月別アーカイブ: 2009年2月

隠された作用点

沖縄が第2次世界戦争の兵站線にとって重要な海軍基地であったように、
日本は拡大する第3次世界戦争の重要な軍事的支点(レバレッジ)を
担ってきた。
この支点はアメリカが完全に維持管理しているが、
その膨大な経費は日本人がアメリカ国債で支払っている。
軍事的支点で軍事費のための資金洗浄力(マネーロンダリング)は
最大となっている。
なぜなら、アメリカ国債の現金化(そして、偽ドル製造の摘発)は、
政治的レバレッジで不可能になっているからだ。
軍事的支点が第2次世界戦争の終結ならば、
郵貯銀行の無限融資化が第3次世界戦争の開始に不可欠な作用点である。
現在の長引く経済的不況は、この作用点を隠すには最適だ。
偶然に見せかけた現実は、映画以上のシナリオで遂行されている。

現実

概念に重さはなく、
現実は、物質的である。
概念は、超物質的であるが、
観察し、観察される存在は、
すべて物質的である。
自己は、超物質的であるが、
自己を観察するすべては、物質的である。
情報を行為に変換するのは、
自己である。
これ以上の現実があるだろうか。

メタフィジクス•カメラ

軍事衛星から望遠レンズで撮影される地球全土の高密度な映像は、
球状に連続され続けている。
しかし、人間は自分を外から見ることはできない。
また、外側のすべてを同時に見ることはできない。
言い換えれば、内部からと外部からの2種の720度の視野角は、
人間には非同時的にしか認識できない。
両眼は互いに接近しすぎているばかりか、
網膜が球面の一部にのみ形成されているからだ。
人間は、視野角がとても狭くデザインされている。
その初期設定を超えるための超広角レンズを使用しても、
180度以上の視野角を超えられない。
(個人の記録欲を満たすためのデジカメは、広角レンズが主流である。)
柱のない広大な礼拝堂空間をもつモスクが半球以上に建造されなかったのは、
このデフォルトの視野角にあるだろう。
内部からと外部からの2種の
完全な同時的な720度の球面の視野角を、
人間のデフォルトの視野角でも認識可能な平面に変換できれば、
主観的で客観的なすべての現在を記録することができる。

現在

現在の出来事とは、過去の結果や未来の兆しではなく、
非同時的な過去の反作用であり、非同時的な未来の結果である。
すべての現在は、
主観的で客観的な過去と未来に作用する物理的な支点である。

お金と富

金融危機が生産システムの崩壊をもたらすのではない。
生産設備の所有権強奪が危機をもたらしている。
そして、より多くの人々がこれまで以上に
お金のために生きていかざるを得なくなるだろう。
金融危機を起こすには、お金でお金を稼ぐ欲望を高めなければならない。
それは、自分たちのシナリオのために作られた複数の人生プランを提示し、
人々に選択させることによって遂行される。
たとえば、より多くのお金と保証(そして保障)を求めて、
両親は子どもの学校の成績を上げさせようとする。
成績の向上は、元金の損失のない暗黙のレバレッジ効果を生む手段であった。
しかし成績と真の理解の違いは、お金と富の違いほどある。
実際、膨大な不換紙幣を刷って真の富とを交換し、
それらを独占している連中が、
人々の永久的な奴隷化を計画しているのである。
そして、日銀の金庫には金(ゴールド)はまったく保管されていない。
この狡賢いシステムには、お金と富との違いを教育しない意図的なバグがある。

究極の手段

バブルや不況は偶然の産物ではなく、
ビジネスの究極の手段である。
奪うか奪われるかは経済理論ではないので、
彼らはつねに第1級の経済学者や数学者を雇用する。

仕事

人間は仕事を作り出せるが、
仕事も人間を作る。
お金で人間が変わりやすいのは、
欲望をお金で実現できるからだ。
ライフスタイルやビジネスをお金で買う仕組みが、
戦争を莫大なお金と交換できるシステムに作りかえてきた。
何かを買うために働くと奪われるシステムは、
教育課程でインストール済みだ。
植民地での初等数学のプログラムが、
利子の概念を理解させるためであったように。

