シナジェティクスから英知を学んでいくための好奇心は
自らの知識にしようと努める知識欲から生まれるのではなく、
自己からの離脱を可能にしてくれる好奇心から
始められるかにある。
しかし、シナジェティクスの探究に不可欠な
その好奇心を抱かせるための
シナジェティクス教育は不可能であるという
ジレンマがある。
生得的な段階にメタフィジックスが関わっているからである。
シナジェティクスから英知を学んでいくための好奇心は
自らの知識にしようと努める知識欲から生まれるのではなく、
自己からの離脱を可能にしてくれる好奇心から
始められるかにある。
しかし、シナジェティクスの探究に不可欠な
その好奇心を抱かせるための
シナジェティクス教育は不可能であるという
ジレンマがある。
生得的な段階にメタフィジックスが関わっているからである。
機能のない外観だけに終わる可能性のある
すべてのデザインから
自然のデザインがすべて機能を持っている理由は分からない。
まして、自然の観察からもその理由は分からない
という場所と段階からデザインを破壊していくことから
デザインサイエンスは始まる。
場所と段階こそ
メタフィジックスが形成する。
それに至る<シナリオ宇宙>に比べれば
個性や独創性は作り話にすぎない。
映画<ガガーリン>をみた。
初の有人宇宙船ヴォストークのコックピットは
軽量化のために非常に小さく
身長158cmのパイロットが選ばれたはずだか
映画ではこの重要な要素は無視されている。
しかし、もっとも危険な帰還時には
高度7000mでコックピッから座席ごと射出して
パラシュートで陸地に着陸する方法が採用されたことを
この映画ではじめて知った。
そして、大気圏突入時するカプセルの殻構造には
すでにジオデシック数学が応用されていたことが分かる。
5角形と6角形のみからなるこの構造とパターンは
現在でも異常気象にも耐える
極地用<レドーム>に採用されている。
ヴォストーク1号あの軽量な耐熱の合金素材は一体何だったんだろうか。
デザインサイエンスに対して距離を取りつつ
ついにシナジェティクスを学問化する考えに批判的だ。
シナジェティクスなきデザインサイエンスも
デザインサイエンスなきシナジェティクスも存在しないからだ。
デザインサイエンスを直接に実践すると同時に
シナジェティクスを探究するべきだからではなく
デザインサイエンスを遂行する人々がつねに
シナジェティクスの諸原理を発見してきたからである。
新たなシナジェティクスモデル群の存在を公開する前に
デザインサイエンスのプロトタイプを完成させるプロセスにこそ
最大のプリセッションが介在するだろう
デザインサイエンスの実践理論とその経験を通じて
シナジェティクスのモデル言語は漸進的変化を遂げる。
シナジェティクスは純粋な数学に止まれない。
宇宙を象徴する完全な半球が想定されたドームは
静止力学的な解法から 垂直荷重に耐える尖頭型ドームが最終的に変更され
1588年から1590年にかけて突貫工事が進められてついに頂塔は1593年に完成した。
この十六世紀の最初で最大のミケランジェロによる
サン・ピエトロ大聖堂のドーム構造をとりあげる場合でさえ、
圧縮力だけに依存しない張力と圧縮力の相互作用による構造が
最近の発見であるという驚きを抱かざるを得ない。
(その後の世界のあらゆるモスク建築は宗派を超えてこの様式を複製してきたが
そのすべては、完全な球状構造を再現したかったのである。)
宇宙パイロットの大気圏外宇宙への脱出経験からも
われわれは重力にまだ抵抗する習慣を
捨て去ろうともしていない。
重力とは
断面積のゼロの不可視の張力であり
もっとも安価な張力材である。
テンセグリティ構造においては
張力はつねに反・重力であり、重力はつねに反・張力である。
非鏡像的対称性にまだわれわれはとても不慣れである。
テンセグリティ構造とは、
ついに発見された特殊な圧縮力と張力の相補的な相互関係ではなく、
大地を必要とするすべての構造物における、
本来的に足場を否定した
あるいは足場のすべての痕跡を消去した
相補性にほかならないのだ。
したがって、テンセグリティのアセンブルには
圧縮力と張力の相補的な相互関係が利用できない。
自然は足場を残さない。
あるいは、自然のすべての足場は
最小単位という優れたモジュールからデザインされている。
モジュールとは高性能なモバイル性に置換可能だ。
例えば、DNAとその複製も足場のない構造のひとつである。
圧縮力のみによって
可能な解決を退けるような
すべてのデザイン
あるいは批判に対して
デザインサイエンスのプロトタイプ製作以外に
関与しなかったこの5年間のクロノファイルは
過去最大となっている。
旅行以上に、少なくとも3年に一度の引っ越しは
認識の領域を拡張する手段になり得る。
自己との関わり方は
重要なテクノロジーのひとつである。
究極のモバイルテクノロジーとは
認識方法と認識領域との絶えざる拡張とその相互作用にある。
定住とは、時代遅れの道徳的矯正のための税収奪方法にすぎない。
そして、定住しながら株価に耽る時代は終わっている。
デザインサイエンスを装ったコンセプトに
気取ったシナジェティクスモデル、あるいは
懲りすぎたテンセグリティモデル以外に
その根拠が見出されない場合
先行技術をなにも超えていない事実を
いかに隠すかというある種の技術に始終する。
たとえば、コスト計算から合理性を得るような方法とか。
真の技法は、
しばしばモデルの中に潜んでいる。
それらが劇的なコスト計算をもたらすのである。
分析における批判が
新しく発見された原理によってこれまでになく
秩序づけられたシナリオに沿っていくつかの理論を同定し、
さらにそれによって
これまでの不明確な常識めいた理論の排除
および、リセットされた言説を包むシステムを対象とするならば
明確なモデリングに基づいたシステム理論形成を行うための
学会という同業者組合の介入しない
天真爛漫な無遠慮さの実践でしかない。
それは、解離と統合の絶えざる作用に身を任せる態度なのだ。
つまり、存在の全体性を記述することが不可能であるかぎり。