内部被曝人口

経済的・政治的問題として〈内部被曝人口〉の問題が浮上した。

軍事的な研究としての内部被曝人口であり、
被曝者の医療或いは
医学的対象としての人口であり、

さらに、地下で増大し永続する核分裂と被曝人体実験の研究資源として
その人口制御の可能性との間の経済的・政治的均衡関係において
捉えた内部被曝人口である。

そして、その事実は隠蔽された。

原子力発電の利用が不可欠としている国際エネルギー機関(IEA)による
「エネルギーと気候変動の構図を描き直す」ために
世界の平均気温の上昇を2度以内に抑える
非科学的な政策を、共産国も批判しない理由と共に。

トリチウム梅雨入り

日本列島には、今年から第2の梅雨入りが始まって

まだいつ開けるか、誰にも分からない。

ーーーーーーーーーあまりに鬱陶しい日々に、ついに

ブログの工事を始めることにした。

10年分のテキストの引っ越しを管理者に依頼して本日完了。

 

元素存在比

セシウム137は、第2次世界大戦中の核兵器の爆発実験と
その後の原子力発電所からの放出物によって生成されてきた。

核実験と原子炉の爆発によって大気圏に放出されたセシウム137は、
すでに水に吸収された。

自然は、70年前に始まったセシウムの元素存在比をけっして許容しないだろう。

自然が許容するなら、人類の存在理由がリセットされる時のみだろう。

静かなありふれた場所で

水蒸気雲は
人体を包囲して、服従させる
壮大な被曝実験と見なしていいだろう。

これは、50年代の核実験から
すでに科学的に調査されている。

静かなありふれた場所で
人々は死んでいく。

物質的破綻

暖を取るために家具を燃す以上に
ウランを分裂させて暖を取るほどの
物資的破綻は
宇宙では存続できない。

地下資源の独占する連中が
人間に対してよりも
さらにバイオスフィアの内部被爆も
配慮していないほどの危機があるだろうか。

プライムデザイン再考

シナジェティクスにおいて
容赦なく幾何学と分離する時間は、むしろ
デザインサイエンスと融合させる活動をより明晰に包括的なものにする。
こうした時間はプライムデザインの主権を
実践的だが、脆く、妥協に満ちた不確定的なノウハウと呼ばれる
知的習慣から奪い返すことができる。
デザインサイエンスの概念には
これまでの知的階層構造を無化する
反権力的思考が含まれる。
デザインサイエンスは、建築とはその起源を異にする。

手続き

憲法違反とする学者による権力メカニズムの分析が
権力に関する理論を形成している。
たとえば、その分析をする学者が属する組織は
いくつもの手続きからなる総体から
組織された権力の一部である。
そして、NHKが、今年からあからさまに
国会中継を同時に中継はしていないように
彼らに非同時的な編集権を与えたのは
いくつもの手続きからなる総体である。
暗黒時代は、無数の手続きからなる理論から形成されている。

科学的執拗さ

シナジェティクスモデリングとは
モデルの現実的なモデル言語の破壊力によって
別なものへの相似なきその転換方法と
それらに到る過程を経験することを意味している。
その目的から
自己と宇宙との相互作用を除外するかぎり
宇宙における知の獲得のみを目的とする
科学的執拗さを肯定する価値観とは無縁なのである。
その科学的執拗さは
みごとな知的奴隷層を形成していることは明らかである

自己へ

自己自身を知らない政治指導者と
他者へ配慮よりも
自己への配慮を欠いた科学者たちが
国防のために
自らの命を捧げた歴史はない。
権力はもっと知的だ。
自らを分断し、分裂しないために。

