3次元幾何学とCADデザイナー

メタフィジックスに対する従属としての自己規律という考え方は
消滅しつつあり、遂に消滅してしまったのかもしれない。
この自己規律の不在に対処し、応えるべき探求とは、
<生存のテクノロジー>の開発と探求である。

〈生存のテクノロジー〉の探求とは
デザインサイエンスであり
メタフィジックスに対する従属としての自己規律という考え方が
シナジェティクスを生んだのである。

<生存のテクノロジー>を拒絶した3次元幾何学と
それに従属するCADデザイナーは
もはや時代遅れである。

点、線、面の各モデルの組合せから
<生存のテクノロジー>の源泉となる
新たなモデル言語は一つとして発見できない。

超越論的シナジェティクス

経験的な主観的事象を
バックミンスター・フラーの発見した
シナジェティクスモデルだけに変換する人々に
主観性はことごとくシナジェティクス原理には再構成されない。

経験的な事象を超越論的シナジェティクスで変換すると同時に
主観性に接近させる場合に
密かに未だ解明されていない
シナジェティクスモデリングを発見するプロセスを経由しない思考方法は
退屈な3次元幾何学の思考パターンに陥っているだけである。

安全率(safety factor)の破綻

建物の破壊の現象に対して
権力の対応が構造計算の中に挿入される場合
その証明は、実物大の構造の破壊実験によって初めて確定される。

しかし、破壊実験は
起こりうる地震の規模と諸条件を想定してなされている。

その起こりうるとは
起こりえないことを除外した条件では
破壊実験はけっして実施されないことを意味する。

過去の大規模地震のほとんどすべては、
起こりえないことを除外したその条件で発生している。

M7が短期間に2度発生するだけでも
権力の計算する安全率(safety factor)はすでに破綻している。

権力の計算する安全率(safety factor)の確立にかかるすべてのコストは
税金によって賄われているが
その安全率を想定するプロセスの民主的な可視化は
その専門性によって完全に非公開にされている。

権力の構造への対応は、科学性を欠いた専門主義によって
むしろ権力を維持するエネルギーに変換されている。

直観と美において

シナジェティクスの諸原理をデザイン理論に組み込んで
外部に対してその実用性を望む場合や、
シナジェティクスにおけるバックミンスター・フラーの言説によって
産業上の進歩を無邪気な実証性において示めそうとするデザイン理論を
教授できると自負する場合は、侮蔑すべき何かが存在する。

そもそもシナジェティクスとデザインサイエンスは
すべての大学の外部で発見され、開発され続けて到達した
シナジーをさらに統合する<宇宙の知の階層構造>なのである。

シナジェティクスとデザインサイエンスが
これからも学会や学派を形成しえないのは
直観と美において圧倒的に
先験的メタフィジックスに関与しているからだ。

牢獄への概念

破壊された構造の復旧は、次の破壊に対する新たな法則には従わない。
制度の破壊によっても、決定的に疑似的構造は生き残る。

<固体>という牢獄への概念が生き残るかぎり
人々は、一時的で疑似的構造に閉じ込められるだろう。

<固体>的構造は、牢獄への概念に置換されている。

アーティスト・サイエンティスト

その構造は、震度7以下の大地の不動性によって支えられた
表層的な知そのものであり
真理を生産するにはほど遠い<標準>であるばかりか
人々は、大地の不動性の回復を待ちながら
その構造に近寄ることさえもはや不可能であり
大地(=脱出可能な駐車場や広場)とともに揺れ動いているのである。

つねに一定の自己利益優先(建築産業のためのegonomy)なしには
成立しない構造は、
構造を<標準>として、構造を通して記号化する<標準>の生産に従事し、
それらの<標準>を生産することでしか
その構造を維持することができない。

