水の再生機能が与えられている。
モバイル・シェルターは、バイオスフィアへ帰還するための
超人工物(trimtab)である。

続)二重の客体化

二重の客体化は、支配のための優れた思考方法なのである。
しかし、決定的に統合化のための思考方法ではないだろう。

シナジェティクスは、
統合化のための思考方法を非同時的なモデリングで探究する。

同一性とデザイン

自然の原理には、最初にその原理を発見した人から
発見に至る<特別な場合とその過程>から解放するメカニズムもある。

もし、デザインや工作物に
そのメカニズムが感じられない場合は、
だれかのアイデアの変形かその模倣にすぎない段階にちがいない。

自然の<同一性>を怖れるデザイナーたちの
唯一無二の特別な過程を所有したい願望に基づいた自己修練は
デザインとは無縁である。

測位精度という戦争機械

GPS(全地球測位システム)は、アメリカの30個以上の軍事衛星を利用しているので
その精度を軍事的にコントロールできる権限がアメリカ大統領にある。

GPSは、故意に誤差データを操作できる戦争機械である。
有事によって、全世界情報は、より操作可能(Selective Availability)となる。

生存のための妥協

生存のための構造は、経済的な妥協と不確定な安全性によって置き換えられ、
宇宙の統合的機能を不明瞭で交換不能なものにする。

大気圏内に、例外的に裸で生まれてくる人類に
これ以上の妥協があるのだろうか。

住宅の様式における、生存のための致命的な妥協は
思考と行動へのもっとも安価な矯正装置となる。

潰しが利かないウラン

<潰しが利く>とは
本来は、金属リサイクルのことであった。
硬貨や携帯のレアメタル、そして自動車のように。

学んだことを武器に、職を見つけることが出来る意味に転じたが
実際の武器も、溶かして再利用される。

人間も工業製品も武器も、いまや<潰しが利く>動く資源である。
とりわけ、潰しが利く職業は、陳腐化への怖れから選択される。

宇宙の元素は、他の同じ元素と掛け替えられても
けっして劣化しない。
宇宙に、中古元素は存在しない。

しかし、意図的に元素(ウラン)を潰すのは、原発と核兵器だけである。
さらに、本来は潰しが利かないウランを潰して鉛にするまでの
膨大な処理コストで、国家や大企業自らが潰れるほどである。

先験的構造システムは存在する

仮設住宅は、地震に対応したのではなく
迅速な設営と撤去を前提にした居住空間である。

仮設住宅は基礎を前提にしている構造である。
基礎によって、大地に依存した従属性を排除することはできない。

しかし、真の構造には基礎という概念もなければ
耐震、免震、制振システムの概念もない。

全方向的な外力に対して
剛性と強度を維持するテンセグリティ構造には
耐震、免震、制振システムが先験的に内在して
外力を分散しているのである。

そればかりか、真のシステムを通過した外力が
システム自体の強度と剛性を向上させている
シナジーが出現するのである。

予測的デザインサイエンス

構造とパターンは、
相互的に直接作用しながら変容する織物である。

面、線、点の相互作用から
閉じた新たな構造のパターンが発見される。

しかし、純粋な構造のパターンの目録には
ストラットやジョイントや皮膜のコストの情報は含まれない。

デザイン行為は、異なった原理間の調整のみならず、
それらすべての要素間の相互作用を調整する段階に存在する。

その認識は、予測的デザインサイエンスに属する。

その単独者へ向かう私の自己のテクノロジーの修行は、
バックミンスター・フラーに会った29歳から始まったが、
幸運にもその物質化の最終段階がついに訪れた。

先験的システム

権力システムに対抗する政治哲学論よりも
エネルギーと食料、水とシェルターを無料化するテクノロジーのほうが
それらを互いに断絶させ分裂させる権力システムと
反対称的な先験的システムなのである。

先験的システムは、つねに包括的である。
ーーーー例えば断面積ゼロの重力、つまり張力的存在。

極地へ向かう工兵隊(military engineer)

自然と出会うために
人間が道具を使用して短期間に居住可能な場を形成するという考えで
アウトドア製品はデザインされてきたと思われてきた。
しかし、軍隊が来るべき資源戦争に備えて
予備的に行う極地的調査方法から
派生した道具類の洗練された段階に過ぎなかったのである。

