知ることはリンク数に置き換えられる。
同時に、受け入れる頻度とその傾向を表している。
しかし、完全理解とはリンク数ではない。
「理解」という言葉の意味が、
複雑な概念を分解し、より単純な概念に還元することだとしたら、
「理解」には統合という役目が欠落している。
経験された異なる事象を
相互に秩序づける試行錯誤がないかぎり、
「理解」された相互関係数は増大するばかりだ。
相互に秩序づける試行錯誤に
いまのところルール(または秩序)を発見できていないので
しばしばその方法を探査する人間を
無意識に独創的と言い換えている。
しかし、この言葉さえ危うい概念だ。
人間が「独りで創り出す」ことなど宇宙に存在しない。
言葉という道具の起源もまた
貨幣のように
問われることは稀なのだ。
コレクション
魅力的なモノやヒトは互いに引き合う。
だからといって
自分の空間にコレクションする必要はない。
引き合う力は
互いの距離を超越しているから。
科学的
自然を観察することから科学教育は始まるが、
自然とともに生きることを教育しないのは、
科学的ではない。
この半世紀間、世界中の頭のいい子どもは
みんなより大きな都市に移動するように教育された。
より張力的に
政治や経済は
権力でより統合されている。
人々は圧縮の概念で行動する。
プレッシャーを与えたり受けたり。
しかし、圧縮には限界がある。
合金や細胞、そして
私の机の上のテンセグリティモデルを含む
宇宙は、
つねに張力で統合されている。
張力は長さに限界がないからだ。
シナジェティクス・モデル
シナジェティクス・モデルを学ぶべきではない。
シナジェティクス・モデリングを学ぶべきである。
動的な概念をもたないモデルは、
いつも美的なシンメトリー(対称性)で終わるから。
自然
混乱したときにのみ秘密を打ちあけるのは
エゴイストだ。
思慮深く行動するには孤独な勇気がいる。
最良の思考法に到達するには、間違いは回避できない。
しかし、自然でない行いから自然を学ぶことはできない。
シナジェティクス
宇宙に周期はあっても休暇はないが、
私の仕事はこのところ
周期もなく日曜日もない。
構造という秩序の森に分け入って
出口が見つからない。
出口とは物質化のためのデザインだ。
メガストラクチャー
バックミンスター・フラーは素晴らしいシェルターをつくるが、
それは彼が他に何もつくれなかったからではない。
だれも他人のために彼のような目的を持たなかったからだ。
1927年に50年後の人類には、
2億機の住宅の生産が必要だと予測していた。
われわれは既に2億台の自動車を生産してきたが、
2億機のシェルターの生産を計画する建築家はいない。
ハイテクなメガストラクチャーでさえ、受注生産方式である。
エデンドームでさえ同一のデザインは僅か一カ所にしか存在しない。
建築産業は時代遅れである。
優れた建築家ほど、
アーティストのような作品集をもっているかぎり。
(その作品集こそ、印刷という複製技術から作られているはずだ。)
快晴
たちこめる霧に包まれた早朝は
温度は下がる。
水蒸気を含む空気が冷却され、
凝結が始まる温度に達したからであるが、
確実な快晴の兆しだ。
この霧は3時間後の太陽を予測している。
冷蔵庫やフラスコの中の霧にはない機能だ。
食
人間はどんな書物を読んできたかよりも、
どんなものを食べているかできまるという知識を
病気から理解している。
しかし、何をどう調理するかは
いちばん理解しがたい方法である。
