概念は非物質的で重さがないが
リアリティは物質的である。
マネーゲームは非物質的である。
この非物質的な繰り返しによって
リアリティを支配してきたのである。
産業化のためのロングテール
20世紀の脱工業化によって
科学がテクノロジーを
テクノロジーが産業を
産業が経済を
そして、
経済が政治を
先導する時系列的な構造が再認識されてきた。
あらゆる政治的指導者は
重要な出来事の終わりのしっぽの方で
選ばれているにすぎなかったのである。
より長くより細くなるほど
左右により大きく揺れる<ロングテール>の
指導者だったのだ。
そのテールの長さと揺れは
けっして科学を先導できないばかりか
経済さえも先導できないのである。
個人の直観と経験のみが
つねに新たな科学的探究心を先導しているのである。
抽象化
政治・経済的支配は
物質の抽象化にほとんど影響していない。
あらゆる発展は
物質からどのように抽象するかによって生まれている。
抽象とは、大きさから独立した<関係>の中に
純粋な<原理>を発見することである。
抽象化は、概念的にモデル化できる。
2つの法律(Law)
法律を遂行するために
ネガティブな罰則の強制を伴う
記号のテクノロジーがインストールされた。
自然は、自らの秩序形成において
いっさいの罰則を持たない
テクノロジーをデザインしている。
いまや個人は、法律(Civil Laws)と
科学的原理(Scientific Laws)との間に
引き裂かれながら生存している
小さなモバイラーだ。
自己教育
すべての教育は、自己教育である。
経験とは、個人のみが理解できることに
気づくことにちがいない。
その気づく能力にスイッチを入れるのは
学校教育プログラムの外にある
好奇心である。
分断方法
芸術家が宇宙の秩序を客観的に表現する行為を
科学者に委任し、
科学者が宇宙の秩序を主観的に発見する行為を
芸術家に委任した時から
宇宙さえも理系宇宙と文系宇宙に分断されてきた。
それゆえに、分割して統合するために
動機を排除した
主観的、あるいは客観的
教育プログラムが考案された。
服従
真のテクノロジーは
生活必需品を確保するのに必要な労働量を
劇的に減らすことができる。
しかし、パソコンやインターネットの出現によって
より規模の大きい世界的な経済的混乱が再び起り
より長時間働くようにされ、
そうでなければ、失業者として飢えるままに無関心に曝されている。
戦争に関与した政府の職務に従事するために
あらゆる生産的な仕事から無数の男女が引き抜かれる準備ができているのである。
戦時のための準備とは
経済的混乱を回避するための
平時の組織的なあらゆるタイプの<服従>である。
仕事
人間の幸福と繁栄のために
労働を組織的に減らしていくことは
もっとも孤立した困難な仕事になってきた。
人々はまだ家族の幸福と繁栄のために
労働を組織的に増やそうと考えている。
常温常圧
自然は、反原発でもなく脱原発でもない。
宇宙全体のエネルギーは
増えも減りもしないにもかかわらず
惑星地球は、エネルギーを受け取る場所だ。
エネルギーを放射する必要がない場所として
デザインされた。
閉じた壁のない常温常圧で十分だ。
隔壁のない新しい境界線は、野生化する薔薇の茂みに任せよう。
———–真夏の私の庭なら無数の白カボチャで間に合っている。
受粉したそのめしべは、約40日で放射エネルギーを変換しながら肥大する。
冬期に長期保存できるカボチャの実は
カボチャの種子にとっても私にとっても
常温常圧で限りなく再生するモバイル用バッテリーなのだ。
秩序と主観
科学が秩序を<主観的>に発見した時、
それは純粋科学(pure science)である。
発見されたその秩序が
<客観的>に利用された場合、
応用科学(applied science)と呼ばれる。
シナジェティクスは、純粋科学に、
デザインサイエンスは、応用科学に属する。
<主観的>に発見する行為は
物理的に証明する行為よりも先行するが、
教育過程から秩序を<主観的>に発見する行為を
ほとんど排除してしまったのは
科学をメタフィジックスから切り離したからだ。
そして、科学の発展は開発費に比例すると
<客観的>に考えている。