アウトドア製品は、
それらをデザインする人々から
自然についての知とコスモグラフィー的認識が消失し、
予期せぬ死の危険を帯びた自然探検への
疑似体験やそれを追体験するための道具にとって変わった。

戦時なら、つまり、21世紀の難民大移動の時代なら
モバイルテンセグリティシェルターの開発は
工兵隊(military engineer/pioneer)の最優先課題の一つであるだろう。
軍隊から主体的に離脱する彼らは、
バイオスフィアのエネルギーと食料生産の可能性が眠る極地へと向かうだろう。

(工兵隊という包括的パイオニアを代表する活動は
ペンタゴンの計画と建設、および原子爆弾のマンハッタン計画などであり、
これまで<見えない権力構造>の技術部門を代表していた。)

メタフィジックスとの遭遇

「人為的な緊急事態に駆り立てられて、
宇宙船地球号に必要不可欠な原子の在庫から、
核分裂または核融合のいずれかの質量変換で搾取することで生じる
宇宙のエントロピー的なエネルギー損失は、
宇宙という複合的デザインの完全性が
地球上の人類を含む多様な生命活動の相互作用の維持を大きく妨げるいること」
(『宇宙エコロジー』からの引用)と、なぜ言えるのか。

UFOと人類との遭遇とは無関係に
直観的にそれを思考できるメタフィジックスは存在する。

人類は10歳までに
メタフィジックスに遭遇するようにデザインされている。

単位重量あたりの機能と見えない引張強度との関係

単位重量あたりの機能と見えない引張強度に成功した
原子核と細胞の構造に明らかにテンセグリティシステムが存在する。
(<細胞テンセグリティ>の概念を参照)

シェルターに宇宙の構造システムを利用しないかぎり
70億を超えて2050年までに97億人に増殖する。

その時までに、現在の様式の住居は供給不可能になるという前提条件から
なぜ航空機や自動車の軽量化エンジニアリングによる
プロトタイプの制作が始まらないのかというジレンマは
いずれ終焉する。

デザインサイエンスの革命的なモバイル用プロトタイプによって。

微小な光

シナジェティクスに関して
バックミンスター・フラーがほとんど考えつくしたので
新しいことは、ほとんど誰も考えられないのだという思い上がりから
シナジェティクスを自己教育する時、
不思議にその意識は、モデリングに反映する。
(アメリカのフラー学の後継者から革命的なシナジェティクス原理が
発見されてこなかったのは、フラーの天才性とは無関係である。)

シナジェティクスは
バックミンスター・フラーが思考領域の拡張からでもなく
考えなかった領域に挑戦することでもない。

シナジェティクスは
つねに未知の領域からやって来る信号(beep)の解読から始まる。

意識というレーダーの視野に
最初は点滅する微小な光として現れる瞬間から始まる。

その波動こそ、モデリングにしばしば反映されるのだ。

ナノ構造システム

球状テンセグリティは、
バックミンスター・フラーによって
1949年のジオデシック理論よりもはやく発見されている。

テンセグリティの動的均衡の現実性を再現しながらも
全体性を記述することの不可能な状態を
無遠慮に批判しない時に、さらに
特異な現象としての言語を抑制することによって
発見された希有の宇宙の構造システムである。

動的均衡は生命現象だけを説明しない。

物理学者の作成する
ナノチューブやフラーレンのナノ構造モデルは
テンセグリティ構造の全体性を何も記述していない。

シナジェティクスの構造現象学は、
ナノ構造の発見よりも先行していたのである。

コードを生成する原理から実践する

バックミンスター・フラーのジオデシックドームに熱狂した
ヒッピーたちを警戒すべきだった。

彼らは、フラーのラボから、ジオデシック・コードを盗み出し
ホールアースカタログやドームブックでジオデシックドームのノウハウを特集し
木製のジオデシックドームを賞賛したが、安価で耐久性のない雨漏りするドームを
フラーのデザインだとして後に非難したヒッピーあがりの編集者や建築家たちを。

