この世でエコロジー以上の何かを求める人は、
エコロジーの分け前にあずからなくとも不満を言ってはならない。
空や海に向かって、太陽や星に向かって、
草や樹木に向かって、動物に向かって、
そして重力に向かって不満を言ってはならない。 Y.K
分け前
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この世でエコロジー以上の何かを求める人は、
エコロジーの分け前にあずからなくとも不満を言ってはならない。
空や海に向かって、太陽や星に向かって、
草や樹木に向かって、動物に向かって、
そして重力に向かって不満を言ってはならない。 Y.K
過疎の高齢化に意味のあることがただ一つある。
なぜ過疎になったか老人が自分で説明できる現実だ。
教えられるままに町に息子たちを行かせたのだから。 Y.K
時間のない人が貧乏なのではない。忙しくしたがる人が貧乏なのだ。 Y.K
実に恐ろしいものは、噂をリンクしていく暗黙的な努力である。
多くの噂は、噂以上に暇な人間がいる証拠である。
冬の山暮らしは暇かね? それともネット社会は暇、金? Y.K
稲はイネ科の一年草なのに、
そのサイクルは稲刈りまで以外誰も知らない。
稲は、一万年間にわたって、人間に与えてばかりだ。
このことが遺伝子に影響しないわけがない。 Y.K
人間はどんな生命保険に入ろうと死亡率を低下できない。
しかし、貧乏人は短命である。
条件のいい生命保険に加入できる人は、生存率がもともと高い。
これ以上の免責はあるだろうか。
法律上の自己責任は、大英帝国の最初の保険会社(=東インド会社)
が考案した。 Y.K
真実は重力のように、すべての人に関わっている。
非線形的に。
ゆえに、真実は一筋ではないのである。
(しかし、社会的通念のほとんどは未だ直線的である。) Y.K
都会人には魚釣りの方法を
田舎人には魚自体を与える。
両者は一生を通して食える。
しかし、上流で放流しないかぎり魚は一匹もいない。
このゲーム自体が贈与経済であり、世界経済の膨大な上澄み部分を構成する。
淀んだこの上澄みの中では、自由競争の原理は除外されている。 Y.K
より多く持つことよりも、
より少なくを望む生活を選んだ人が、
立派な希望を持つとは限らない。 Y.K
だから偶然の結果と思われるのだが
このスローなシナリオの出来を見ている
狡猾で血も涙もないぐうたらな連中がいる。 Y.K