月別アーカイブ: 2013年2月

続)動的平衡モデル

シナジェティクスでは
テンセグリティは非生物であるが
有機的システムである。
自律的なテンセグリティ構造はまだ存在しない。
基礎を必要とするすべての構造は
本質的にテンセグリティ構造ではない。
大地に依存するだけで
動的平衡はすでに失われているからだ。
細胞には動的平衡はみなぎっているが
生命を保護するテクノロジーには
応用されていない。

動的平衡モデル

バックミンスター・フラーは生物学者ではなかったが
1944年にベクトル平衡体モデルを発見して
<動的平衡>状態を視覚化することに成功している。
それよりも先行してシナジーの概念を
科学的探査のもっとも重要課題にしていたからであるが
その後も継続されたその探査過程で
1949年のテンセグリティ原理の発見は最大の成果だった。
動的平衡は1951年までの生物学によれば
非生命の非有機的なシステムには
存在していなかった。

電気エネルギーの節約について

20世紀末までの人口増加は
つねに電気エネルギーの消費量が
少ない地域で発生している。
人類の出生率を下げるには、
電気エネルギーの消費量を上げればよいのである。
税収奪を増大したい国が
電気エネルギーを節約することは
理にかなっている。

満月

朝4時から5時まで
西の空の山の端へと
拡大されながら沈む2月の最後の満月を見ながら
リヒテルの平均律を聞いた。
10歳の時の蚊帳の中で目覚める朝を思い出した。
そして、朝露の立ちこめる川で
ウナギを釣っていたまだ暗い朝を思い出す。
アメリカのオハイの山で瞑想したときも
突然その映像を思い出した。
遠い山から
遠い声が聞こえる。
まだ訪れていないだれかの裏庭の獣にも
この満月は輝いている。

有機的(organic)について

有機的(organic)とは
統合された再生的なシステムのことである。
水耕栽培のレタスや他の惑星の生命現象を
理解する概念だけではない。
セシウムでさえ有機的である。
その半減期が有限であるのは
すべての元素が再生的に統合されているからである。

想像力について

想像力は
経験を対象化する思考過程自体を思考する
人間の原始的なコミュニケーションを形成する。
想像力が不足すると
他者とのコミュニケーションも不足する。

森でさえ

世界人口の加速度的な増加は
より都市に定住したからではなく、
農村部から都市へ、
そして都市から都市へ移動する人々が
移動しながら海岸部で増加する現象である。
森でさえ
樹木が非同時的に移動した結果だ。
実際、かつての森も海岸線まで達していた。
ーーーーーー他の大陸を求めて

続)反定住時代

反定住時代の住宅ローン30年間は
不適切である。
都市部では日本版サブプライムがはじまる。
そして、高齢化と過疎化の後、
ほとんどの住宅の所有者が
そこに住んでいない時代がはじまる。

反定住時代

20世紀の後半から
田舎の過疎化する傾向にある村落
つまり高齢者がより移動しない社会構造では
定住者を募集してきた。
人々を固定したいこの願望こそ
過疎化を加速している原因の一つだ。
第3次産業革命後の都市部の大多数は
平均3年に一度引っ越しをしている。
一時的な停泊こそ、21世紀の居住方法である。

動的なアイデアについて

現在の特許文献の形式は
最初に従来技術との比較から始まる。
発明の根源が比較から生まれ
ロイヤリティへの幻想が発明のエネルギーである場合
その発明は恐ろしく近視眼的で短命になる可能性がある。
この短命さが半歩先のビジネスに不利にはなるとは限らないからだ。
短命な発明にとって
もっとも手っ取り早い現実化(=realization)とは
現金化(=realization)と等価である。
一方、包括的なアイデアは
発明者が置かれた現実の諸問題に
発明者自身が全的に直面して生きること
他者の概念や過去の幻影、文献などの記憶を通さずに
全的に現実の矛盾に触れることから生まれている。
発明とは人々の生活を改善するために
革新的で現実的なアイデアを
物質的に変換する
いわばエンドレスな無償の行為に近い。
優れた発明には先見性がある。
その特許権の有効な期間内に
成就できないほどの包括性と不可分な先見性は
無償の行為に接近するだろう。
過去の歴史の中でついに現実化しなかった発明が
しばしば、直観や思考を費やさければ到達できない
動的な展開力をもった先見性に満ちている場合は
芸術作品と同じように
優れた発明も<物質はつねに遅れてやってくる>という
表現行為として受け止めることができる。

