概念

「weed(雑草)」という概念が
植物学者には作れないように、
「内部被爆」という概念が物理学の領域であり、
病名の概念でない限り、
医学者はそれを治療しない。
まして予防もしない。
つまり、医学上において
患者はまだ存在すらしていないのだから。

黄昏

放射性物質を除染しても、
セシウムやプルトニウムの半減期は
誰にも変えられない。
国家は
自分の力ではどうにもならないことの処置を、
まして市民に対して
決して望んではいけない。

抑圧と攻撃

専門家と政治家によって繰り返される
「ただちに健康に影響はない」という言質には
放射線被曝によって
5年以内に癌で死ぬ可能性を含んでいるばかりか
言語による市民への
絶え間ない<抑圧と攻撃>の役割がある。
いったい何のためか?
米ソ間の冷戦構造がなくなり
「外部」を失った権力構造にとって
「内部」に対する<抑圧と攻撃>は
いまや軍事的な主目的となったのである。

(続)プレゼンテーション

プレゼント(present)は
語源的には熟考中の心に浮かんだ表象であり、
概念を表象する行為である。
心に浮かんだ表象が
<Think out loud>によって
ほぼ同時的に言葉に変換される
瞬間の連続が
プレゼンテーションである。
現代の<プレゼント>という言葉は
形骸化した贈与の行為である。

想像力

なぜ人々は除染する前に
移動しないのだろうか。
核爆発で拡散した
放射性物質は
最初に半径300キロ内の想像力を
被曝させたのだろう。
想像力がなければ、
怖いものはないから。

TPP

遺伝子組み換えと
農薬付けの穀物の摂取で短命になれば、
それだけ放射性物質を
一生涯で食べる量は少なくなるだろう。
ついに素食も困難な時代になった。

プレゼンテーション

Think out loudを記録するデバイスは豊富だ。
iPhone4s以後の音声認識システムによって、
将来はビデオ録画と同時に
テキストをも生成するだろう。
しかし、スティーブ・ジョブスは
2005年のスタンフォード大での卒業生に贈るメッセージで、
用意された原稿をゆっくり読んでいた。
彼は従来、
アップル社の製品のプレゼンテーションでは
1度も原稿やメモを用意しなかったはずだ。
権威が彼に
非同時的なプレゼンテーションを望んだのか。
それとも彼自身が、
学生との同時的な対話よりも
人生に対して非同時的な編集を、
選んだ瞬間なのか。
この時彼はすでに
「自伝」の中に編集されていたのだろうか。
確かに彼は原稿を読みながらスピーチしている。
ーーーー「毎日今日が最後の日だと思って生きれば、ある日それは本当になる」
“http://news.stanford.edu/news/2005/june15/jobs-061505.html”:http://news.stanford.edu/news/2005/june15/jobs-061505.html