政治家のシナリオよりも速く、そして
機敏に個人が集結する現実が
立憲民主主義を動かしている。
立憲民主主義は、政策ではなく、概念だ。
憲法に違反する統治は革命によって是正されるという概念は、
紀元前25世紀の古代ギリシア時代から存在する。
国家の統治は、より上位の法に従わなければならないと考えた古代ギリシア人は、
先験的な21世紀の無党派層に属する。
政治家のシナリオよりも速く、そして
機敏に個人が集結する現実が
立憲民主主義を動かしている。
立憲民主主義は、政策ではなく、概念だ。
憲法に違反する統治は革命によって是正されるという概念は、
紀元前25世紀の古代ギリシア時代から存在する。
国家の統治は、より上位の法に従わなければならないと考えた古代ギリシア人は、
先験的な21世紀の無党派層に属する。
独創性は、人間からであろうとコンピュータからであろうと、
予期しない障害や干渉によって
独自な問いから生まれる。
しばしば、問いかけ自体に独創性が宿る。
独創性は、複合した全体からやって来るがゆえに
つねに<間違うという神秘(RBF)>から誘導される。
独創性が、知的な盗癖からけっして偽装できないのは、
独創性に潜む神秘が、つねに反知性的で不合理だからである。
新しいアイデアをどんなに切望しても、
革新的なアイデアがやって来ない現象を
才能や予算の問題だけにしているかぎり
アイデアは、予期できる範囲で知性的で合理的だからである。
風にはパターンがあるが、
風の源には、風の吹かない場所がある。
無知によって秩序を発見できない場合、
秩序に先行するどんな初源的な風も存在しないにちがいない。
秋に死んだ植物が、田んぼや畑で朽ちていく時に
腐敗しているのか、発酵しているのか、
つまり、微生物の存在度で自然が再生されるかが
収穫という概念を生む。
自然農は微生物の存在度のテクノロジーである。
無農薬、無肥料、不耕起の自然農法のための
発見された微生物の存在度は、複製可能なシナジーの源泉である。
未知を超えたシナジーは、自然をも超えている。
シナジェティクスは、幾何学ではない。
シナジェティクスは、
すべての存在に向けられるプロセスに生まれる。
三次元幾何学で代用する閉じた技法から
シナジェティクスモデルは発見されないように
デザインされている。
実際、構造に関わる専門家たちは、宇宙の重要な構造を発見しなかった。
1949年バックミンスター・フラーによって
球状テンセグリティは、絶えず共振し共鳴する
もっとも単純な生きた無生物として発見された。
その後、細胞テンセグリティを構成するタンパク質には、
圧縮材にも張力材にも変換され、細胞の形態を保つ機能が発見された。
細胞膜は構造ではなかった故に、
テンセグリティがもっとも注目されたのは20世紀後半の細胞学からであった。
21世紀の超軽量のテンセグリティ構造の圧縮材と張力材が
すべてカーボン材から構成されるように、
テンセグリティは、4面体の統合体なのである。
統合体には、不可視の張力が関与する。
引用
SYNERGETICS
Fig. 1033.019 Circuit Pattern Tensegrity
<実と虚>の相補システムでは
<実と虚>の優劣をけっして形成しない。
この相補システムには3種の空間モジュールが存在する。
<実と虚>の境界線は、ジオデシックな円弧状の最短距離で形成される。
正義と悪という概念的対立に置換するしかない政治経済システムは直線的である。
交換可能な相補性の欠如した対立は、時代遅れである。
☆
シナジェティクスが発見した3種の空間モジュールはピンポン球と紙粘土のモデリングから
実体とされた最初の球こそが、他の2種の鋳型として反転する認識方法に気づくだろう。
この手を伴う重要な空間実験は、とくにこどもが好きだ。
SYNERGETICS
great-circle geodesic arcs
Fig. 1032.31 Concave Octahedra and Concave Vector Equilibria Define Spherical Voids and Energy Trajectories:
空隙のない物質は存在しない。
残された空隙は不足を想起させるものでも
埋めるべき現実を待機するものでもない。
残された空隙のパターンから
虚と実との相補性を思考することができる。
それぞれは単独では存在しないリアリティを。
結晶学も準結晶学もこの相補性を発見できなかったのは
視覚的な観察に始終したからである。
球の最密充填システムから、この虚と実の相補性を
認識したのはシナジェティクスだけである。
SYNERGETICS
Fig. 1032.12 Convex and Concave Sphere Packing Voids:
汽車が電車に、
写真機がカメラに、
ビフテキがステーキに、
ナポリタンがアラビアータに、
オンザロックがオーバーロックに、
ホットがラテになる前に、
1970年代の幾何学はシナジェティクスになっていた。
中学生が暗くなるまで集団で部活しているのを見ると
私はいつも悲しくなる。
自発性を装った努力によって
21世紀が望む社畜になるほどの<段階的集団性>に気づいた時には、
彼らはもう学校にはいないだろうから。
真の自発性は、場所と群れを伴わない想像力にある。
北ベトナムの稲作では、現在でも3年に一度しか収穫しない。
化学肥料や農薬をまったく使用しなくとも、
<一粒万倍>によって、生存に十分な量が賄えているから3年に一度なのである。
こうした共産圏の農業生産方式と生物学に関する情報は、
自由経済圏の石油系の高コストの農業政策によってほぼ閉ざされている。
アジアの桃源郷はグランチの脅威なのである。
消臭、除菌、無菌、除草剤、農薬、マルチなどで
有用な微生物と昆虫は、ほぼ死滅し、
畑の土壌温度は低下し、地表から30㎝のあたりで
化学肥料と農薬の複合体がコンクリートのように大地が固着している。
水はけが悪くなり、過剰な窒素分で田んぼも畑も、腐敗しやすい。
大地から土の香りは去り、
稲や野菜から自然のアロマが消失して久しい。
この半世紀間で、ローンを抱えた高コストの農法の継承者はいなくなった。
未知の微生物と対話のない大地の恵みで経済を形成できなかった。
間違った理由で正しい科学的な農法が、これから採用されるだろう。
<一粒万倍(シナジー)>は利子率の概念からは捉えられない
自然の経済学を表している。
自然の経済学は経済学とは異質である。
化学肥料や農薬をまったく使用しなくとも、微生物群の真の<存在比>の働きによって、
一粒の籾米から一粒万粒の収穫は可能であるが、
現在のほとんどの農民は、この生物学的事実を否定せざるを得ないほど
偏向した情報で暮らしている。
銀行の支配によって、アジア系農民はインディアンのように大地から追い払われたのである。
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