フラーが認知しない方法で社会化されたドームハウスは半世紀以上も継続されてきたが
本質的なジオデシック・エンジニアリングを決定的に遅らせてしまった。
面材から構成する木製のジオデシックドームは、いまも高価な不動産に分類されるだろう。
課金されるジオデシックドームは、群れから遠ざかるモバイラーの人類を除外している。

コードを盗む技よりも、コードを生成する原理から
次世代のジオデシック数学を生成する秘法は
デザインサイエンティストが担った。

彼らは、テンセグリティを経済的な生存空間にまで実践するための
クリティカル・パスの生産プロセスにいる。
本質的なテンセグリティ・エンジニアリングの精緻化と共に。

戦車砲を射撃する戦闘

国際的な武力紛争を正義に基づいて
大多数で決定する方法は、
可能性があるが真実とは限らない。

不都合な事実を容認できない
政府と法律家資本主義によって
嘘も同じように作られるから。

正義に基づいたPKOの「モーニングレポート」は、
すべて公開すべきだ。

「モーニングレポート」でさえ税金で作成されていることが
正義を証明しているなら、
「モーニングレポート」のすべての情報は国民のものだ。

コマンドなき減築や増築

改築の坪単価が変化しないならば、
減築しても、スモールハウスにはならない。
減築に素材の破壊と廃棄が伴う限り。

宇宙の元素群は、減築も増築もしない。
結合と分解だけである。
そして、元素というモジュールには劣化や老化がない。
減築も増築、そして破壊と廃棄は、
人間の経済活動の合理化の結果生まれた概念である。

真の結合と分解のエネルギーは
しばしば太陽光エネルギーで賄われる。

建築は19世紀の思考形式の反映によって
産業を維持しているが
他の天体の生存空間には
けっして採用されない形式だ。

減築や増築の概念を陳腐化したシェルターは存在する。
その結合と分解は、コマンドから始まる。

真のコマンドは、
自然に属する重さのないメタフィジックスから生まれる。

生産性

デザインサイエンスの最適な使用方法が
そのシナジェティクス原理からも明確に定義された時、
生産性の経済性とその自律性は確保されることが認識できるまでに
実践することがクリティカル・パスそのものである。

クリティカル・パスによる生産性は信頼できる。

無関心

両親は、愛情の現れとして
こどもに生命保険をかける。

同じ理由から
こどもに教育投資を施す。

感謝されたいだけではなく
こどもが何を感じ、
何を考えるかには無関心でいられるから。

そして、無関心は、無目的である人生を遠ざけるのだ。

変換効率

建築の単位体積あたりの重量・エネルギーコストは、
植物の有機体システムを構成する細胞単位あたりのそれらと比較されたことがない。
エンジンの燃費は、決して植物の光エネルギー変換効率と比較されない。

デザインサイエンスは
包括的な変換効率から生命のための構造をデザインする。

隔てるデザイン

自由な個人を
互いに隔離するための
<壁と床>で隔てるデザインよりも
急流で隔たった谷間を張力的力学の<橋>で引き合わせる
行為がデザインサイエンスである。

対話させない社会の
無数の<壁と床>を破壊する行為よりも
簡単ではないデザインにちがいない。

構造と意味

シナジー作用に遭遇したとき
その超越論的機能において、
経験と意味作用に発生する無数の新たな相互作用を
現実にいかに変換するかにおいて
シナジェティクスは
日常的経験の意味を捉え直そうとする
あるいは
日常的経験の構造を破壊しようとする
自己のテクノロジーでもある。

地球寒冷化の予測

構造がその原理をむき出しにするのは
もはや経済や戦争の危機的情況下にではなく
生命が死と直面する劇的な自然変動の側においてである。

地球寒冷化に耐えられるどんなインフラも
都市には存在しない。
(南極基地では雪を石油エネルギーで溶かして
飲料水にしなければ生存できない)

不連続性

主観性=自己投影される自己の意識において
個人が自己と他者性とで保つ諸関係は
実は構造ではないのかという問いかけから
テンセグリティを理解しないのだろうか。

自己の動的均衡のために
なぜ圧縮材が不連続であり続けるかを
問いかける必要があっただろうか。

モデル言語は、形態(form)には存在しない。

純粋なレイマン(complete layman)