生活水準について

原子核の結合エネルギーを解放すると同時に
人々の無知を最大限に利用するために
生活費を稼ぐことを人生の最優先にする
<標準への幻想>を作り上げる。
この<標準>は人々の<生活水準の比較>から始まる。
原子力エネルギー依存の幻想は
<生活水準の比較>から始まる
<イデオロギーの比較>なのである。
人間の欲望は
比較によってもっとも増殖しやすい。

閉じた空間について

自然ウランU-238の原子核崩壊に伴って生成される超ウラン元素は
人類による完全な人工物であることを自負してきたが
その相互作用は原子炉内部だけでは保たれなかった。
いまでは原子炉外部のすべての環境が
長期的なあたらな相互作用に巻き込まれた。
<閉じた原子炉>という空間の存続は
不可能である。
あるいは、自然はテスト済みであった。
つまり自然には
<閉じた空間>は存在できないのである。

人工物

原子炉爆発
あるいは核分裂に伴う
人工的な超既製品(たとえばプルトニウム)の拡散によって
2011年から平均寿命が低下しはじめたのではなく
われわれの体や環境のすべてを構成する元素群が
恒星・超新星として
ふたたび光り輝く時期が早くなったのである。
われわれの精神が光り輝くよりも
いっそう早く
太陽系のどこにも行き場がない
プルトニウムと共に。

互換性について

生命体と非生命体を構成する
有限な92種の既製品には
完全な互換性がある。
その起源を理解しようとすると
太陽系外にまでに自ずと興味が湧いてくる。
完全な互換性は
もっとも高度な知性から生まれるが
興味は情報からではなく
無知から生まれる。

超既製品はいらない

超ウラニウム元素群の半減期が
地球の年齢より圧倒的に短いのは
地球ほど長く生き延びられなかったからだ。
太陽系内で
人間がどんな目的であれ
自ら既製品の種類を増やす試みは
完全に失敗した。
そのシステムを変えることに夢中になる
人間が人間を支配したとしても
生命にとって元素は92種類で十分である。
たとえ、非生命体だけを構成するためだったとしても
太陽系にとって元素は92種類で十分である。

公理というアプリ

公理とは特別な発想は何も必要ない
謂わば、無料のアプリである。
ある理論を展開するために
最低限必要な自然法則から形成するかぎり
その思考法(通常無料では入手できない)には
ほぼ永続性がある。
しかし、
通常の社会では
ある議論を始めるための出発点となる主張に
必ずしも自然法則は必要とされない。
社会におけるこの遅れと隔たりは
数千年前から継続されてきた。
社会構造はまだエントロピー的であるが
超ウラニウム元素群が
意図的に加速する隔たりを
これまでになく短時間に明確にしたのである。

劇的な適応性について

二酸化炭素が増加すると
植物の炭酸同化作用が
短時間に増大するのは
植物がより少なくなった二酸化炭素でも
成長できるように適応してきたからだ。
マリモは淡水でも成長できるが
海水に移すと劇的に成長する。
彼らは淡水に閉じ込められても
死滅しないように
短時間に環境に適応したのだ。

条件反射

学習が先行した知識にしたがった再現
または
知識の模倣を容認する行為であるかぎり
新しい知識は生まれにくい。
たとえ
自己について、あるいは他者について
どんなに学んだとしても
他者から知り得た知識に基づいて思考するかぎり
そこから派生する行動は予測可能な<条件反射>だ。
真の学習とは99%の準備である。
ーーーー知識が形成した<条件反射>という
巨大な重力圏から出て行くための

思考のエフェメラリゼーション

概念の一般化が
物質よりも早く完成する時は
言語と物質との相互作用が統合される時だ。
それはメタフィジックスの驚異的な働きにちがいない。
優れた開発には
この思考の短命化(エフェメラリゼーション)がやってくる。
昨日までのもっとも優れたアイデアが
瞬間的に、
しばしば連続的に
陳腐化され続けるのだ。
苦行と快楽との狭間に
エンジニアリングの極みはいつ訪れるのだろか。

