ハワイでも、グアムのビーチでも
なまこは、海水を浄化するために養殖されている。
ある日、突然なまこが好きになった神秘的な理由について。
ナマコは手で触るだけで硬くなる。
次に強く手で揉んでいくとそのうち、腸が口から飛び出して、
ついに固い皮もすべてドロドロに溶けてしまう。
しかも、この液状化したなまこを放置すると
元のなまこに回復する。
さらに驚くことに、異なった2つの個体を液状化して、
一つの容器でよくかき混ぜて、
次に2つの容器に移して2等分しても、
各容器で独立した小さななまことして回復する。
(これはNHKの生物講座で偶然みた沖縄の科学者の実験方法だった。
形態形成場に関するこれ以上の操作主義的で明晰な実験があるだろうか。)
次に、新しく再組織されたこのなまこを、
3分割すると3個のなまこになるとしたら、
寿司屋の水槽の底で、静かに暮らしている棘皮動物を
これまでのように生食できなくなるかもしれない。
なまこにとって、なまこという外観は、部分の拡大された影である。
どの部分からも推測できない全体システムのふるまいは、
シナジーであるが、
全体から推測できない部分システムのふるまいは、
シナジーの鏡像ではない。
それは、反対称的シナジーである。
生命のシナジーは至る所で階層化されている。
容器
容器は、それが空っぽのときに一番変形しやすい。
容器は、それが満タンのときに一番割れやすい。
教育では、頭は閉じた容器のように考えられている。
蓋のない保存用なのだ。
自己教育
私はラジオの英語会話と『シナジェティクス』で英語を学んだ。
しかし、シナジェティクスを理解したのは、
『シナジェティクス』に接したからではなく、
シナジェティクス・モデルと接したからである。
シナジェティクスに試験や徒弟制度は存在しない。
いまのところ、原理の発見にキャンパスは不要だ。
きっと、宇宙の諸原理は、
世界の大学数よりも多いからだ。
自由
自分の好きなように生きるためには、
自由を用いる方法が必要である。
その方法は、自由を失う経験から生まれる。
だから、自由を失うまえに
すでに自由は恐れられている。
パラドックス
テンセグリティが存在するおかげで、
どれだけ多くの人が
自然の構造に直接触れられることであらうか。
しかし、
テンセグリティは電子顕微鏡や走査電子顕微鏡では、
ついに見えなかったのである。
構造とは何か
ジオデシック球は、球を置換した結果ではなく、
球の定義を単純化した。
テンセグリティは、
構造の定義を単純化した結果ではなく、
非鏡像的な相補性を置換したのである。
生命は構造によって守られ、
構造の不完全さによって生命は失われるが、
そもそも構造の定義は、
テンセグリティの発見まで存在しなかったのである。
ジオデシック構造は、テンセグリティ構造の特殊な場合である。
(一本のストラットは、圧縮力も張力も担っている。)
ミツバチ
場所ごとにいろんな香りで満たされる
春の気配に魅入っていると、
突然、アトリエに日本ミツバチが帰ってきた。
空が曇って見えるほどの仲間を連れて、
別の場所から、また巣別れしてきたのだろう。
球状の空間のなかを飛び回る時は、
遠くの低い山から聞こえるエンジン・カッターの音を思わせる。
やがて、アトリエに続くの別の建物の壁と基礎との隙間の入り口に、
黒い固まりとなって、しばらくアメーバーのような謎のダンスをしていた。
受粉のために働く勤勉なミツバチはいない。
すばらしい季節を求めて移動したいだけだ。
その夜が、満月だと分かったとき、
久々に外で焚き火をしながら、お酒を飲んだ。
外側の春
この山脈では、春は一年でもっとも長く、
もっとも過ごしやすい季節だ。
この山脈は、大気圏外から見た地球の地理情報からすれば、
「山奥」は、より「外側」に位置するからだ。
(ジャンボジェットは、零下40度の外側を飛行できる。)
広葉樹の新緑が、
葉の表面温度を低下させるばかりか、
森に無数の葉陰を作り始める。
衛星画像からその射影が見える。
しかし、都会の春は短い。
もう夏の気配がする。
都市の車は、
5月でも日中は冷房を使わないでは走れない。
剥き出しの道路で包囲された都市は、
より「内側」に位置している淀んだ凹みだ。
独創性
一つの事柄についてすべてを知る方法と、
全ての事柄について何かを知る方法は、
専門家と博識家との知性の違いではない。
独創性を身につけたい学生たちは、
この学習方法のどちらかを密かに選択してきた。
一つの事柄についての可能な限りの関係性を知る方法から、
既知となった事柄についてのすべての関係性を知る普遍的な方法と
それらを時間順序で蓄積し、他者が自由に閲覧する方法との開発を
ある期間を決めて実践することは、重要な未知の課題であった。
アインシュタインも含めた専門家も博識家も
純粋理論から兵器としての原爆製造は不可能だと考えていたが、
マンハッタン計画は原爆を2年間で開発した。
そして、国家的な規模の共同体による知性の開発の有効性は、
ヒロシマで証明された。
新たな構造と意味の解析と統合は、
不幸なことに、大量殺人兵器の開発からだったが、
それまでの個性に依存した独創性の概念が、
解体した瞬間でもあった。
それから半世紀以上経過したが、
こどもの個性を伸ばして独創性を獲得するための教育は、
独創性に対する社会的な幻想に基づいている。
経済病理学
玄米食をすると、ウンコの臭いがすぐに変わる。
臭いは大腸菌の種類に関係する。
生物のウンコには大腸菌がいっぱいある、
しかし、哺乳類のオシッコにはまったくない。
もし、オシッコに大腸菌があれば病気である。
これが、顕微鏡が発明された後の
病理学の始まりだった。
お金でお金を稼ぐ金持ちが増えている。
しかし、お金がまったくなくなるばかりか、
負債を抱える貧困はより増えている。
これは経済学ではない。
まして、資本主義でもない。
お金が発明された後の、
インフルエンザよりも毒性がある
死に至る病である。
しかし、インフルエンザと違って、
人間にしか機能しないローカルな毒性だ。
