構造とパターン

人類の生活空間を支えてきた構造の全否定こそは
最も客観的な数学的行為である。
無線、無管、無柱、無軌道という
4種の自律性を具現化しながら
最終的に経済的にモバイル可能な空間構造は
新たな数学的な<構造とパターン>の発見に従うだろう。
<構造とパターン>こそ
つねに機能と形態とのシナジー的な関係を生成することができる。
「形態は機能に従う(form follows function)」としても
その結果、生まれたのは高層鉄骨建築だけである。
その「柱・フレーム」構法のデザインは
モバイル可能な超軽量な空間構造を生まなかった。
なぜなら、もっとも単純な<構造とパターン>は
人工物のために生まれたのではなく
つねに自然から発見されている。

<自律的>

教育の最終段階は
自己教育システムの開発である。
自己教育は<自律的>である。
真の<自律的>教育システムは
非人格的な存在である。
それは先験的なシステムの発見でもある。
その開発と発見にもっとも反対しているのは
教師とその組合である。
非人格的な存在が見えないように
終身雇用システムは
試験と教科書で教育を管理する方法に始終している。

絶えず普遍的に

『シナジェティクス』を読破する人々は
シナジェティクスモデルを教育できない。
シナジェティクスモデルを教育する人々は
『シナジェティクス』を翻訳できない。
シナジェティクスモデルを複製する人々は
シナジェティクス言語を生成しない。
シナジェティクスモデルを創作する人々は
シナジェティクス原理を発見することはできない。
普遍的なシナジェティクスモデルは
個人的で特殊な経験から発見される。
シナジェティクスを認識するためには
自らの経験を絶えず編集しなければならない。
シナジェティクス原理を発見するためには
理論が絶えず陳腐化されなければならない。
つまり、過去の条件反射と思考の蓄積とその束縛から
どのように解放されるかだ。

<自立>から<自律>へ

<自立的>とは経済的、空間的な独立を意味している。
人間は<自立>を教育してきた。
しかし、経済的、空間的な独立だけでは
エネルギー的には未だ他律的である。
太陽系のなかの
バイオスフィアのエコロジー的な
<自律的>機能の形成にはほど遠い。
<自律的>とは
自然との相互関係から遊離しない
システムの形成を意味するだけではなく
自己規律を伴う。

モバイル有機体

人間は大地に根を生やすことはできない。
農村の過疎化は
都市に人間が移動した結果である。
都市とは一時的に滞在する人々が増加した場所である。
ある場所により多く定住するためには
人間はつねに移動しなければならない。
足の生えた人間が大陸を移動するには
大地に固定された<基礎>ではなく
共に<動くシェルター>が必要だ。
森でさえ大陸を移動した結果だ。

概念

概念はメタフィジカルで重さがない。
リアリティは物理的である。
21世紀はメタフィジックスではなく
概念とリアリティを広範囲に統合できる
テクノロジーの時代である。
数千年続いた概念の牢獄から見れば
宇宙はテクノロジーそのものである。