その構造とは、19世紀から継続される建築産業を支える土地資本主義であり
ほとんどの建築家は<標準>を再生産し保護する19世紀的専門家である。

真の居住性は、イデオロギーによる人為的な不動性を打ち消し、
波打つ海のような陸に浮かんで動く船に求めるべきである。

自己利益優先から遠ざかる宇宙船の構造を
デザインし生産する方法や道具を発明する科学者は
アーティスト・サイエンティストである。

アーティスト・サイエンティストは
芸術家にも科学者にも、似ていない。
ーーーーーー水が水素と酸素に決して似ていないように。

シナジェティクスとデザインサイエンスの基本的戦略

「原理には重さがない」という科学的概念は
モデル言語形成のためのインターフェイスであり
飛躍的な構造安定性と強度・剛性をもたらす質量のないパターンを
構造デザインの対象とするのは
モバイル・テンセグリティシェルターにおける
デザインの基本的戦略である。

シナジェティクスが境界領域から生まれたわけでもなく
デザインサイエンスが学際的に形成された歴史も存在しない。

宇宙の原理が境界領域から生まれたわけでもなく
物質が学際的に形成されているわけでもないからだ。

シナジェティクスは超越論哲学か

モデル言語は、分析や解釈からは生まれない。
モデル言語はシナジーを奥深いところで性格づけている一つの現れに違いない。

シナジェティクスほどバックミンスター・フラーという創始者の
思想の解釈の過剰性から遠のいた学問はないだろう。

若きバックミンスター・フラーは
先天的認識がどのように可能であるのか
その可能性と根拠についての問う認識において
もっともカントに接近し、
当時の相対性理論の希有な理解者としてアインシュタインと邂逅する。

バックミンスター・フラーを
プラグマティズム(アメリカ合衆国の哲学)に閉じ込めた
ヨーロッパ経由の日本の哲学者たちは
自らの解釈の過剰性で時代遅れなのである。

哲学的認識のシステムとしてのシナジェティクスは
モデル言語の発見に満ちている。

モデル言語は先験的であり、現在も先験的に生成され続けている。
すべてのモデル言語をシナジェティクスモデルとして
視覚化可能にする操作主義において
シナジェティクスは超越論哲学を超えた最初のメタフィジックスである。

シナジェティクスは、重さのない自然の諸原理の発見を誘導するシステムである。

4つの無のテクノロジー

大災害時に破壊された都市のライフラインが修復されるまで
無管(有管から無管に、つまりバイオトイレ・風呂を含む複合発酵による水の完全再生)、
無線(有線から無線に、つまり、太陽光発電や携帯電話など)、
無軌道(軌道輸送から無軌道輸送に)、無柱(体育館などの軽量構造物の避難所)の
<4つの無のテクノロジー>に依存しないかぎり
生命は安全に維持されない。

都市のライフラインは、真の生命維持装置ではないのである。
平時における大企業と国家のための課金装置である。

軍隊の給水車や移動トイレ・風呂、大型テントなどは
まだ戦争機械の一部(=兵站線)でしかない。
公共インフラという社会資本は、
依然、宇宙資本(=宇宙テクノロジー)とは無縁である。

宇宙での移動のためのすべての道具と住居は
無管、無線、無柱、無軌道のテクノロジーを前提にデザインされている。
ライフラインの宇宙工学から
住居を包括的にデザインするのは、デザインサイエンスだけである。

住宅の終焉

住宅の終焉がやって来た。
震度7を複数回受けると
崩壊または、使用できない住宅から構成される都市は
生命の安全と発展を保障しない高価すぎる物質で溢れている。

都市の空間が建築空間によって開かれた場であるとするなら
そして、
構造がもはや望ましいものとして存続できないとしたらなら、
都市は消滅してしまうかもしれない。

自然が望む構造は、角度と振動に満ちている。

都市と農村における
人口のみの分散と集中の政治的経済的手法は
地震によって幾度も陳腐化されているのだ。

移動しながら生存するテクノロジー

移動しながら生存する軍事テクノロジーは
武器製造技術と相補的な兵站学を形成したが
デザインサイエンスでは
生活器製造技術と相補的で自律的な
エネルギーと食料の生産技術に転換される。

