デザインには
発見と発明の同時的な統合作用が含まれる。
あるいは
その統合作用を引き起こすための
メタフィジックな意識が予め必要になる。
デザインには
発見と発明の同時的な統合作用が含まれる。
あるいは
その統合作用を引き起こすための
メタフィジックな意識が予め必要になる。
有用性に相応しい思考にふけることによって
気がつくと自分を超えた思考領域に入ることがあるのは
有用性<Utility>なくして
どんな発見も発明も存在しないからだろう。
有用性は、まだ解決されていない<問題>の中に潜んでいる。
宇宙での存在比から
水素、ヘリウム、酸素に次いで豊富な炭素は
元素の中でも最多の4組の共有結合機能を形成し
それゆえに、ダイヤモンドからグラファイトへ変化したり
フラーレンやカーボンナノチューブに変換できる。
シナジェティクスがもたらす強力な機能は、
シナジー作用と同様に
どんな経験や知識からも推測できない全体の働きによって
最初の自分とは違った存在に相転移するという物理性にある。
その物理性は、個性やオリジナリティといった概念では
把握できない。
エスプレッソマシーンは器具、
ノコギリは道具、
旋盤は機械である。
戦車は武器で
モバイルシェルターは生活器である。
生活器はもっとも不足している
宇宙で効果的に生存するための大気圏内用の宇宙船である。
☆
バックミンスター・フラーは武器(weaponry)に対抗して
生活器(livingry)を造語して対抗した。
生活器(livingry)という日本語訳は
『クリティカル・パス』バックミンスター・フラー著を翻訳するときに
私が造語した言葉の一つである。
貧乏が最終的なバイオスフィアの現実としては存在しないように
金持ちも存在しない。
過剰と欠乏の概念をコントロールする記号テクノロジーが存在するだけである。
より働かない自由は奪われ続けている。
無管、無柱、無線、無軌道のモバイル・シェルターの生産によって
ユーザは二つの現実の悪しき相互作用から脱して
<宇宙エコロジー>を発見するにちがいない。
人類が共通に持っている地球の表面と上空と地下の
それぞれ10キロメートルの圏内に生息する既知と未知の生命と共存する権利を
異なったコロニー間と共に行使し、交流し、生存するためのシェルターのデザインとその製造を
可能にしてくれる最初のシェルター工場から建造し、配送するための包括的テクノロジーを完成させるためには
デザインサイエンスチームには、知識と経験だけではは不十分である。
知識と経験から、<構造>はついにデザインできないからだ。
真の<構造>は、そのような人々に偶然を装って与えられる。
自然にイノベーションやリノベーションは存在しない。
自然はすでに統合されたテクノロジーである。
群れから離れた個人がまったく新しいものを、発見、発明してきたのは
自然からの情報を受け取れやすくするためである。
自然からの情報を受け取れやすくするための自己教育方法から
シナジェティクスは生まれた。
自然からの情報を受け取れやすくするための
効果的なメタフィジックスの教育方法は
大学には未だ受け入れられない。
教師の存在意義が奪われるという妄想が支配しているかぎり
自己のテクノロジーは進化しない。
自動車やパソコンが、個人が好みに応じて自由に選べるように、
教育は、個人が好みに応じて自らを変えることを可能にすることを
知識によって理解することができる。
デザインサイエンスは、個人の思考や行動、そして知識を変えるよりも
環境を変えることを可能にする。
これは宇宙の諸原理が恒久的であるという条件でのみ可能なことだ。
したがって、デザインサイエンス教育は、自分を変えたい知識から始まらない。
シナジェティクスの原理を変換する技法によって
単独者は、あるいは志を同じくする単独者たちは
自己の身体・思考・行為・存在形式に対して
宇宙的操作を現実化できる。
外部から観た地球内部にシェルターと共に
つまり、無線、無管、無柱、無軌道の物理性によって
自己を変容することができる
なぜ天体が落下しないのだろうという問題がニュートン力学の原論を形成したように、
なぜ震度7で構造が崩壊するのだろうかという疑問から
震度7で崩壊する構造は構造ではなかったという
デザインサイエンスのモデル言語に基づいたデフォルトがはじめて形成される。
それは実験からではなく洞察力からである。
つまり震度8で崩壊しない構造ですら
もはや構造ではないのである。