月別アーカイブ: 2006年4月

郷とテレコミュニケーション

テレコミュニケーション(telecommuniction)とは
遠距離通信技術という意味である。
teleとは[遠くから]というギリシャ語である。
インターネットはリモート技術である。
社会組織の最小単位でインストールされたインターネット回 LAN版システムは
以下の問題を解決するための最優先されるべき、
直接性民主主義化のための装置である。

農業の衰退によって引き起こされる21世紀村落共同体の3つの欠乏
1 奉仕の精神不在
補助金制度による市場原理の解体
2 長老の不在
優秀な人材の都市部への移住と高齢化によるリーダーの不在 
3 対話の不在
長老なき疑似「男社会」による女性と若者の排除

参照
インターネット回 LAN版システム  http://hibagun.net/netchaya/netchayaimage.html   Y.K

 

農村部の自治振興区

「郷に入っては郷に従う 」とは、新しい土地に入れば、
その土地の風俗・習慣に従うのが処世の法のことである。
その法の起源は律令制であり、地方行政における社会組織の最小単位であった。
「土地と人民は王の支配に服属する」という理念を具現化しようとする体制であった。
非常に精緻な官僚機構であった。

21世紀の農村と都市の対立は増大している。
なぜならこの郷が、
地方自治の要である自治振興区の単位として生き残っているからである。
郷の構成員にも異なった郷の間にも互いに情報を共有する習慣がない。
まして情報の公開は望めない人口1万人以下の中山間地域は無数にある。
それらは財政難を理由に合併され続けている。
そして、21世紀の小さな政府と地方自治にあって、
自治振興区は区長制度と共に
社会組織の最小単位として曖昧に位置づけられている。
日本版グローバリズムは加速するしかない状況下で、
同時にこの曖昧さのに郷システムが密かに温存されている.  Y.K

団塊の世代

素晴らしい人生は、青年時代に考えたことが壮年になってから
実現されることであるという理由から
彼らは田舎で暖炉のあるログハウスを建てるのだ。
これでは普通すぎないだろうか。
そのログハウスが輸入品であろうとなかろうと。  Y.K

経済指標

日本の2000人暮らす村を過疎と呼んでいたら
極地に住むエスキモーの経済は、持続できなかった。
過疎の定義は、都市型の経済指標が決めているだけである。
エスキモー村には2家族しか住んでいない場合がある。  Y.K

過疎VS国家

アラスカのかつてのエスキモーインディアンの村は本質的に過疎である。
容易に進入できないほど過疎だからこそ生存できたのである。
軍事・資源問題から国家が介入しなければ、
彼らは浮いた氷の上に持続的に停泊できた。  Y.K

デザイナー

長年にわたってアメリカの伝統的な価値感だと見なされてきた
古き良き個人主義は、
「自分の分け前は手に入れたから、お前は地獄に堕ちてもかまわない」
と言い換えることができる。
21世紀のアメリカの社会はこの価値観を容認する。
日本ではこの価値観に奉仕する人々は勝ち組と称される。
 
デザイナーはもっぱらこれらの人々に奉仕する関係に置かれている。
デザイナーが歴史的に直感を重要視し流行に敏感な傾向は
「体系的な思考」から逃れる立場を社会的に確保するためである。
被害を受けるのは大多数の納税者とこの地球である。
彼らから深刻に抗議された場合は、
デザイナーと雇い主を財政的損失から保護する法的仕組みになっている。

イラク戦争(つまり資源戦争)とは古き良き個人主義の集大成である。
エコロジー運動に関わる人々がテクノロジーをしばしば非難するのは、
資源を独占するために平和な場所で展開される心理戦争の古き良き効果である。  Y.K

テクノロジーの過疎地域

情報もまた人口比では消費されていない。
人口はテクノロジーの過疎地域で暴発している。
日本の過疎は豊かさの不均衡な歪みでしかない。
2007年問題の有力な解決法である農村と都市の交流など、
総額3兆円の退職金の流れのデザインでしかない。  Y.K

闇の格差

人工衛星から見る限り、日本の夜に漆黒の闇はない。
人口密度は高く、夜も明るい地域にアメリカやヨーロッパ、そして日本がある。
人口密度が高いが、
夜はとても暗い地域にインドやアフリカ、南アメリカなどが含まれる。
食料だけではなく、電気エネルギーも人口比では消費されていない。  Y.K

http://antwrp.gsfc.nasa.gov/apod/ap020810.html