贈与経済学者は死んでしまった。
その構造を研究する哲学者もいない。
絶えず稀少性を独占する経済システムは、
有限な資源とエネルギーという不活性的で非再生的な自らのシステムによって
人類の生命を危険に晒す。
そして、稀少性は戦争機械のエネルギーである。
真の稀少性とその神秘は、
宇宙の元素の存在度とその分布パターンにしたがって再生される
物質と生命の相互作用に備わっている。
贈与経済学者は死んでしまった。
その構造を研究する哲学者もいない。
絶えず稀少性を独占する経済システムは、
有限な資源とエネルギーという不活性的で非再生的な自らのシステムによって
人類の生命を危険に晒す。
そして、稀少性は戦争機械のエネルギーである。
真の稀少性とその神秘は、
宇宙の元素の存在度とその分布パターンにしたがって再生される
物質と生命の相互作用に備わっている。
シナジェティクス的思考の黎明さは
20世紀を代表するヨーロッパの哲学者や
アメリカ国内の数学者たちの言及を遠ざけるほど
独創的であった。
見失った思考体験をそこに再現するためではなく、
モデル言語の様々な可能性に近づけるための原型的思考方法を
バックミンスター・フラーが開示したのは
1940年代である。
テンセグリティ・ジオデシックスから
派生する種々のユーティリティとエンジニアリングと、
そしてシナジェティクスとの空隙を埋めるのは
幾何学にはない原型的思考である。
ジオデシックス理論よりも前に
テンセグリティ原理を発見した
非論理性と論理性から未知の領域を侵犯するフラーの思考の黎明さは、
現在の教育システムや幾何学的党派性からは
けっして複製し再生されないように企てられたのではない。
それは素晴らしい言語の機能ではないだろうか。
宇宙の結合と解離の不変的システムを理解し、再生するために
発見された言語の特性なのだ。
シナジェティクスにおける起源論的思考は、
幾何学にはない。
批判であると同時に存在論的であるような、
形態と数字の相互作用から
思考形式に及ぶ本質的な探査は、
ギリシア幾何学を起原としない。
驚くことに、この起源論的思考は
アインシュタインに始まる操作主義的な哲学的系譜として
『コスモグラフィー』(バックミンスター・フラー著、梶川泰司訳 白揚社)まで考察されなかった。
シナジェティクスは、
新しい幾何学の<啓蒙>の手段でもなく、
宇宙のシナジー現象を無料で模倣しながらも
教師たちの知の独占意欲をかき立てる
プロパガンダ用アイテムの宝庫でもない。
多面体愛好者たちのプロパガンダ用教材が
シナジェティクスのモデル言語を翻訳したことがない。
それらの<多面体>という概念自体が、
ギリシア時代の大理石の加工技術から形成された<固体>概念による
認識方法とその限界を表している。
固体的多面体の世界観は、バックミンスター・フラーレーンの
構造的安定性を証明できなかった。
シナジェティクスは、すべての教育的な<啓蒙>を批判し、
<概念の牢獄>から脱出するための爆破または離脱システムなのだ。
このシステムは、人間がデザインする人工物ではない。
シナジェティクスには秘法がある。
バックミンスター・フラーが、アインシュタインから学び、
最初に見破ったフラーに
アインシュタインがはじめて打ち明けたその秘法が。
アルチュール・ランボーの詩を
学校で学ぶことを拒否できるように
シナジェティクスを学校で学ぶことを拒否できる。
まちがった刷り込みを拒む自由は
重要な自己のテクノロジーである。
なぜなら、シナジェティクスをマスターした人は
けっして現在の学校の教師にはならないからだ。
デザインサイエンスから学んだことは
経験の目録全体が同じでも、
経験を系統立てて述べる方法は絶えず少しずつ変化し、
思考過程に他者が参加すれば、常に自発的な思考が継続できることにある。
デザインサイエンスとプロダクトデザインとの違いは
すべての方法は目的意識(=know why)が先行することにある。
デザインサイエンスに、プロダクトデザインコースは存在しない。
自分が関与したい領域のすべての知識と手法(=know how)を学んでから
目的を達成するデザインを形成することが
もっとも効果的だと思考する疑似<システム>は
シナジェティクスにも存在しない。
幾何学を学んで、
動力学的なシナジェティクスモデルの運動の分析は
困難である。
シナジェティクスは幾何学を基盤とするのではなく、
生命科学や核物理学を基盤とする包括的科学である。
例えば、テンセグリティは、原子核構造から生まれ
原子核構造モデルそのものである。
さらに、テンセグリティ理論がなければ、
細胞の働きも細胞の構造も理解できなかった。
シナジェティクスにおいては、可視的な形態と不可視の概念との関係が
それまでの構造を革命的に変えてしまった。
この構造的変化(シンタックス)のため、言葉と観察方法に対して、
今まで到達不可能であったモデル言語が誘導され、転位し、さらに翻訳され
遂に数字と形態の間に新しい相互関係が発見され
階層的な序列構造が露わになった。
それは幾何学とはほど遠い領域(=『コスモグラフィー』)である。
シナジェティクスに対してある距離を置いて
デザインサイエンス・プロダクトでフラーの概念を複製するような関係を求めている人々、
つまり、バックミンスター・フラーに距離を置いて複製するだけの人々に、
発見されるシナジェティクス言語のモデル化の収穫の経験がないまま
シナジェティクスを直接的に探究する代わりに、それについて語るばかりか、
デザインサイエンスについて批評する人々に、
コスモグラフィー(=宇宙形態論)は期待できない。
コスモグラフィーなきシェルターに、物理的な有用性も概念の永続性もない。