大規模災害では
エネルギーと食料の自律的生産技術が
軍隊も含めて完全に枯渇していることが明白になる。

軍隊は外部から常に支援される条件のみで内部を支援する。
移動する自律的内部はけっして形成しない。

地下資源に依存し独占するシステムに
敵対するテクノロジーを形成しやすいからだ。

概念モデル

見るためだけのテンセグリティモデルは
シナジェティクスに対して盲目となる。

テンセグリティは
発見された概念モデルからデザインされる。

純粋な概念モデルは、どんな構造にも似ていない。

放散虫やフラーレンでさえ、自然を模倣したのである。

美しい皺

<構造>という一見単純で身近な言葉の背後に隠れている不完全さを
一つ残らず解放しなくてはならない。
その瞬間的な崩壊によって、人々は圧死してきたのだから。

地震の周波数によって瓦解する脆弱な仕組み以上に
振動を拒む傲慢で虚しい概念によって
維持されたその不完全さは、
構造安定性に対して無数の思考上の断層を形成しているのである。

それに対して、自然の断層は剪断応力が岩盤の強度を上回った場合に
岩盤が割れてエネルギーの分岐点である断層が生じる。

岩盤を割ることによって、地震のエネルギーの一部を解放する断層は
圧縮応力と引張応力のいずれかまたは両方によって形成されるのである。

すべての断層は、バイオスフィアのエネルギー計算によって
動的均衡を形成している。

本来は、バイオスフィアの表皮の美しい皺なのである。

生きて動く老化なき皺なのである。

先験的思考

先験的シナジー情報は、思考からは到達できない。

先験的思考力によって獲得された全情報は
思考した人には属さない。

先験的なシナジー情報は、すでに宇宙に存在しているが
それらは、しばしば観察結果には現れない。

観察結果は
先験的シナジーに含まれない
自惚れた理論によって変化するだろうから。

先験的思考は存在するが
それを証明することは
シナジェティクスの目的ではない。

シナジーを求めて

地震学という科学では
現在の情報から全体や未来は予測できない。
観測され蓄積された過去のデータから
過去の事実を<未完成な理論>から解析できる段階にある。

シナジェティクスにおいては、
〈昨日〉の情報や方法に対して
いかなる差異を導入できのか、
一つの僅かな差異を概念モデルの<現象>から求める。
しばしば、その差異が新たな構造とパターンの発現として認識されるまでになる。

想像し得る一つの全体や未来の計画から出発して
<現在>を理解しようとはしないというメタフィジックスが前提にある。

なぜなら、シナジーはどの現在の部分的情報からも
シナジーを形成する全体情報は予測できないという無数の経験と
その経験に基づいたシナジーの発見があるからである。

『シナジェティクス』は、
エンドレスなこれらの発見のインデックスに満ちている。
『シナジェティクス』のインデックスは
未知なる分類学からやってきたのである。

全体はつねに想像し得る一つの全体を超えているがための分類学を
樹立した『シナジェティクス』は、インターネット社会が到来する前に
1975年、ディレクトリ型検索エンジンの原型を最初に書物に導入している。

☆この驚くべき方法は、つねにその内容と不可分にある。
SYNERGETICS

生活器(シェルター)の無料化

「家の中で過ごすことはできない」
「雨だけしのげればいい」
「屋根があるだけでもありがたいんだ」
地震から3日目を迎え避難者の言葉を
再び聞く側になった。

国家による無意味な数々の経済的独占行為を承認する政治的改革は
大災害から誘引される貧困を根本的に解決できないばかりか
大災害を経験した個人が
受動性の否定をどれほど極限化しても
サバイバルの独自性と自律性は獲得できないかもしれない。
税収奪の手段と化した都市のインフラシステムと絶縁しない限り。

大災害を何度繰り返しても
国家に災害救助に関する
基本的な生活器(シェルター)に関する
テクノロジーの解放はどこにもない。

バイオスフィアと調和する科学的な生活器の無料化への
メタフィジックスは、まだ何処にもない。

権力の物質化

構造としての城と城壁は
人間の生存には否定的だった。

圧縮材の集積は
統合力よりも
権力の物質化でしかなかった。

(数十億円かけた原寸大の破壊実験は
1回目で十分にその視覚化に成功した。

原爆ドームと同じように
圧縮材の破壊のプロセスの歴史を保存すべきだ。

エネルギーと対抗した構造の歴史を)