対比的存在へ

張力材は、まだ圧縮されない圧縮材を攻囲し、
圧縮力は、張力を介して、またそれらを通して形成される。
張力も圧縮力を拠り所にして形成される。
この相互作用が、<部分からは推測できない全体システム>を形成する。
このような相互作用は
まだわれわれの社会構造には存在しないのではなく
権力は、権力を持たない側を包囲し、抑圧し、
その抑圧力を拠り所にし、
その抑圧力が統治力を生むシステムとして
歴然と構築されてきたのである。
それらの違いは
圧縮材と張力材は、互いに非鏡像的な相補性を
形成する純粋な対比的存在であるが
権力とそれを持たざる者との対比は
大多数の人間のなかに曖昧に共存している現象にある。
たとえば、
大多数が互いに無関心な状態が、圧倒的な支配力に変換され、
抑圧的被曝を自ら絆と言い換えるように。

境界線

人間が自由に行動することの限界よりも
超えることができない境界線が
つねに自由を制限していることを知ることから
自由への行動を拡張できる方法を
知ることができる。

紫外線

メルトアウトしたウランが
地下水と接触して発生する複数回の水蒸気爆発が形成する
低空で地上を覆う重いトリチウム雲が
日本列島全体を
紫外線の低下によるカビの活発な繁殖に至らせるまで
半年以内であった。
バイオスフィアの反撃は
権力以上に包括的である。

監視技術

偽りの安全を維持するには
監視技術により依存するだろう。
群れの外から見るテクノロジーの起源は
自己を外から観る行為にある。
監視技術の開発者は
もっとも分裂的で危険な立場にいる。

夕焼けもなく

夕焼けもなく、夜がやってくる。
太陽のない昼間がやってくる。
短時間の気候の変動から
生存をかけた闘いが始まる。
ウラニウムと自然との関係を知る過程で
その現象が不可欠であったとしても
それから逃れる闘いが人生で始まったのだ。
それを解決できるという権力の
傲慢さに従う人々は、強制されたのではなく
ただ生きているだけである。

天気予報

紫外線量が減少して
植物の光合成が激変するばかりか
住宅内部でカビが大発生してきている。
これほどの大量の水蒸気雲が
気象に影響する前例を気象学者は知らない。
もちろん、統計学に基づいた
天気予報にはまだ反映できていない。

野性的なモデリング技法

モデリングとは本源的な思考による
受動性の否定である。
しかしこの否定は、
多様に先行する概念に対して
実践的な作為として理解されるだろう。
けれども、隠れた意味を探し出すことから
概念の破壊へと向かう野性的な技法でもある。
モデリングの技法の劣化の始まりは
美的な基準に基づいたモデリングを目的化したときである。
手は、他者の退屈な思考言語の破壊装置である。

通過点

正しいと解釈し主張する社会は、私のすぐ傍を、
溶岩流のように、塊となって通り過ぎていく。
その前に、そこを立ち去らなければ、
残されたすべての人々は
絆と共に、燃え尽きてしまうだろう。

構造

重力に依存しない構造こそ構造である。
つまり、大地に自重を流すことで
自立する構造は、構造とは言えない。
テンセグリティよりも前に
構造は存在していなかった。

放射エネルギー

権力と放射エネルギーは
相互的に直接含み合う。
統合するよりも分断するには
放射エネルギーが必要だ。
しかし、ウラニウム100トンは
権力構造にも放射し過ぎている。
彼らが黄昏れるには十分であるが
彼らとはわれわれの思考方法のことでもある。

反対称性へ

圧縮力は、〈それを受ける側〉を攻囲し、
その受容する側を介して貫かれる。
その時、その圧縮力は圧縮される側を拠り所にする。
さらに、その相互作用から受ける側が、
圧縮力を加える側への反作用を拠り所にし始める時は
互いに未だ鏡像的なのだ。
作用と反作用からは、何も生まれない。
しかし、圧縮力によって張力が形成された場合
真の反対称性が存在する。
それらは、鏡像的ではなく相補的な存在へと変換されている。
この概念を理解する過程では
シナジェティクスモデルが発見された後に
理解されるという独自なメタフィジックスがある。

