世界のGDPが50兆ドル程度に対して
金融商品の総額は10000兆ドルと言われている。
証券をモノやカネに変換できなくなった瞬間に、
富を表す数字は印刷されたインクのシミに変容する。
欲しいモノは何でも買えるように信用させた資本主義は、
ついに人類全体が何世紀間も働く必要のない天文学的な富と、
それを否定する多数の現実の失業者を抱えてしまった。
欲しいモノは何でも買えるのではなく、
欲しいモノは何でも過剰に生産できる
テクノロジーの段階に達していることは、
つねに見逃されてきた。
証券を発行する連中には、
モノではないテクノロジーを扱うことができない。
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再生
すべての利己的な考えは、ファラオにとって
そして後世の多くの人々にとってもそうであったように
再び生まれ変わりたいという願望を植えつける。
こうした利己的な願望が、
金融危機からの再生のシナリオを
でっち上げている。
土地資本主義が地主のために
そして金融資本主義が株主のために
生まれ変わることがあっても、
労働者のために生まれ変わることはありえない。
労働者が金持ちの手法の真似をしても、
仮想的な倫理観(例えば円天のような仮想的楽園)で
解決できることは何もない。
宇宙では、すべての化学元素は
再生的に機能している。
これは法律でもモラルでもなく
現実に存在するテクノロジーである。
デフォルト・ユーザ
金融機関は、自らを優位にするために作成した
デフォルト(債務不履行)に脅えている。
しかし、エネルギー宇宙のデフォルトは不変だ。
出荷時のデフォルトにしたがって、
ユーザが何もしなくても暮らせる
エコロジーシステムの初期設定値は誰にも変えられない。
パッケージ
食料は、購入しやすいようにパッケージされる。
しかし、排泄物や廃棄される食料は、
再生しやすいようにパッケージされたことはない。
自然にとって、
それらの液体や固体を元に戻すことは、容易なことだ。
自然はそれらを人間のこしらえた単位に
分離しにくいようにデザインしているだけである。
(プランク定数がエネルギーのパッケージである。)
なぜなら、自然に廃棄は存在しない。
何かを消費するシステムがないからだ。
人工トルネード
金融工学の独占支配は、特許の独占よりも優位にあった。
だから、リストラで株価は上昇しても、
生産性が向上するとは限らないのである。
逆もまた真である。
生産性が向上しても、株価が上昇するとは限らない。
情報を内部で(=インサイダーで)共有し市場を出し抜かない限り、
そして同時に、
確率が支配するはずの自由主義経済(=アウトサイダー)がなければ、
金融工学(アブノックス)の勝利は実現できない。
不況はつねに外部で形成され、
富は内部に集積される。
奪うばかりで衰退していく最後の人工的なトルネードだ。
補填労働
労働者は労働をシェアリングして賃金の減少分を受け容れるが、
資本は決して資本をシェアリングしない。
大企業にとって不況は存在しない。
より大きくなるために、名前が変わるだけだ。
てこの原理(leverage)
減収とは、コンピュータのなかの取引額が、
梃子(てこ)の支点を失って消滅したために生じている。
現在の不況とは、工業生産高よりもその消滅額が上回っただけである。
この梃子の原理(leverage)は、資本主義の強欲さが支点となっている。
この新しい不況は、テクノロジーの加速とは無関係である。
操業(operation)
停止したり、休止したりできるのは
宇宙では、地球の工場だけだ。
すべてが必要以上に生産されてきたからだ。
植物は、太陽系に太陽は一つで十分だという前提で生きている。
経済成長率よりも資源・エネルギー循環率で、
経済の指標をつくるデフォルトの問題なのだ。
静止宇宙観は前世紀の産物だ。
再生的なパターン
人類はエネルギーを貨幣のように生成できない。
人類による持続可能な再生とは、
局所的なエネルギー・パターンを保存することである。
都市だけではなく農村でも、
このエネルギー・パターンが破壊されて淀んでいるのは、
住宅や工場、レストラン、農地や自動車などが
私的で非再生的なエネルギー・パターンを生成しているからだ。
(もちろん、冷蔵庫や空調、テレビを買い換えても再生的なエネルギー・パターンを
保存できない。)
個人が、再生的なエネルギー・パターンを生成する
発電装置(非石油系)のユーザになるほど効果的なことはない。
根なし草(rootless)
日常化する派遣切りによって
<根なし草>という言葉は、
正社員をも脅かすようになってきた。
<根なし草(rootless)>という言葉は、
税収奪のための発明された世界共通の言葉だ。
だから、物事から逃走するという本能を喚起させない。
人間は根を生やすために生まれたのではない。
嫌なことから逃げ出すために足が生えているのである。
日雇い派遣は、家を持たない<根なし草>ではない。
移動を嫌悪する<足なし奴隷(footless)>が急増し、
都市から人間の居場所(庭)が急速に小さくなってきたのである。