脱復旧(deconstruction)

自然には復旧はない。
自然は、より高い安定と調和を求めて
振動によって再結合(つまり、現状回復)しているのである。

振動で壊れゆく人工物を再び現状回復させるほどの
非論理性と非経済性はない。

受動性への否定は、出来事への注意から始まり
受動性の批判に至る時は、寛大さが形成される。

宇宙は角度と振動数である。
それらと対抗し、敵対する批判なき受動的工学は
圧縮材の集積である城と共に衰退する。

Gimme Shelter3

デザインサイエンスは、根源的な受動性の否定である。

しかしこの否定は、多様に存在する見せかけの堅固さと確実さに対しては
予測的として理解されるが、地震に関する権力的な予知的似非科学とは異なる。

構造とパターン

構造とパターンは相互的に直接含み合う。

シナジェティクスから
構造とパターンが分離することはない。

不完全で非経済的な構造とパターンが
大地震で完全に、そして一挙に分離される時
人々はより柱のない空間に非難し、生活している。

より柱のない空間は
より経済的で、より軽い、
安全な構造とパターンを採用している。

反形態学

形態学がシナジェティクスについて真理を語りうることは決してないだろう。

なぜなら、形態を現出させるメタフィジックスの真理を保留しているのは
シナジェティクスだからだ。

コスモグラフィーが宇宙形態論だとしても。

相補的な規範

デザインサイエンスの視点は
知識と経験の統合点であると
同時に統合する前の知識を分散し破壊する原点でもある。

デザインサイエンスは二重構造を持つ。
直接的な理性の認識を行うが、同時に全体を俯瞰し判断するという
疑似権力的なものになる。

疑似権力的な社会性を抑制するのは
予測的クリティカル・パスである。

クリティカル・パスは
ポジティブなものとネガティブなものを
等しく扱う<相補的な規範>として提出する。

いわば、電子と陽子の相補的な相互作用として。

Gimme Shelter2

日本の高度成長期の平均的な人々が憧れた
都市生活の明確な基準であった団地の2LDKを再現すると
現在の平均的な人々が憧れる
平均的な生活水準以下であると言わざるを得ない。

建築空間は、当時もそして現在も
客体化及び服従強制の方式として機能しているのである。
(住宅は、住宅ローンの支払期限と調和した期間で設計される。)

真の空間製造技術とは
権力が引き受けた生命空間の領域が破綻する方法、つまり
エネルギーと食糧生産の自律性を生命空間に導入する方法である。
この方法は、大気圏外の宇宙ステーションの設計では前提条件である。

喜びと苦痛を分離するための
空間製造技術(=シェルターの量産化)は存在する。
なぜなら、平均的な人々の税金でその開発は、賄われたから。

インテリアデザイン2

レーシングドライバーが
速さと引き替えに快適性を捨てなければならないように
軽量化のために、居住性を排除したのがアウトドア用のドームテントだ。
ドームテントは、薄い皮膜によって内部と外部を形成する。

宇宙船の居住性は、インテリアデザインとは無関係に
生存のために用意される。

自然の細胞デザインにインテリアデザインは存在しない。
外部と内部の相互作用が
階層的なテンセグリティ構造をデザインしている。

二重の生体膜の内部に独自のDNAを持ち
分裂、増殖するミトコンドリアは、
真核生物の細胞小器官というもっとも小さな宇宙船である。

真の構造は、もっとも経済的に外部と内部を同時に形成する。

人間がデザインするほとんどのインテリアデザインが
半世紀後に陳腐化されるのは
外部との相互作用と絶縁してるからだ。

人々が地下資源(ウラニウムを含む)に依存するように。

インテリアデザイン

人類最古のインテリアデザインは
自然が形成した洞窟の側壁に描かれた壁画である。

現代のインテリアデザインや家具類は
しばしば規律訓練や矯正の装置として作られる。

それぞれの配置に個人が適応するように
巧妙な方法で空間が形成される。

彼らは、球状テンセグリティシェルターの内部を観る前に
その内部空間が自分たちの生活には不利益であると感じてしまう。

<規格的なもの>によってデザインされた
自分の所有する家具類は
標準化された空間をも肯定できるのである。
ーーーーーボタンからコートが作られるように。

自動車の原型デザインは
自分の所有する馬車の内部空間の再構成から始まったが
飛行機の内部空間の形成は、
鳥の飛行のメカニズムの分析から始まった。
そして、鳥の内部には生存できる模倣すべき
洞窟のような空洞はなかったのである。