あらゆる視点から
実現可能な方法を
時間とエネルギーと素材コストから
包括的に思考し、最良の形態とシステムを判断できる人は
専門家ではない。
レイマンしか可能ではないのだ。

つまり、プライムデザイナーは
もっとも純粋なレイマン(complete layman)である。
レイマンとは素人のことである。

21世紀の自動車も飛行機も
シェルターも
この希有なレイマンしかデザインできないのである。

宇宙開発

宇宙パイロットを英雄化する習慣のある
双方のイデオロギー指導者たちを警戒すべきだったと
人々が回顧する前に
太陽系で生存するための包括的テクノロジーはすでに完成している。

宇宙に外部と内部は存在しない。
大気圏内の宇宙開発を成功させのは
宇宙エコロジーを支える微生物群である。

<宇宙とは自己を含むすべて>RBF

非戦闘員

国家の防衛ために戦争を仕掛けるのではない。
非戦闘員が生き残ることを名目にしてなされるのだ。

自らが生き残るための人道性を名目として
核の傘の中で互いに被曝しあうように
すでに訓練されているのだ。

張力機能

構造力学がテンセグリティについて
張力が果たす真の機能を語りうることはないだろう。

なぜなら、テンセグリティの真理を保留しているのは
建築という重要な部分を支配する方法だからである。

デザインサイエンスのプロトタイプ

それは構造を分析することでも、その分析の基礎を構築することでもない。
デザインサイエンスの目的は、構造とパターンにおいて
人間が空間に服従化されている
様々な空間様式についての歴史から
数学的に科学的に、そして心理的に離脱することであった。

モバイル・テンセグリティシェルターを自らデザインし、
プロトタイプを製作し、
そして複製化可能な製品化へのプロセスは
そのもっとも効果的な手段を形成する。

個人化のための空間形成によって
主体化を矯正するこれまでの空間産業化が存続できないように。

デザインサイエンスのプロトタイプとは
国家とそれに結び付けられた
都市集合型の個人化の企てから解放する概念の母型を物質化する
包括的な行為である。

そして最軽量化された構造こそ
原理とその発見によって
もっとも非物質化された構造とパターンを内在しているのである。

5年を経過したデザインサイエンスプロジェクトは
いよいよ原寸大のモジュール製作に移行する。

プリミティブな動機

教育が自己のために生きる目的と
矛盾しないかぎり
絶えず自らが自己とともに生きる行為を
利己的と見なすであろう。

自己に対して生きる目的と行為が失われるほど
プリミティブな動機は、つねに背後に曖昧に残されてしまう。
忘れ去られるように。

レトリック

内部被曝は
権力に対する科学者・技術者の追従だけではなく
いかに聴衆を納得させるかを目的とする
かなり政治的なレトリックなければ
長期的には成功し得ない。

モラルが予め破壊されているという前提条件は
教育によって隠蔽できる。

トリチウム梅雨入り

日本列島には、今年から第2の梅雨入りが始まって

まだいつ明けるか、誰にも分からない。

ーーーーーーーーーあまりに鬱陶しい日々に、ついに

ブログの工事を始めることにした。

10年分のテキストの引っ越しを管理者に依頼して本日完了。

 

標準化(Normalization)

<標準>とは、
免疫性を持たない社会的な自然状態(=normal)であり
つねに変動する平均である。
自然は失敗を分離,除去するように標準を形成するのではなく
人間が失敗を定義するための<標準>という概念を
利用しているにすぎない。
<自然の標準>は
例えばデフォルトとして自動的に定まった
プランク定数(Planck’s constant)として知られているが
シナジーはおそらく標準を持たない。
静止的な<標準>をつねに解体しながら
動的なシナジーを生成するシステムにふさわしい概念を
シナジー以上にまだ形成できていないからだ。
たとえば、
テンセグリティ構造は、自動的に定まった<標準>とは言えない。
シナジーによる統合作用は
標準化からは予測できないシステムのふるまいにちがいない。

知識人

何を学ぶかは終わった。
興味のあることを
どうやって経験するかである。
その方法を学ぶノウハウから学ぶと
知識を愛せなくなるから。
知識は自己との対話の集積である。

