テンセグリティ構造とは何か

その瞬間に、瞬時に、
内部を形成するために最善を尽くすテンセグリティは
絶えず振動する。
生命にとって、静止が存在しないように。
そして、純粋な構造にとって、不動の大地は必須条件ではない。
なぜなら、基礎という疑似的な大地は不要だ。
自動車や飛行機という人工物は、
床はあっても基礎がないからこそ
工場で量産できたのである。
テンセグリティは未来の構造ではない。
構造という人工物をデザインする必要がない
発見された構造原理だ。

不可能な構造

「不可能な構造」は、
最初に「可能な構造」からデザインされる
という基本ルールがある。
その逆は存在しない。
なぜなら、
われわれの脳以外に不可能な世界には住めないからである。 

パースフェクティブの牢獄

テレビを見ないと落ち着かない、
デジカメで記録しないと不安になる世界人口は増えている。
その結果、ハイビジョンテレビとデジカメはだいたい同じ価格になった。
テレビを見ると洗脳されるなら、
風景画やデジカメの映像からも洗脳されている。
効果的に洗脳するには、
情報を無意識に共有させればいい。
古代の洞窟の壁画には存在していなかった
現代人の遠近法的理解は、
いまやシステムの強化に利用されている。
http://www.nikkei-science.com/page/magazine/0701/escher.html
http://synergetics.jp/gallery/index.html
☆参照
「超遠近法で解くエッシャーの秘密」 アニメーション公開
http://synergetics.jp/escher/index.html

絶滅

15年前は、志のある若者たちは、
正規雇用よりも非正規雇用のほうを選んだ。
しかし、今は非正規雇用の人が正規雇用になりたがっている。
毎年5万~15万種が絶滅し過去の絶滅の数万倍の速度で絶滅しているが、
それ以前から、様々な未知の原因によって、
99.999%の種はこれまで絶滅してきたのである。
絶滅を恐れてはいけない。
バイオスフィアに正規雇用されないようにプログラムされている。
企業の存続期間は、人間の平均寿命よりも短命である。
(平均25年以下である。)
正規雇用されるための職探しよりも、
どんな目的のために何を実践できるかを学ぶほうが
絶滅しにくいだろう。
太陽系に存続できる唯一のシントロピーに到達した
バイオスフィアのように。

常温・常圧

蜘蛛の糸と同じ直径からなる繊維を、
鉄と炭素からそれぞれ構成した場合、
もっとも引張力の小さな繊維は、
蜘蛛が紡ぎ出す繊維ではなく鉄の繊維である。
炭素繊維は鉄の10倍である。
蜘蛛が自発的に撚った繊維は鉄の5倍となる。
この引張強度のもっとも高い炭素繊維(カーボンファイバー)を
機体の大部分に利用する軽量の旅客機に使用するには、
炭素を繊維状に成形してから炭素の含有量を高くするために、
特別な装置で300℃の高温・高圧状態にしなければならない。
常温・常圧でハイテク繊維工場を内部化(=内蔵化)した蜘蛛は、
引張力の再現において、もっとも省エネであり、
しかも二酸化炭素の排出量は、最小限であるばかりか、
化石燃料にいっさい依存していない。
蜘蛛から見れば、
常温・常圧でさえバイオスフィアが
準備してくれた偉大な空気膜のテクノロジーである。

シナジェティクス・モジュール理論

小さいなことの積み重ねで予想外のことが起きるのは、
世界が有限な最小限のモジュールで形成可能だからだ。
小さなこととは、例えば、原子核を構成する核子である。
ただし、積み重ねる方法は物質ではない。
すべての核子はこれまで、球状粒子というアナロジーに支えられてきたが、
エネルギーに形態は存在しないという科学的な刷り込みによって、
だれもその形態を見た人はいなかったのである。
シナジェティクス・モジュールは、
バックミンスター・フラーの量子モジュールの発見から
現存するメタフィジックスを樹立してきた。
もはや科学的アナロジーを超えたのである。
類似に基づいて適用する認知過程はリアリティにとっては二次的である。
☆参照文献
「成長する正20面体」梶川泰司 1990 
日経サイエンス(サイエンティフィックアメリカン日本版)
『コズモグラフィー(シナジェティクス原論)』
(バックミンスター・フラー著 白揚社 2007)

経済危機

生存に必要なもの。
それは食料とエネルギー、シェルター。そして想像力だ。
みんなお金で買えるようになったが、
お金を経由しないでも獲得できる
自由が奪われた時から始まっていた。

空気メーター

炭素税は測定器がなければ存在しない。
資本主義は、水も電気もガスにも、精密なメーターをデザインしてきた。
(そして情報に対しても課金してきた。すでに電気代よりも高い)
しかし、大気圏内にいるがぎり
誰でも安全に空気を無料で直接摂取できる。
1915年、マルセル・デュシャンは、
資本主義の空気に対する希少化の不可能性を攻撃した。
「自分が呼吸する空気にお金を支払わねばならない社会を作りだせ。
空気メーターによって、禁固刑または空気の希少化を行なうこと、
料金未納の場合は必要に応じて窒息(空気だけを遮断)させよ」
革命後のロシアには、水道、電気、ガスのすべてのメーターは存在しない。
これはイデオロギーの問題ではなく、
精密なメーター製造と設置のコストの問題から経済的に判断した結果である。
イデオロギーで二分された地球人口の約半分は、
現在でもエネルギーは欲しいだけ使えると感じて生活している。
マルセル・デュシャンのコンセプチュアル・アートは、
イデオロギーのエネルギー・メーターに対する欲望がある限り、
美術館を超えて大気圏内で存続するだろう。

絶縁

地デジ対応の高性能液晶テレビと番組との関係は、
すばらしい器に載せられて出される貧弱な料理に近い。
二度とそのレストランにはいきたくないものだ。
ニュースは、テレビではなくネットに繋がった
液晶モニターから注文する時代になって久しい。
しかし、
まやかしのない料理を食べるために
注文の仕方自体のリセットを忘れていたなら、
ユーザがそれまで属していた馴染みのある
局所的ネットワークから完全に絶縁することはむずかしいだろう。
どのレストランにも失望したなら、
いまこそ『クリティカル・パス』(バックミンスター・フラー著、白揚社)を
読破する状況になっている。