地産地消から自己組織へ

もし、バイオスフィアが
地産地消していたら、
人間がいない場所での地球温暖化は起こらなかっただろう。
もし、PCや自動車が地産地消で生産されていたら、
誰も利用できなかっただろう。
地産地消は、
永久機関のような外部のない局所的なサイクルの概念を含んだ
幻想的な引きこもりである。
その結果、食料は廃棄することによって
価格を維持することに利用されている。
(毎年、日本では10兆円の食料費のなかで2兆円分が廃棄処分されている。
また、日本の産畜肉の生産用の輸入飼料こそ貿易収支のために利用された。)
<地産地消>も<遠産遠消>も国境線が造り出す
相対的で政治的・経済的な内部と外部である。
エコロジーは、つねに包括的で再生的である。
そして、
バイオスフィアは、唯一の外部と唯一の内部をもっている。
そして、
食料生産のための光合成は、
太陽系のエネルギー収支で運営されている。
最近の生物学や化学そして物理学では、
この運営方法を自己組織化と呼んでいる。

戦争機械

民主主義と科学、そして技術が複雑に組み合わさって
産業化を形成する。
この産業化の過程では、
科学が技術を、技術は産業を、産業は経済を、経済は政治を先導する。
政治がすべての出来事のしっぽであることは明らかである。
しかし、政治が経済を、経済が産業を、産業が技術を、技術が科学を
支配できるという幻想がこの産業化を分断してきた。
この幻想を利用した法律家資本主義は、
すべての発展を破壊する戦争機械である。

利子率

貨幣に対する利子率は、子牛が生まれて育つ生存率から生まれた。
牛を預かって育てる牛飼いは、報酬として乳を貰うことができる。
子牛という利子が牛の所有者に属する習慣から
金利は銀行が奪う歴史が始まった。
つまり、金利という概念が、
宇宙の物理的法則と相互作用しない金融の歴史である。
朝食に牛乳を飲む牛飼いの習慣を止めない限り、
家畜による温暖化ガスの増加とゼロ金利はつづくだろう。
われわれは学校の数学から家畜化しているのである。

エコポイント

エコポイント制度は、
川や海には繋がっていない釣り堀のようだ。
エコポイントが企業のための
補助金という現金製造装置にしか見えない場所、
それが、エコロジーだ。
人間がエコロジーに重要な役割を持っているかどうかを
理解しようとする場合、
社会ではなく、宇宙を観察するだろう。

感傷的

相手を決定的にせん滅させる軍備をさせてはならない。
これは、3世紀前に創立した中央銀行の教義である。
軍事力を均衡(=例えば冷戦構造)させるノウハウによって、
永続的で動的な拮抗のための双方への資金提供が可能になり、
各政府に提供される資金には、膨大な金利が請求できる。
つまり、 21世紀の北朝鮮の核武装と軍縮は、
感傷的なそれゆえに不安定な国際民主主義を維持するための
不可欠な手段である。  
感傷的とは、
地球規模のエコロジーの方法論を自負する<Think global,Act local.>によって、
永続的にきっちり金利を払わされる側の無意識的態度である。

一年生野菜

庭に野菜の種を蒔くと、だいたいすぐに実をつける。
収穫するまではとっても早い。
カボチャやトウモロコシ、トマトなど
ほとんどの野菜は1年生植物である。
彼らは、種子で休眠した状態で、
次のより良い機会を待つ方がはるかに有利になるようにデザインされている。
そのためには、良好な環境条件に出会うと短時間で成長し
繁殖するノウハウが必要になる。
良好な環境条件とは、
光と水と温度、
そして、土壌である。
繁殖ノウハウに関しては、種子で休眠できる以上、
人間よりも経済的で長寿である。
ところで、稲は野菜ではないが1年草である。
発掘された縄文土器から、運良く保存された古代米の種子が
見事に発芽できるように、
ごく一部の富裕層は、老衰するまえに、冷凍保存して休眠状態を選択できる。
この不老テクノロジーはまだ経済的な方法ではないが、
明らかに1年生植物への願望がある。
あの世よりも、
次のより良い機会を待つこの世の方が
はるかに有利だという前提がある。

低炭素社会

宇宙の炭素の原子数は増えも減りもしない。
バイオスフィアでは、
有限な炭素が大気中の酸素と結合しすぎただけだから、
低炭素社会を主張するなら、
高酸素社会も同時に必要になるだろう。
炭素排出権があるなら、酸素消費権もあるだろう。
宇宙は、二大政党的なあれかこれかではなく、
つねに相補的だ。
参照
概念の牢獄
http://synergetics.jp/tensegrityblog/

原型

デザインを考える人間は大勢いるが、
プロトタイプ(原型)をデザインできると考えているかぎり、
原型を発見するのは、
例外なくたった一人だ。

老前人

老後を考える若者が増えてきた。
だから、貯金しているらしい。
社会は、働かない自由と富を
お金だけに代行させた人たちの
淀んだ溜まり場になりつつある。
老後人もたよりないが、
老前人は奴隷的だ。
理解できることしか理解しようとしないのは、
自然に反しているだろう。
あるいは、
自然には含まれないだろう。
自然は、未知(unknown)を包含し、
シナジーはその未知なる自然から生まれるから。