モノコック

構造から構造を形成していない要素を
構造自身から引き剥がす限界経験という概念なくして
テンセグリティ構造は生まれなかった。
シェルターほど、その限界経験を
直接的経験として再現されるものはない。
モノコック(monocoque=1つの殻や貝殻)は
まだ限界経験を経由していない過渡期の
産物だ。
例えば、鳥の卵や航空機はモノコックボディであるが、
モノコックによる構造の巨大化は困難だ。
原子核構造は、モノコックではない。
むしろ穴だらけで不連続である。
自然は、モノコックによる構造のナノ化も困難である。

非選択的

食料がなければ、1週間で飢死にする。
水がなければ、3日で死に絶える。
空気がなければ3分で窒息する。
トリチウムの水蒸気を吸って生きると
癌になるが
食料も、水もあるから
未だマシかもしれないが
その場合は、死に方が選べないのが欠点だ。
この非選択的情況こそが生命の危機である。

宇宙の構造

構造とパターンを開発するとは
真理の探究ゲームにおいて、自己自身の変化の峻烈な試練として
構造とパターンを発見するという結果に終わるはずである。
他者のための生活空間を目指して
建築的方法を独創的な方法で占有する
という目的に始終してはいけない。
建築的方法は、ほとんど権力的な知性から
編み出されたものだから。
宇宙の構造は、より重要な部分をけっして形成しない。

放射性水蒸気

放射性水蒸気はついに
夜空の星々を消してしまうほど
濃度を上げている。
岩石圏と大気圏での拡散を
防止するテクノロジーを開発する間は
シェルターに移動する必要がある。
猛暑の原因を科学者が公開する前に
行動することが
いまやもっとも科学的である。

追従者

放射性物質に追従する者たちの
道徳的態度は
言葉の技術に始終する。
他人を騙す技術で
彼らは互いに連帯を作れるのである。

放射的方法

権力構造はつねに放射エネルギー的である。
そして、下から支えられるのである。
家族や、工場や、規律や制度によって。
ついに、放射エネルギーは地下から吹き出したのである。
それは、権力テクノロジーの危機ではなく
下から支える方法の終焉なのだ。
自らの生命を保護できなかったのだから。

夜の霧箱

地下からの吹き出す地上最大の解放系霧箱における
鮮烈な発光のはじまりは
今後100年間の放射エネルギー(α線、β線、γ線)の
絶え間ない開始を告げている。
この無限とも思える夜の果てから
人間を再開するためには
崩れ落ちる人間の終末が存在しなければならない。

β線上の日本列島

満月は赤くかすみ
星々は輝きを失い
朝日は、霧で拡散し
落雷は、地上に届かないまま
猛暑の真夏に雹が降る
その日が
やって来だのだ。
これらの外部環境の短時間の変化をだれも予測できなかった。
生命の内部環境の変化とその加速度はだれも想像できないだろう。

トリチウム説

β線の測定器は高価で誰も買えないから
赤道直下よりも日本の夏の方が暑い気象現象を
大気に異常な水蒸気が停滞している事実と共に
科学者はそれらがトリチウムが原因でないことを
科学的に説明しなくてはけない。

有用性

シナジェティクスが形をデザインすることなどあり得ない。
現実性を専門性と引き換えに失ってしまった人々が
<有用>な形を求めることになる。
彼らは、そうすることでシナジェティクスを
そうでなければ、堕落した幾何学の回復のために
工学的に見せたいだけだ。
それが、他の人々の判断に委ねるためだとしても
有用性は人間だけのものではない。

服従と強制のシステム

他人に利用されて時間を無駄に生きる経験から
他人を利用して時間を有効にする経験を
自慢する人間を生む
永久に果てない格差システムを考える時である。
派遣労働が
より微細でより計画された調節の企てから
生まれたにしても
搾取と強欲に染まった幻想が
システムを動かしている。
搾取される側と搾取する側が
同じ幻想を共有するように。

