更新されるクラウドに身を委ねてしまうかぎり
昨日から超越する現実は訪れない。
経験の蓄積も知識の収集も
昨日までの思考方法を肯定するように働く時
安定願望を満たしているだけである。
—–条件反射にしたがって。
条件反射は
絶え間ない葛藤を生まないシステムの一部だ。
直線的
恐怖は人々の思考を直線的にする。
生命のフィードバックは
非直線的な軌跡を描く。
恐怖心は生得的ではない。
自然のパッケージ
3年前の地上での核分裂(または核爆発)による
放射エネルギーはこの量子毎に放射された。
自然は放射エネルギーを
量子という宇宙の単位にパッケージしていたのである。
人間は未だ、拡散したエネルギーを
元のパッケージに戻すことはできない。
人間の発明したマネーとそのシステムで
自然の秩序は買えない。
量子(quantum)
量子(quantum)は
量子物理学より前から単位を表す言葉として存在していた。
量子物理学によって、物理量はある量を最小単位とした場合
その整数倍をとることが発見された。
現在では飛躍的で画期的な意味を表す形容詞にもなった。
工業製品を構成するモジュール>という概念も最小単位を意味するが
第2次世界大戦後に自動車産業界で生まれた。
そして、モジュールは人間がデザインした人工物という概念を伴う。
量子物理学(quantum physics)が誕生して半世紀後である。
1927年、バックミンスター・フラーのシナジェティクスは
量子幾何学として生まれている。
量子(quantum)は
つねに自然の特殊性を内包している。
構造の存続
自然には構造以外存在していない。
どの構造もつねにもっとも経済的なエネルギー戦略を
採用するからだ。
さもなくば、自然には存続できない。
一時的
化学化合物の結合状態は
つねに一時的である。
限定された結合の可能性から形成されているから。
われわれの経験は
すべて一時的である。
無限の結合の可能性から形成されているから。
にもかかわらず
われわれの経験は互いに似ている。
無限の結合の可能性から
遠ざかりたいから。
アジア的原型
バックミンスター・フラーの<doing more with less>は
自律的で他利的な思想を背景にして形成されている。
1930年代の大恐慌から第2次世界大戦が終わるまでの間に
デザインサイエンスは
もっともアジア的原型に接近したのである。
デザインサイエンスが難解に思われるのは
21世紀の日本人がひたすらケチな個人主義になったからである。
失敗
<人工物>のデザインに間違いが存在するのは
<人工物>と<失敗>という概念自体を
人間が発明したからだ。
自然のデザインには<失敗>がない。
<人工物>はまったく無意味な言葉だ。
デザイン
<デザイン>とは、
他の部分から見たそれぞれの部分との関係である。
宇宙の偉大な知的デザイン以上の関係は存在しない。
デザインを教育する人々は
最初にその宇宙との関係を除外してきた。
実験講義
私のスタジオ内で連続3夜、計36時間講義と
プロダクトデザインを同時進行させる実験講義とワークショップで
プロトタイプ1号機を昨晩完成した。
明日は2号機の作成に挑戦する。
しかし、挑戦とは
昨日までの蓄積を如何に短時間に棄てられるかだろう。
それを可能にするのは
シナジェティクスとデザインサイエンスの
相互補完的な機能である。
大きさを超える行為と
大きさを与える行為を支える相補性は
非鏡像的である。