モノレール

仕事やお金で楽をしている間に、
行き先は変えられた。
金融恐慌ではない、
第3次世界大戦が始まったのだ。
真実を扱えないことで、
誰もが過去から、未来を学ぶことができない。

左右の概念

右の反対は、左である。
人類は科学的経験を蓄積した結果、
左右の概念から、
非同型なネガティブとポジティブの概念を発見した。
北極の反対は南極であり、内部の反対は外部である。
凸の反対は凹である。
そして、20世紀の素粒子物理学は、
非鏡像的な空間反転(パリティ)の概念と
さらにその対称性の破れを発見した。
にもかかわらず、
左右の概念は、未だ西部劇のような
2大政党制を維持している。

世界の天気予報

金融力は、ロンドンから、
エネルギー力と軍事力は、ワシントンから、
宗教力は、ヴァチカンから、
資金力(あるいは借金力)は、東京から。
そして、
北京の軍事力(第7艦隊を無能化した潜水艦)と
モスクワのエネルギー力から、
すべての流れが入れ替わる。
金融破綻は表向きの天気予報にすぎない。
イデオロギーと富の支配に費やされる
すべての無駄遣いが、
前例のない地球温暖化の最盛期をもたらすだろう。

“Think Global, Act Local”の起源

テンセグリティモデルに外力を与えると、
外力を分散するために振動する。
張力が高ければ、目に見える振動は短時間で終わり、
張力が低ければ、目に見える振動は長時間続く。
テンセグリティは、他の物体(たとえば空気)とつねに相互作用している。
テンセグリティは、より軽く構造を効果的に維持するために
振動を採用したのである。
自然は、システムの構成要素間のもっとも経済的な自己組織化において、
“Think Global, Act Local”を採用しない。
しかし例えば、お金でお金を稼ごうとする場合には、
“Think Global, Act Local”は有効だろう。
“Think Global, Act Local”は、政治的で経済的なモラルかもしれないが、
科学的原理ではない。
ゆえに、エコロジーの方法論でもない。
最近、私は、”Plus81″のインタビューで
“Think Global, Act Local”の歴史的起源に言及した。
Think Global, Act Local: Creators’ Talk
http://www.plus81.com/plus/review/think_global_act_local_creator.php

証券

世界のGDPが50兆ドル程度に対して
金融商品の総額は10000兆ドルと言われている。
証券をモノやカネに変換できなくなった瞬間に、
富を表す数字は印刷されたインクのシミに変容する。
欲しいモノは何でも買えるように信用させた資本主義は、
ついに人類全体が何世紀間も働く必要のない天文学的な富と、
それを否定する多数の現実の失業者を抱えてしまった。
欲しいモノは何でも買えるのではなく、
欲しいモノは何でも過剰に生産できる
テクノロジーの段階に達していることは、
つねに見逃されてきた。
証券を発行する連中には、
モノではないテクノロジーを扱うことができない。

再生

すべての利己的な考えは、ファラオにとって
そして後世の多くの人々にとってもそうであったように
再び生まれ変わりたいという願望を植えつける。
こうした利己的な願望が、
金融危機からの再生のシナリオを
でっち上げている。
土地資本主義が地主のために
そして金融資本主義が株主のために
生まれ変わることがあっても、
労働者のために生まれ変わることはありえない。
労働者が金持ちの手法の真似をしても、
仮想的な倫理観(例えば円天のような仮想的楽園)で
解決できることは何もない。
宇宙では、すべての化学元素は
再生的に機能している。
これは法律でもモラルでもなく
現実に存在するテクノロジーである。

デフォルト・ユーザ

金融機関は、自らを優位にするために作成した
デフォルト(債務不履行)に脅えている。
しかし、エネルギー宇宙のデフォルトは不変だ。
出荷時のデフォルトにしたがって、
ユーザが何もしなくても暮らせる
エコロジーシステムの初期設定値は誰にも変えられない。

パッケージ

食料は、購入しやすいようにパッケージされる。
しかし、排泄物や廃棄される食料は、
再生しやすいようにパッケージされたことはない。
自然にとって、
それらの液体や固体を元に戻すことは、容易なことだ。
自然はそれらを人間のこしらえた単位に
分離しにくいようにデザインしているだけである。
(プランク定数がエネルギーのパッケージである。)
なぜなら、自然に廃棄は存在しない。
何かを消費するシステムがないからだ。