整備士

フォードのステーションワゴン
95年式の19年目の車検で
信頼できる整備士に会いに500キロの旅。
高速での燃費は10キロ。
排気量4000ccのエクスプローラの燃費は
日本車の4WDより優れている事実を知っている
整備士はほんとうにメカ好きだ。
そしてメカニズムの説明が明快だ。
彼はセスナ機のパイロットでもある。
陸海空の移動体の整備技術者は
テンセグリティの外力分散システムを
サスペンションの機能分化として理解する。
彼の対話のメカニズムは専門分化しない。

ドメイン(domain)

太陽は裸眼では見えない。
おそらくどんな野生の目でさえ。
あらゆるものが無条件で存在し
どんな秘密も存在していない
新たな領域(=ドメイン)を探し出すのは
裸眼ではなく
知識ではなく
瞑想である。

対称性

税金で開発された原子力発電システムが
安全で信頼できる「テクノロジー」だと完全に信じたから
国民は電気エネルギー代を毎月「金銭」で支払ってきた。
つまり国民は、
開発費とその運営費の両方の負担者として機能してきた。
ならば、この核爆発が引き起こした被曝問題は
まず「金銭」で解決されるべきだ。
そして、放射性物質はボランティアではなく
「テクノロジー」で処理すべきだ。
以上の通り、原子力電力ネットワークのすべてのユーザには
払い戻しを請求する権利がある。

非<計画停電>

真の電力テクノロジーには
計画停電など不要だ。
電力ネットワークという
有線テクノロジーは時代遅れだ。
人類は20世紀までに
生存のための
無線、無柱、無管、無軌道を
達成している。
これらは
1969年のアポロ計画で使用済みである。

無為自然ーーダイマクション・デザイン(続1)

<無から有を作る>人々は
ロンドンかウォール街に住んでいる。
生命はデジタル貨幣のように
どこからも湧いてこなかった。
<無から有を作る>哲学的飛躍は
科学的思考ではなかったからだ。
ーーーーーーーーdoing more with less
の物質的極限が
ーーーーーーーーdoing everything with nothing
ならば、
人為的な行為を排し
宇宙の原理に従って
自然のままである
<無為自然>こそが
テクノロジーの極限である。
「宇宙はテクノロジーである」
この言葉と共に、
R.B.フラーの「ダイマクション」は
今もひろく誤解されている。

トリムタブ

この瞬間に、
風の吹かない場所はないが、
目的がなければ、
どんな風も方位をもたない。
風と舵は
語源が同じだ。

対話

議論は圧縮的であり、会話は張力的である。
対話は統合的である。
非鏡像的であるが
相補的な統合機能が視覚化できたのは
わずか半世紀前である。

夢は逃げない。
逃げるのは足の生えた人間のほうだ。
夢は消えるのみである。
誰にも気づかれずに。

学習法

もっともお金のかかる学習法は
経験に基づいた自発的方法だ。
しかし、安く見える他の方法は
学んだことを一切忘れてしまうには効果的だ。

隠された作用点

沖縄が第2次世界戦争の兵站線にとって重要な海軍基地であったように、
日本は拡大する第3次世界戦争の重要な軍事的支点(レバレッジ)を
担ってきた。
この支点はアメリカが完全に維持管理しているが、
その膨大な経費は日本人がアメリカ国債で支払っている。
軍事的支点で軍事費のための資金洗浄力(マネーロンダリング)は
最大となっている。
なぜなら、アメリカ国債の現金化(そして、偽ドル製造の摘発)は、
政治的レバレッジで不可能になっているからだ。
軍事的支点が第2次世界戦争の終結ならば、
郵貯銀行の無限融資化が第3次世界戦争の開始に不可欠な作用点である。
現在の長引く経済的不況は、この作用点を隠すには最適だ。
偶然に見せかけた現実は、映画以上のシナリオで遂行されている。

所得税

事業の利益ではなく、
個人の労働報酬に課税する資本主義が
経済的であったことはない。
宇宙のために存在することに脅えている
すべてのシステムは、非再生的である。

教育

方法や装置に対する豊富な知識を理解させるだけで、
目的意識について無関心にさせる総合教育がなければ、
専門分化は成功しない。
そのことを残念がる専門家はいないのだから。