自然の構造デザイン

面構造システム、フレーム構造システム、ジョイントシステム
といったものがあるわけではない。
フレーム構造が面構造に取って代わり
また、ジョイントシステムがフレーム構造に取って代わったというのでもない。
これら三つの面、線、点に関する個々のメカニズムは
相互に作用する複合的な構造であり、
その中で変わっていくものは
それらの相互作用を見抜いて単純化された
構造に関するテクノロジーだけである。
つまり、自然が採用した構造を学びたければ、
テンセグリティ構造から始めるべきだ。

ノード

結合角度を統合的にかつ動的に
向上させることができるのは
テンセグリティが
ジョイントレスであるという理解は
多面体が固体(Solid)として見立てる習慣と変わらない。
テンセグリティジョイントは
圧縮力と張力を相互変換する重要なノードである。

人工気象

今年の夏は、雲が多く
霧の日も多い。
圧倒的に、湿度も増加している。
これは、地下での100トンものウラニウムの
存在と無関係であるはずはないだろう。
そのウラニウムはこれから一体
何トンの雲を発生させるのだろうか。
この気候が、1世紀も続く時
オリンピックを思い出す人類もいないだろう。

戦略的なゲーム

バックミンスター・フラーの後継者の見解にすぎないとされることが多いのだが、
<テンセグリティは美しいが、建築空間には使用できない>という
建築コードのユーザである建築家たちの考え方は、
私の考えとはおよそかけ離れている。
建築とは戦略的なゲーム(国立競技場の場合がそれを物語っている)のことであり、
テンセグリティが、最初の科学的構造であるということは
誰もが解っているはずのことである。

シェルター

シェルターについては、
〈所有する側と〉と〈所有しない側〉との対比や、
格差モデルや生産性の優位性を放棄しなければならない。
航空機がデザインされるときのように
安全性と軽量化によるモバイル性が
土地資本主義からの脱出手段を決定づけるのである。

自己複製

自己規律に反した従属的態度と
経済的自己複製から生まれる陳腐な詭弁
それらが、被曝後に著しく顕著になったのは
政治家だけではない。
地下で解放された2機の原子炉が
地下水と触れて水蒸気雲を吹き出している
事実を受け入れられない
すべての人々のエネルギーは
つねに、放射的である。

対比的構造

張力に統合力は内在する。
圧縮力も外在的なものではなく、
構造に生じる圧縮力の不均衡の結果としての張力作用が
やがて両者が相補的に等価の構造を生成する内的条件となる。
そして、稀に、圧縮力と張力は閉じた構造で対比的に調和する。
その構造とパターンのメタフィジックスの起源は
テンセグリティに始まる。
それは第2次世界大戦後だ。

軸角(axial)

幾何学でもっとも衰退した角度の概念は、
軸角(axial)と2面角である。
ダビンチの時代に一度復活したのは球面幾何学と共にである。
Axial 上反角は、飛行機の翼の水平面から上方に上がっている角度であり、
自動的に水平姿勢に戻す作用がある。
横揺れ安定性を向上させるのであるが、
人間にとっても身体中心部と言う意味がある。

砕くために

図と地が同時に見れないように
圧縮力と張力を同時に
理解できないという認識こそ
自己以外の何者も必要としない
自己の統御を砕く
テンセグリティにふさわしい思考である。
つまり、足場のない相互作用の
最初の創設システムに向けられる。

網膜を超えて

小さな要素の集合体として描く構造分析方法が
張力の統合作用を除外していても
誰も気にとめなかったのは
全体が部分の集合ではない存在を知識以上に見れないから
〈テンセグリティ〉という存在の明白さによって
すっかり盲目にされてしまったからかもしれない。
相補的であれ、補助的であれ、
張力の機能が熟考されないままに
人体も、細胞も、住宅も、
そして、太陽系も
意識の背後に残されてしまう。
網膜を超えて熟考する時に
真の構造はやってくる。

モデル言語とシナジェティクス

シナジェティクスを理解して自分の知識にしようとする
段階の好奇心からではなく、
自己からの離脱を試みるシナジェティクス・モデリングは
すでに形態(form)ではない。
操作主義的モデリングに極意などは存在しないが
モデル言語の言語化は一般化できない。
—————自己からの離脱以外に。