人工トルネード

金融工学の独占支配は、特許の独占よりも優位にあった。
だから、リストラで株価は上昇しても、
生産性が向上するとは限らないのである。
逆もまた真である。
生産性が向上しても、株価が上昇するとは限らない。
情報を内部で(=インサイダーで)共有し市場を出し抜かない限り、
そして同時に、
確率が支配するはずの自由主義経済(=アウトサイダー)がなければ、
金融工学(アブノックス)の勝利は実現できない。
不況はつねに外部で形成され、
富は内部に集積される。
奪うばかりで衰退していく最後の人工的なトルネードだ。

補填労働

労働者は労働をシェアリングして賃金の減少分を受け容れるが、
資本は決して資本をシェアリングしない。
大企業にとって不況は存在しない。
より大きくなるために、名前が変わるだけだ。

てこの原理(leverage)

減収とは、コンピュータのなかの取引額が、
梃子(てこ)の支点を失って消滅したために生じている。
現在の不況とは、工業生産高よりもその消滅額が上回っただけである。
この梃子の原理(leverage)は、資本主義の強欲さが支点となっている。
この新しい不況は、テクノロジーの加速とは無関係である。

操業(operation)

停止したり、休止したりできるのは
宇宙では、地球の工場だけだ。
すべてが必要以上に生産されてきたからだ。
植物は、太陽系に太陽は一つで十分だという前提で生きている。
経済成長率よりも資源・エネルギー循環率で、
経済の指標をつくるデフォルトの問題なのだ。
静止宇宙観は前世紀の産物だ。

思考言語 ( thinktionary) 再考

「モデルは、形態ではない。モデルは、観察した瞬間に
包括的思考への優れた思考言語(thinktionary)を生成する。」RBF 1983
知らないことは知ることの不可欠な要素である。
そこに試行錯誤が生まれるが、
われわれは、めったにこの能力を使わない習慣を学んでしまう。
「教育を装った権力システムは、本質的な包括的思考能力を
初歩的で一時的な主題へと故意に分断する。」からだ。
シナジェティクス・モデルは、純粋原理の具現化だけではなく、
その過程に潜む真の思考を導くための装置(Trimtab)でもある。
バックミンスター・フラーの遺作となった
『コズモグラフィー シナジェティクス原論』
バックミンスター・フラー著 梶川泰司訳(白揚社 2007)には、
50種を越えるシナジェティクス・モデルが紹介されている。
これらのモデル言語をマスターすれば、
包括的思考は言葉や映像、そして
教育システム(試験と学問への恐怖症)に依存しないだろう。
『コズモグラフィー』は、シナジェティクスへの入門書だけではなく
最も優れた自己教育のためのメタフィジクスである。
メタフィジクスは、
脳の働きによるブレインではない、
マインドを目覚めさせる。

再生的なパターン

人類はエネルギーを貨幣のように生成できない。
人類による持続可能な再生とは、
局所的なエネルギー・パターンを保存することである。
都市だけではなく農村でも、
このエネルギー・パターンが破壊されて淀んでいるのは、
住宅や工場、レストラン、農地や自動車などが
私的で非再生的なエネルギー・パターンを生成しているからだ。
(もちろん、冷蔵庫や空調、テレビを買い換えても再生的なエネルギー・パターンを
保存できない。)
個人が、再生的なエネルギー・パターンを生成する
発電装置(非石油系)のユーザになるほど効果的なことはない。

根なし草(rootless)

日常化する派遣切りによって
<根なし草>という言葉は、
正社員をも脅かすようになってきた。
<根なし草(rootless)>という言葉は、
税収奪のための発明された世界共通の言葉だ。
だから、物事から逃走するという本能を喚起させない。
人間は根を生やすために生まれたのではない。
嫌なことから逃げ出すために足が生えているのである。
日雇い派遣は、家を持たない<根なし草>ではない。
移動を嫌悪する<足なし奴隷(footless)>が急増し、
都市から人間の居場所(庭)が急速に小さくなってきたのである。