より軽くより早く<動く空間>は
規律訓練や矯正の装置からは生まれない。

モデリングと経験

原理が発見される過程は
ありふれた局所的経験が互いに移動して
統合される過程なのだ。

バックミンスター・フラーにおいて、原理が発見される場所は移動したのだ。
それはもはや理論や実験にあるのではなく、
内的で交差したモデリングとその過程にある。

そのすべての過程の観察された<構造と意味>は
非同時的にしか理解できない。

この経験こそが、クリティカル・パスの確立への根拠となる。

風がない場所から

シナジェティクス原理の実在への探究において
その実在を主観性へと疎外する心像と
実在が客観的事実から秩序を形成するためのモデリングとの
決定的な分岐点を見出す根本的瞬間が
夢や、しばしば瞑想の中にもやって来る。

むしろ、客観的事実から秩序を形成するために
その根本的瞬間が訪れるのだろうか。

その瞬間が生まれる毎に、幸福な風が吹いてくる。

風は、風がない場所から吹いてくる。
夢を見る前の場所からにちがいない。

Gimme Shelter

Oh, a storm is threat’ning
My very life today
If I don’t get some shelter
Oh yeah, I’m gonna fade away

The floods is threat’ning
My very life today
Gimme, gimme shelter
Or I’m gonna fade away

War, children, it’s just a shot away
It’s just a shot away

I tell you love, sister, it’s just a kiss away
It’s just a kiss away

Songwriters: JAGGER, MICK / RICHARDS, KEITH 1969

住居機械(dwelling machine)

動物と人間の構造における身体上の本質的な相違で
類人猿からの人類の直立が独自に問題視されるほど
建築の構造に於ける直立性は、人工物として認識される。

しかし、建築の構造に於ける直立性と自律性は
大地を除いてデザインされたことはない。
鉛直性は、その不動性と共に建築テクノロジーの産物として対象化されている。

人工物のなかでテンセグリティは
大地から自律しただけではなく
鉛直的テクノロジーから離脱して、ついに浮遊する構造として出現したのである。

地震で倒壊する危険を回避する最新の免震、制振、耐震構造といえども
より軽量化された浮遊する構造とは無縁である。

大気圏内を浮遊して自由に移動する
船舶や航空機の構造は
大地に依存しない反直立的な構造である。
直立性または鉛直性は、地表に生存する生命の
重力に対するテクノロジーの断片的段階に生じている。

直立性に基づいた不動性空間に生命の永続性は期待できないだろう。
哺乳類で唯一住居を購入する人類だけが
空間を移動する安全な住居機械(dwelling machine)を獲得できるのである。

予測できない存在

圧縮材は細長比の限界まで圧縮力に耐え
張力材は破断の限界までを許容するといった
いつも決まって定義される機能の分担を拒否しなければ
構造は発見されなかった。

機能の分割または分業から
どんな統合性(integrity)も生まれない。

圧縮材も張力材も統合性によって
限界を拡張する場合でさえ、
より軽くより細くデザインされる。

統合性(integrity)は
つねに予測できない存在である。

意識的な漸進的変化

デザインサイエンスは、個人を捕らえて、
個人が何者であり、何が可能かを理解し、
個人の果たすデザイン行為の有用性を知り、
群れの中でどうふるまうか、
そして様々な道具類をどのように配置したらよいかを知るためではなく、
宇宙と人間との相互関係から個人の思考と行動に変化を与える
意識的な漸進的変化のプロセスなのだ。

