夕暮れの畑のそばで焚火がしたくなるのは
陰干しで長く乾燥させたカボチャを
そろそろ丸焼きできる季節がやってきたからだ。
夏が暑く雨が少ないと
どんなカボチャも栗カボチャのように
甘くておいしくなる。
しかし、
この極上のカボチャをどんなに貯蔵しても年末までで
本当に寒い冬は越せない。
低温で彼らは腐敗していくのだ。
春が来る前に種子を大地に拡散するために。
「裏庭(背戸)」カテゴリーアーカイブ
昼寝
こんな暑い日の午後は
いつもの渓流の淵沿いで
長袖を着て焚火しながら
お湯をゆっくり沸かして
蚊帳付きのハンモックで
お茶を冷ましながら飲むのがいい。
ここには確実に10度も低い秋風が集まっている。
昼寝から覚めたら
ーーーーーーきっと雷雨が来る夕暮れ時だろう。
釣糸について
大きな魚を釣った釣糸は
その引張力を記憶している。
釣人にではなく
釣糸には
より大きな魚に備える時間と経験を
与えなければならない。
これは最初から大きな魚が釣れない理由でもある。
雑草冷却方法
午後の外気温が34度になる時
庭先の雑草の葉の表面温度は31度であるが
雑草を刈って枯れた葉の表面温度は43度に上昇する。
この温度はむき出しの地表の表面温度に等しい。
ちなみに、雑草に打ち水をすると
雑草の葉の表面温度は25度にまで低下するが
枯れた葉は生きた葉の表面温度には戻らない。
家の周りの雑草を適度に維持することは
もっとも経済的な科学的な省エネ方法である。
極地
夕日が水平線に隠れるまでの
もっとも長い夕暮れと
水平線から太陽が輝きはじめる
もっとも長い朝がやってくる同じ場所は存在する。
なぜかだれも暮らせなかった
その場所こそ極地だ。
長くなる夜
満月の夜
裏庭の樹に吊した
ハンモックで眠るほど
美しい長い夜はない。
森に続いた渓谷から
朝靄がにじり寄るまで
乾いた青い夜空に
浮かんでいよう。
格助詞の違い
世に出るためのノウハウはつねに陳腐化されてきた。
資本主義が計画的に。
世を出るためのノウハウはつねに隠蔽されてきた。
すべてのイデオロギーと宗教によって。
なぜなら人類はバイオスフィアの外側に生まれて
すでに成功してきたから。
(半径6300kmに対して僅か1km以内の大気圏内で)
世に出るか
世を出るか
それは脳内で生成されるどんな条件反射よりも
格助詞の違いでしかない。
金冠日蝕
日蝕が始まると
森の鳥たちはざわめいていた。
葉の表面温度が6度下がった。
コンクリートは12度
鉄板は20度下がった。
しかし、もっとも急激に下がったのは
植物ではなく森全体の体温だった。
コンクリートや鉄にはない
タイムラグが存在するのは
樹にも森にも
太陽の放射エネルギーの変化に合わせて
温度を変えられるシステムが備わっているからだ。
地球の急激な寒冷化は4分間で十分だった。
バイオレットの森から
4つの窓を開けて森の中をドライブする。
新緑になる直前の広葉樹の樹木の群れによって
周囲の森はバイオレットに輝いている。
素晴らしい風景に魅入ってしまう前に
デジカメではなくレーザーポイント機能付の放射温度計を取り出して
森の様々な表面を記録しはじめた。
驚くことに太陽エネルギーを受光する新緑のどんな葉の表面温度も一定だった。
新緑は移動した春風の軌跡かもしれない。
最後に爆発するバイオレットの頂上が
未だ雪に覆われているを見れば
その雪が溶ける頃
麓が初夏になっているのをやっと想像できる。
森は
同時に存在する異なる季節を
同時に経験できないように
一つに繋ぎ止めている。
数えられない緑の葉が
一つの風を生成するように。
ブナの森
注水量から1日100~200トンの水を
蒸発させる4号炉の熱源に
驚いてはいけない。
ブナの原生森は
その何千倍もの水を
無数の葉から蒸発させて
森を覆う以上の雲を生成している。
太陽光だけの常温常圧で
そして
秋にはそのすべての葉を
大地に捧げるのだ。
貯水して
森の外で生きるすべての生命を
もう一つの森(=海)に移動させるために。
