月別アーカイブ: 2008年5月

最後の消費者

既製品は過剰生産された。
靴も冷蔵庫もパソコンも。
しかし、必要な環境はデザインされなかった。
惑星地球の最後の消費者になるには、
既製品をアセンブルするノウハウだけでは不十分だ。
目的論(ノウホワイ)が必要だ。
全宇宙のエネルギーは増えも減りもしていないのだから。
   

最後の実験

物理学はメタフィジクスに包括される。
宇宙はそのメタフィジクスを包括する。
それだけではない。
宇宙は自然に包括される。
それだけではない。
シナジーはその宇宙を包括し、さらに自然を包含する。
科学は1950年代の一般システム理論までシナジーを思考の対象にできなかった。
同時に、シナジーを超える存在を思考の対象外にした。
そして、この思考法が存続するかどうかはまだ実験中である。
このお金のかからない最後の実験を
専門家に委託してはいけない。

仮想水

文部科学省総合地球環境研究所によれば、
輸入農産物をすべて国内で
生産したと仮定して、
米1トンの生産に6000トン、小麦1トンに
3000トン、
牛肉1トンに20000トンの水が必要である。
日本人の仮想水(バーチャルウォーター)の輸入量は実に大きい。
しかし、人間一人は一生でいくらの水がいるのかを最初に計算するのを忘れている。
二酸化炭素の排出権のように、
これからは仮想水の高い人間の仮想水権を売り買いすることになるだろう。
これが穀物の価格に反映されるにちがいない。米はもっとも高価になる。
天然の気体や液体は地産地消にできない
最大のモバイル化学物質にデザインされている。
これらのモバイルする反地消地産品こそが
資本主義がオークションしたい最後のバーチャル天然資源だ。

玄米玄想

玄米だけを食べ始めるとだれでも3日以内に体に劇的な変化が起こる。
3日間断食すれば、さらに長年蓄積された化学物質が
宿便とともに大量に排出される。
この急激な変化によって、だれでも玄米が合わないからと感じてしまう。
けっして自分の体に原因があるとは思わない。
自分を内部からも外部から見ることは不可能だが、
食料自給率から私の体の半分以上はすでに外国産である。
思考法を変えたければ、読書や音楽、ファッションや部屋のレイアウト以上に
食を変えるのがもっとも効果的だ。
つまり、玄米を食べない習慣は生活を無意識によりフィジカルにしていたのである。
パンとミルクとチーズと肉があれば、
気分が安定する日本人はかつての富裕層に多かった。
食を通して日々の習慣が標準化されているにすぎない。
食は知の標準化のための規範となりやすい。
これはわれわれの弱点だ。
(給食とマクドナルドで簡単に子どもの思考を支配できる)
玄米は稀有な完全食である。(それ以外の食に依存しなくても健康を維持できる。)
しかも、短期間に幻想を解毒して、
自分を外部と内部から見る玄想で満たしてくれる。
玄とは万物の根源としての道(Critical Path)である。

キャピタ

北極圏の天然資源争奪戦には
もっとも分かりやすい資本(capital)=自己増殖する価値の運動体
の定義が関与している。
簡単な金儲けが好きな1%にとって
エネルギーを略奪する以上に安定した安全な資本はない。
資本(capital)とは<牛の頭(capita)>であった。
頭蓋骨からエネルギーまでの間には土地があった。
頭蓋骨とエネルギーはもはや非鏡像的である。
この非論理的な概念の変遷こそが自己増殖する価値自体の危機を
招いているのである。
奪えるモノがあればなんでもいいいのだから。
彼らは温暖化による食料危機対策からやがてミトコンドリアの
DNAを独占するだろう。
光と空気と水があれば、自己増殖する価値の運動体に
強い近親憎悪を感じるにちがいない。

99%

包括的な学習方法は、専門化教育よりも短い時間で問題に到達できる。
包括的とは自発的な学習であり、その99%は環境の整備である。
環境とは自分を含むすべてだから。
残りの1%は自分を含む宇宙のすべてだから。
モンテッソーリとバックミンスター・フラーの教育論は包括できる。
両者は真理だから互いに矛盾しない。

目的論

芸術家は美学を語る。
美学は芸術家のために作られたからだ。
しかし、魚が漁師のために存在していないように、
原理は科学者のためには存在しない。
そして
人間はエコロジーを使い回しているが、
エコロジーは人間のためには存在しない。
美学よりも単純なこの目的論を
頭脳バンクはけっして受容しない。
地球外でも使用可能な為替(レート)だからだ。