そのあまりにも意識的な漸進的変化こそ
自己のテクノロジーの反映である。

入学式

いつ監視されているか、いないのか分からないままに、
すべての方向から監視されている監獄建築(=パノプティコン)以上に
われわれは、監視され矯正される社会構造の一員になる日から
逃亡する最初の機会は、
父兄が円形状に監視している入学式の午後である。

そして、森の中で、
できれば海の上で、
シナジェティクスを開始する日なのである。

不可視の視覚化

<構造とパターン>という数学概念の背後に隠れているものを
シナジェティクスによって発見し、
モデリングによって初めて形成されるモデル言語と不可分な視覚化とによって
解放しなくてはならないのは、
それまで不可視であった<構造とパターン>は
モデル言語自体で語ることは困難であるが
それなしでは視覚化することさえできないからだ。

概念の牢獄

シナジェティクスを学ぶと
ある種の学生には
驚きを打ち消すための錯乱が発生する。
10歳以下の子供にはほとんど見られない現象である。

自分たちを教育したそれまでの学習方法を肯定するために
そして、専門化への分断化を陳腐化するすべてのプロセスに
敵意を抱く習慣のある学生たちに発生する
無意識的に隠されていく錯乱ほど
自己弁護に塗れた<概念の牢獄>はない。

<概念の牢獄>への若き伝道師は
計画的にそして経済的に無数に作られる。

大脳生理学的な理論に基づいて
イニシャライズが手遅れになるように
その錯乱は、個人的で主観的で
そして、局所的に終わるのである。

知られざる『シナジェティクスvol.3』

シナジェティクスにさらに未知なる原理を導入するために
シナジェティクスの思考を問い直すということは、
バックミンスター・フラーの遺産であるアーティファクトの現実的な不可欠な破壊や解体、
そして別な次元への転換と応用、
こうしたものへと自発的に到るような何かを経験することを意味している。

例えば、私には、
ジオデシック理論(球面上の2点間の最短距離の前提の否定)の破壊、
テンセグリティ理論(圧縮材の不連続性)の解体、
シナジェティクスモジュール理論の拡張と更なる一般化などが可能かどうかの
挑戦と実験を繰り返すことを含んでいた。

フラーなき最初の時代に、幸運にも私の挑戦した諸結果を直ちに最初に評価したのは
半世紀に及んだ『シナジェティクス vol.1&2』の編集者アップル・ホワイト氏であった。
それは、彼が3日間の私のシナジェティクスワークショップに参加した時である。
(バックミンスター・フラー研究所が主催した1980年代後半から90年代かけて始まった
このカリフォルニアでのいくつかのワークショップには
当時のすべてのフラーの後継者たちが世界中から参加した。)

フラーの遺言で彼は、シナジェティクスの編集権を単独で継承していたが
驚くことに『シナジェティクス3』の編集にすでに関与していた。
その編集のために、私にコンタクトしてきたのである。

『シナジェティクス3』を未完のままで終わらせたくはなかっただろうが
後に彼は健康上の理由でその編集作業を辞退してスタンフォード大学に委託した。
現在デジタル化の準備がなされている。

レイマンとして自己規定したアップル・ホワイト氏は
『コスモグラフィー』(白揚社 2008)の日本語版の編集協力者でもある。

シナジェティクスの技法

シナジェティクスの探究というものが
もっぱら新しい幾何学上の知識の獲得のみへの
願望によって遂行されるならば、
そうした探究にどれほどの価値があろうか。

真理を発見する技法が発見されたとしても
それは新しい幾何学上の知識によってではないからだ。

(もちろん、バックミンスター・フラーはそれを発見していたが
遺書となった『コスモグラフィー』(白揚社 2008)には
不完全であるが記録されている。)

許容の限界

学習は、許可と禁止という分割思考によって征服され
認識には、最適と見做される平均的思考方法が定められ、
行動に関する許容の限界が無意識的に形成される。
(例えば、シナジェティクスが幾何学として、
デザインサイエンスがデザイン学として専門分化の限界内で認識される。)