逸脱について

現実の世界はつねに<特殊な場合>に満ちている。
発明は一般化された原理を応用する行為である。
発明はある原理を理解する特殊な経験から生まれるが
原理を発見するプロセスとは異なる。
発明さえも<特殊な場合>である。
人間により有利になるように従来の技術に対して
物理的な再構成を図る特殊な行為である。
しかし、一般化された新たな原理を発見するには
この特殊性から逸脱しなければならない。
逸脱は現実の世界に対する
もっとも原始的なメタフィジックスである。

降雪

数百万年間も継続してきた生存のための
筋肉労働から離脱しはじめて
僅か100年程度しか経過していないが
人間の筋肉労働エネルギーは
全地球の産業社会で使用する
全エネルギーの 0.1%にも満たない。
しかも、今日のような降雪時の
筋肉労働エネルギーの大半は
通勤と通学に費やされる。

偶然から

自然には
既知(known)なる存在と
未知(unknown)なる存在が含まれる。
偶然が入り込むための「仕掛け」を
人間から学んではいけない。
<学ばない自由>こそが
偶然性を増大させる。
知らないこと(unknown)は
偶然から認識されるにちがいない。

インフルエンザ

インフルエンザのウイルスは
遺伝子RNAをパッケージする正20面体状の殻を持っている。
もっとも安定したこの空間構造(カプソメア)を
形成するための構成物質が
単位体積あたりでもっとも少なくなるからである。
彼らはエネルギー経済問題を
政治的ではなく
科学的に解決できている。
それは種族維持目的には不可欠である。
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シナジェティクスと数学

子どもの遊びは数学的経験の宝庫だ。
経験は秩序化できる
もっとも身近な数学的対象だ。
構造とパターンから独立した数字は無意味である。
構造とパターンとの新たな関係を発見する
シナジェティクスの探査方法は
形態的類似からでも言語的類似からでもない。
まして幾何学的相似からでもない。
純粋にその秩序を取り出すには
シナジェティクスモデルとモデル言語との相互作用を
習得しなければならない。
自然界の現象や異分野の問題解決策に学べば
ほとんどの課題は解決できるという
戦略的理論(analogical thinking)からシナジェティクスは生まれない。
シナジェティクスモデルが内包するモデル言語が
形態的・言語的アナロジーを超えることができたなら
シナジェティクスによる経験の一般化は
自然を模倣しない。
ーーーーー現実を超えたのだから。

富の欠乏について

20世紀後半では
<食料とエネルギーの欠乏>が
根拠のない
政治的手法となった。
21世紀では
新たに<富の欠乏>が
その手法に加わったのである。
金融コングロマリットによる
<富の欠乏>へのシフトは
<食料とエネルギー>の欠乏と
地球温暖化がますます
根拠をもたなくなったからだ。
欠乏を埋めるための
新しい欠乏は
紙幣によって作り出される。

物質の所有について

すべてのモノはやがて朽ちていく。
しかし、使えば使うほど
劣化する元素はこれまで発見されなかった。
バイオスフィアでは
気体元素はもっとも激しく循環するが
採掘された金属元素も地上で循環している。
機能は一時的に所有できるが
元素はより循環するようにデザインされている。
事実、大気圏外から日々100トンもの隕石を
受け取る側にいる。
バイオスフィアの物質を構成する92の元素は
重力を介在させて
いまも銀河系に属している。

学ばない自由について

間違ったことを教えられると
それを打ち消すためには
学んだ時間とエネルギーの
少なくとも3倍以上かかることは
科学的な実験から証明された。
学校は今や
<学ばない自由>を教えない危険な場所だ。
<学ぶ自由>だけが生き残ったのは
教育システムが
<権威からの離脱と服従への拒否>
を自ら排除してきた結果だ。
人類の数百万年間にわたる
無知と好奇心、そして飢えが
学習システムを形成したのだが
<学ぶ自由>と<学ばない自由>
は教育システムから完全に分離された。
<学ぶ自由>と<学ばない自由>は
機敏な生得的なメカニズムから生まれる。
相補的な2つの自由は
学校に行く前から獲得されているからこそ
こどもにとって学校は
もっとも危険な場所なのだ。