ダイエット

ダイエットであなたは軽くなる。
65億人がダイエットしても
地球は軽くはならないのは、
ひとつの岩石が太陽系で完全なように、
地球システムが完璧だからだ。
どんなに経済成長しても
人間が期待する地球システムに
改善できなかった。
模倣さえできないかぎり、
成長も破綻も時代遅れだ。

専門分化

子どものピアニストはいても
子どもに科学者はいないことになっている。
表現の専門分化は認めていないが、
知識の専門分化は受け入れている。
しかし、表現力を伴わない科学的思考はないし、
論理的思考を伴わない表現力もない。
子どもの包括的思考力なくして、
ピアニストも科学者にもなれないだろう。

危険な固体概念

飛行場に置かれた航空機は
マグニチュード 7.8では破壊されていない。
耐震や免震のテクノロジーは柔らかい構造にある。
原子や分子は、気体、液体、結晶質(教科書では固体と呼ばれる)の順に
より小さく振動している。
だれも振動を止めることはできない。
テンセグリティは、もっとも強度のある柔軟な構造である
なぜなら、原子核構造はテンセグリティ原理が発見される前から
柔軟な構造であったから。
バイオスフィアの人工構造物に潜む固体的概念は、
不適合であるばかりか間違った永遠性を偽装する。
自然は固体をデザインしたことはない。

自然資本主義

既製品を使えとバックミンスター・フラーは言った。
われわれの身体も92の元素という既製品でできている。
レゴと異なるのは、その構成部品が絶えず外部の既製品と
交換されていることだ。
テンセグリティ・シェルターのデザインが
既製品のアセンブルに成功すれば、
すべての構成部品は絶えず外部の既製品と
交換できるだろう。
これはもっとも効果的な自然資本主義である。

マインドから

技術は道具から、
道具はアイデアから、
アイデアは概念から、
概念はマインドから、
生まれる。
しかし、
なぜマインドを授けられたか
を考えるまえに
言葉は概念から作られている。
だから、
概念は科学をも欺くことができる。

ダウンロード

移動できるモノ以上に移動できるコトも富だ。
モノを超えたコトに関心がある
多国籍企業(グランチ)は第2次世界大戦以後
土地にはまったく無関心だった。
ガソリンや水はまだインターネットから
ダウンロードできないのが彼らの悩みだ。
悩みにも半世紀以上の格差がある。

移動物質

食料は石油に依存している。
だから、1リットル160円のガソリンは高すぎる。
生命は水に依存している。
だから、ペットボトルの天然水はガソリンよりも高い。
移動できる家畜は、最初の貨幣だった。
この貨幣には柵が必要だった。
人々が柵のある土地の所有に明け暮れている間に、
移動できる有限な物質は、何でも高くできようになった。

スローな水

水はもっとも温めにくく冷めにくい物質である。
宇宙全体から見ると液体としての水としての存在量は少ない。
淡水は雲から生成されるが、雲は森が生成している。
森はもっとも温めにくく冷めにくい有機体である。
地球の全水分量の1%以下の淡水が、
原油のように投機の対象になるのは時間の問題だ。

スカイプ

この瞬間にスカイプを使っている人類は1千万人もいない。
電話を使ったことがない人類はまだ40億人以上もいる。
世界中を旅してみよう。
飢餓が殺人であることに気づくだろう。
教育が奴隷化であることに気づくだろう。
都市は、淀んだ未来にすぎない。

断食

飢餓によって、身体がエネルギー不足と判断し、
身体組織が破壊されるのは医学的事実だ。
しかし、エネルギーが不足して病気になるよりも、
エネルギーの過剰が病気を作っている場合が多いのも事実だ。
生まれる前からの過去の恐怖心から
断食すると栄養不足になると考えている。
断食によって代謝が変わり、脂肪から脂肪酸をつくり
それをエネルギー源にできる。
断食は、恐怖心からエネルギー摂取を続けさせる
マインドコントロールから絶縁できる
もっとも簡単な自己修復プログラムである。
断食の最大の快楽は、
自己修復された食べない自由にある。
意図的に断食できるのは人間だけだ。

地産地消

都市も農村もエネルギーの利用とそのデザインは、最悪である。
だからといって、バイオスフィアが地産地消で暮らした日は一日もない。
バイオスフィアの全エネルギー収入は太陽に依存している。
44億年間もある時払いの催促なしだ。
地産地消のエコロジーは、地球人のうぬぼれだ。
全エネルギー収支の表示偽装にすぎない。