こうしてた学習方法と擬似的な思考の構造は、表裏一体となる。

許容の限界は
ついに<個人的な選択肢>として受容され続けている。

こうして、両親の愛情と共に
人間の直観と詩の一行は去っていく。

集団で作動する多様なこうした力関係から
絶縁するテクノロジーがシナジェティクスである。

テンセグリティ・ストレス

圧縮材の細長比が適切であれば
テンセグリティの自重や外力から生じるすべてのストレスは
張力に変換される。

真の構造では、ストレスはなくなることはない。
そのストレスで構造はより強化されていく。

しばしば局所的に
その対称的な均衡が減衰しているように見えるだけである。

テンセグリティ・ストレスは
結合力に変換される。

破壊する知

シナジェティクスは
デザインサイエンスに相互作用するから
シナジェティクスを優先することによってではなく
あるいは、シナジェティクスは
有用だからシナジェティクスを応用することによってではなく
シナジェティクスは
何らかの<破壊的な知>を生み出す。

少なくとも、それは
誰かかが誰かを教えるための、
あるいは
誰かから何かを学ぶための<知識>ではない。

そういう関係さえも破壊しながら
<統合していく、動く知(integrity)>である。

相互作用

デザインサイエンスが
プロダクトデザインや
インダストリアルデザインと異なるのは、
デザインサイエンスが
シナジェティクスと相互的に直接作用するからだ
——–より加速度的に、より経済的に、より軽量に、
そして、より数学的に、より包括的に。

沿岸部文明

お金を稼いだ結果、喜びをとても遠くにまで探し求めなければならない。
火星計画は、ひとつの答えだった。

より幸福であるためのモバイルは
重要な遺伝子の複製の結果だが
デザインサイエンスは
大気圏内宇宙へのモバイルで十分である。

80%の人々はまだ沿岸部で
生まれて死んでいる。
沿岸部文明の人生は、まだ静止的で固体的である。

エネルギーと食料の生産技術を奪われたインターネット社会は
閉ざされた行動力の代用品にすぎない。

Cosmic Integrity

デザインサイエンスは、アメリカにおいても
それ以外の世界にあっても
学的党派性を陳腐化しながら存続しているのは
バックミンスター・フラーが自ら
学的党派性を否定して行動していたからではなく
宇宙の知的存在に対する信念(faithful to cosmic integrity)を
疑わなかったからである。

デザインサイエンスのクリティカル・パスには
バックミンスター・フラーの偶像化を否定するプロセスがある。

——それは、独創的なシナジェティクスモデリングによって
非局所的な過程を乗り越えるプロセスでもある。

その同時的かつ非同時的で
多様な<cosmic integrity>は
重さのない一つの構造とパターンに変換可能である。

テンセグリティとは何か

形態というものがある種の表層的な作用にすぎないこと、
時と空間の中で生命と非生命を先験的に支えている
構造システムであることが発見された後に
テンセグリティ理論が形成された。

まだ実用性がないというエンジニアリングに無関心な
建築家の思い上がりや
コッホの細胞理論の破壊にも関わらず
タンパク質で形成された構造システムが
すべての細胞において横断する
システムの究極のエフェメラリゼーション。

いたるところのありふれた物質から
圧縮材と張力材を合成するこのモバイラーたちに
知性の境界線は存在しない。

生活器というマニホールド(Manifold)

デザインサイエンスを直接に実践する代わりに
シナジェティクスについて語るよりも
シナジェティクス言語を語らずして
デザインサイエンスについて語れないよりも

シナジェティクスをなぞって
デザインサイエンスを
デザイン理論だと思わせる人々は
生活器には無縁である。

バックミンスター・フラーの最初の量産型のデザインは
ジオデシックドームではなく
トイレ付きのバスルームだった。

エンジン以外でマニホールド(Manifold)を使用した最初のデザインだ。

移動する外部

外部の事物を若返らせ
同時に自己との関わりを変容させるのは
思考ではない。

認識対象の領域を拡張する手段としての
シェルターで移動するか
内部から移動する外部を観察する方法によるのである。

シェルターがジオスコープ化するこそ
移動する外部そのものである。

シェルターは
バイオスフィア内部の静止衛星である。