短命な楽園

田舎のことを、住みよい気楽な場所だとか、住みづらい場所などと比較するなんてばかげた話だ。魅力ある人間が住んでいるか、退屈な人間が住む退屈な場所なのか、田舎も都会もそのどちらかだ。会社のように。
田舎でログハウスに住んでログを売っているか、喫茶店を経営する類の都会人は、もちろん退屈な人間たちの頂点だ。都会人が軽井沢型リゾート指向であるかぎり、田舎暮らしのマガジンが出版され、相も変わらぬミニチュアの田園が再生産される。樹木はもっとも加工しやすい天然素材であることで、残りの自分の人生を選択できる木の温もり派が、地球に降り注ぐ膨大なエネルギーと地球のメタボリックシステムに無関心である限り、彼らのログが100年の耐久性を証明する未来は滑稽で短命な楽園にちがいない。マンションとログハウスの所有、これは平均的都会人の欲望の結晶であるが、実現できたとしてもコミュニティのない場所を交換するだけなのだ。(田舎が退屈でないならば過疎は起こりえないが、都市の人口過剰が豊かな充実度を表すわけではない。)  Y.K

防衛庁から防衛省へ

「プライムデザインは、過剰人口の脅威を回避する根本的な解決策を示している。地球に存在する人間の抱える重要な問題は、平時におけるさまざまな強制的な禁止法の執行か、あるいは戦時における無意識でしかない、かずかずの破壊行為を承認する政治的改革によってでは、根本的には解決しない。根本的解決策をお金で買うことはできない。うぬぼれた職業的な社会革命家を大衆が支援しても無益な結果に終わるだけだ」  R.B.F (1960)
 『宇宙エコロジー』美術出版社 2004年 第1章 プライムデザイン 

軍事技術は民生化を加速する情況のひとつとして、
たとえば、2001年、中東が舞台の対テロ戦争シミュレーションゲーム「Real War (現実の戦争)」を販売した。このゲームは、米軍軍事訓練用のシミュレーションソフトから、一部機能を取り除き、児童用ゲームとして開発され、陸海空軍を駆使して、いかに戦術をまとめあげるかを学習するために使われた。
一方で、ブッシュ政権がテロ攻撃を考慮して、IT 計画の優先順位を再考した結果、実現が遅らせられた本質的な IT 計画もある。全体としてはその後5年間でIT支出が65%伸びた。
徐々に迫るこうした軍備化の戦略は、半世紀前にバックミンスター・フラーが一般化している。  Y.K

林檎

天然ワックスで保護された本来の林檎の芳香は、
雑草に群がる昆虫と光のない大地の中で成長する根毛と
微生物で決められている。

売ったり買ったりばかりする間、林檎の本当の芳香さえ
忘れてしまったばかりか、林檎は置いておくと腐ると思わされている。

しかし、自然の林檎はけっして腐敗しない。
(同じ理由で柿も腐敗しない。)
もし腐敗していたら、果実のなかの種子は発芽しなかっただろう。  Y.K

近親憎悪

都市には、エネルギーも食料も、シェルターもない。
ただ売っているだけだ。

農村には、種も肥料も栽培法もない。
ただ、買っているだけだ。
だから、都市と農村は交流する前から
ゾッとするほど互いに似ているのだ。
(反対称的に相似である)

バイオスフィアを搾取するかぎり、
この近親憎悪的経済学はつづくだろう。  Y.K

step out

私は時計を見ない生活をしている。
太陽を見れば時間は分かる。

私は天気予報を見ない生活をしている。
山の頂を見れば正確な予報は分かる。

私は本を読まない生活をしている。
読書で考える時間が失われる。

これはstep outの基本である。
隣の井戸には無数の情報と資源があるので、
離れた場所でも新しい井戸を掘ることに専念できるのだ。  Y.K

平均的な人類

バイオスフィアの4分の3は海である。
これは人間の水分含有率に等しい。
生命が陸に上がった時代のナトリウムの比率が高い細胞外液の組成が海水に近いように、生命間の比率は相似的になる。
そして人類の大多数は、今なお人生の四分の三は、睡眠、労働、苦痛、束縛、あらゆる種類の苦しみによって費やされる。人類の労働時間は、低下するばかりか上昇している。
テクノロジーは人類を労働から解放する原則に反している。
テクノロジーの本質は step out*だ。
デザインサイエンスの仕事は、地球全土でほぼ無数に存在する。  Y.K
*生産性証明済みの油井付近に掘られた井戸。

農業的思考

他人の考えたとおりに栽培しなければならない。
そうでないと、自分が栽培したとおりに考えてしまう。
こうして、
肥料と農薬なしでは考えられなくなるのである。

すべての植物は、栽培する前に自生していた事実を忘れた社会は、
ますます耕すことでより収穫を上げるという幻想を抱いている。
これは農業社会だけではなく、産業社会でもテクノロジーは
人間が作り上げる前には何一つ存在していなかったという幻想を生んでいる。
こうして、フラーレンやナノチューブも水素原子のように宇宙空間に存在していたという意識的な発見は、実験室での偶然の合成よりもずっと後になる。
ところが、元素の周期律の発見はこうした思考に依存しなかったからなされた。  Y.K

ノウハウ know how からノウホワイknow whyへ 

Cosmic Integrityを科学的にも証明できるとするのがシナジェティクスであるが、
シナジェティクスを学ぶ前に数学が深く関与するはずだと考えられたのが
一番リアリティがあったから、バックミンスター・フラーと研究する場を共有できた。
しかし、そのリアリティをさらに具体的な形にするには当時の私には
数学的知識があまりにも不足していた。
だれでも現実を肯定して、考えることを考え始めざるを得ないと考えている。
与えられたすべてのデフォルトを受容する態度は
royal(王権)のデフォルトを排除する機会を失ってしまうだろう。
リアリティ(reality)は、royal(王権)の名残りに今なお閉じられているからだ。
分断された異なった自己が統合されるには、
局所的な個人のそれぞれの挑戦と失敗が必要だ。
ノウワット(know what=目的意識)ばかりでは、ノウハウも発見も生まれない。
目的意識は簡単に捏造できる。
ノウハウ( know how=技術知識)ばかりでは、何も発見されない。
技術知識は独占されやすい。
ノウホワイ(know why=理由・動機を知っていること)には、
国家や大企業、教育組織は無関心である。
個人は、ノウホワイを生得的デフォルトから自ら発見できる。
同時に、ノウホワイからノウハウとノウワットを分断する境界線を消去できる
重要なオペレーションが生まれるはずである。
know whyは教育不可能であるという理由から、
教育課程では完全に除外されているが、
私は、バックミンスター・フラーからknow whyについてもっとも対話できた。
バックミンスター・フラーは、知識よりも概念を優先していたからである。
概念デザイン(prime design)は共有することができた。
偉大な師は、know whyをデザインサイエンスとシナジェティクスに
リンクしたまま、去ったのだ。
友人のシナジェティクス研究者ロバート・グレイ(Robert Grey)が立ち上げたサイで、
バックミンスター・フラーのシナジェティクスの原書のテキストと図版から
いつでも自由に学ぶことができる。
http://www.rwgrayprojects.com/synergetics/synergetics.html
このリンクを理解するには学校(建物)と教師は不要だ。
100ドルパソコンと辞書でモバイルするときが来たのである。 
梶川 泰司