反対称性

科学者にとって、
宇宙が自然を包括し、
自然がシナジーを包括している。
しかし、バックミンスター・フラーにとって
自然は宇宙を包括し、
シナジーは自然を包括している。
私は、これほどの知性(ブレイン)とマインドの反対称性を知らない。

無為自然

問題がない人生をめざすほど非現実的な考えはないだろう。
その結果、われわれは問題を遮断しようとする
強い傾向を持つようになる。
(お金が問題を解決できるユニバーサルな唯一の解決手段だと
教育される。実際、日本人の100人に一人が、億万長者である)
自然は、宇宙の諸原理によってシントロピー的に問題を解決する。
その結果、自然は<無為自然>(do everything with nothing)に
到達している。
われわれは、努力とお金以外の問題解決方法を遮断してきたので、
自然を再生できるという人間のうぬぼれた努力から
けっして<無為自然>には到達できないだろう。
問題がない人生をめざして努力すればするほど、
エントロピーは増大しているからだ。

宇宙のテクノロジー

地球は内部に核分裂の原子炉を持っている。
ウラン以外の金属資源は、一度使用しても回収・再利用できる。
だから、地球を構成する重い元素による核分裂反応は地球のコアに移動したのである。
地球誕生時に既に構成物として存在した始原核分裂生成物(核種)と、
重い核種の自発核分裂反応と中性子誘起の核分裂反応により生成した核種がある。
これらの天然核種とは別に、第2次世界戦争から始まった
人類の原子核構造破壊活動(=間違って太陽系内の平和利用と言われている)
により新たに追加された人工の核種がある。
人工の核種はすべて地球表面で増加している。
これは宇宙のテクノロジー(=資源の偏在化)に反している。

ノズル

宇宙に存在するすべての化学物質は、
宇宙にとって不可欠な物質である。
宇宙は、拡散した物質を収集するよりも
ノズルで集中させるテクノロジーを採用している。
たとえば、金属鉱脈や石油天然ガスなどは局所的に集中している。
人類に利用可能なように有用な元素を濃縮させた場所をつくり出している。
資源の偏在性はテクノロジーである。
汚染とは選択的ノズルのない拡散だ。

失業

失業者が5%を超えてはいけないシステムを
こしらえた人たちにはノーベル賞が与えられてきた。
最近、人間には見えない気体分子を炭素税ビジネスとして考案した
経済学者にもノーベル賞が与えられた。
宇宙に失業している分子や原子は一個もないエコロジーを発見した人に
ノーベル賞は与えられなかった。
宇宙の目的を理解することはノーベル賞の対象外である。

生産過剰

バター、小麦粉、ガソリン、そして電気代も値上したのは、
原油高が原因である。
これまで、バター、小麦粉を値上げしても、
原油高にはならないという前提があった。
しかし、トウモロコシから事態は変わったのだ。
トウモロコシを値上げするとガソリンも値上げできる。
あらゆる植物はエネルギーに変換可能だからである。
食料が生産過剰だからでもある。
そして、すべての過剰をつくり出すのも
過剰を不足に変換するのもテクノロジーであるが、
重要なことは、エネルギーは増えも減りもしない
という宇宙原理である。

花見

山桜はやっと散ってしまった。
葉が出そろう前に花が咲くから
桜を開花から春が始まる貴重なシンボルとしてきた。
しかし、メタボリック的に見れば、
開花を支えるエネルギーは前年の秋までの光合成に依存している。
葉が出そろった後に花が咲くまでの過程に
低温な季節が介在しているだけである。
春の始まりを象徴させる桜の開花時期の社会的基準は
競技場の円形トラックでもっとも遅れて走るランナーを
先頭のランナーだと勘違いする
周期的なタイムラグから発生している。
自然のエネルギー会計収支には、
人間の経済活動の会計収支とは
異なった様々な周期的パターンがある。
この惑星のメタボリックデザインでは、
花見はいつでもどこでもできるのだ。

反デザイン

圧縮力と張力という純粋な2つの機能に分離するまで、
構造は発見されなかった。
統合は2つの機能をハイブリッドにすることではない。
純粋な2つの機能の分離を解消することではない。
分割し、分離すればするほど、
より統合されるシステムが最初にデザインされている。
これは工学ではない。
まして人間のデザインではない。
純粋な構造はつねにテンセグリティとして発見されてきた。