黄昏

21世紀のエネルギーと食料不足は
すべて作り話である。
この出来の悪い作り話でも大多数を騙せる過信こそ
権力構造の黄昏である。

段階について

エコロジーを富の増加のために利用できても
有機体生命と非生命との間
および
非生命間どうしの
エコロジーを認識しない社会道徳とその諸々の価値を
そしてそれらの思考方法を
全的に否定することは
思考ではなく瞑想の段階にある。

目的について

宇宙の存続には
エネルギー損失という概念は存在しない。
エコロジーも同じだ。
生命の存続のために
快楽を苦痛と分離できても
宇宙との相互作用を
完全に変換できていないばかりか
理解しようとしない。
宇宙で生き延びるための
目的を疑っている群れの
内部にいるかぎり。

作業仮説

現在の人類が電気エネルギーに変換可能なウラニウムの埋蔵量は
現在の人類が電気エネルギーに変換可能な石油の埋蔵量よりも圧倒的に少ない。
すべての理論は作業仮説から始まるが
地球温暖化理論はこの事実を隠蔽してきた。

有限について

20世紀の物理学は
<宇宙の全エネルギーは増えも減りもしない>ことを発見した。
脱原発も反原発も
原発が建造された後に生まれたが
どちらも人類のエネルギーの無限観に
反駁しているわけではない。
生存のために安定したエネルギー源を獲得する手段への
科学的な理解の困難さだけではなく
観察不可能な<無限>に対する概念そのものが
苦痛と恐怖を生む根源かもしれない。
1000億個以上の銀河を有する
宇宙(=半径137億光年の球状宇宙)は、
最新の科学哲学では有限である。

邪悪さについて

宇宙では原子エネルギーはありふれている。
電子が陽子よりも、中性子が電子よりも、陽子が中性子よりも
重要な構造とパターンをけっして形成しない原子核システムを
人類が発見してまだ1世紀も経過していない間に
地球上の原子力産業と原子力社会は
そのエネルギーを邪悪な権威に変換してきた。
原子核構造を発見した科学的思考力を
容易に邪悪さに修正させるあらゆる権威は
人々の自由を拡大する科学的革命とは無関係である。

無限について

最初に
数学的概念としての無限大と無限小を学び
後に
有限な人生から
愚かさの無限大を学ぶ。
法律家資本主義社会は
それらの統合に成功した現実である。
個人は
ほぼ無限小に収束している。

送電ロス

送電する過程で送電距離に比例して
総発電量の約5%程度が失われている。
年間の送電ロスはフル稼働した原発10基分の総発電量に近い。
さらに国境毎の局所的な送電ネットワークは
近視眼的である。
宇宙で成功したテクノロジーは
すべて<ワイヤレス>で<遠隔的>である。
たとえば、重力
あるいは
電子と陽子のような
<電磁気学的>な相互作用の変換に成功してきた。
たとえば、雲と森
すべての送電線は時代遅れである。

続2)もう一つの生活保護制度

日本の生活保護制度は隠れた贈与である。
金銭の贈与によって
人々は短期間に驚くほど従順になる。
その目的こそが生活保護制度における
生存権の保障以外の存在理由であり、
贈与の本質的機能なのだ。