月別アーカイブ: 2014年9月

総合的判断

火山噴火予知連絡会の診断結果は、常に気象庁から発表された。
地震予知がまだ研究段階であるのに対して
火山噴火予知は防災に機能できる機関として位置づけられてきた。
心肺停止状態の人が30人以上もいることが分かって
「火山予知ってこんなものです」と発言する
火山噴火予知連絡会の最高責任者の知性とモラルを
はじめて知らされたのである。
国家の研究費を火山予知の目的で貰っている学者達の社会的責任を
批判しない学者という同業者やメディアを信じると
死の危険性は確実に増えているのである。
火山噴火予知連絡会は
今後の火山活動についての<総合的判断>を中止すべきである。
同時に火山の構造よりも権力の構造に興味がある
似非科学者達を裁判にかけるべきである。
彼らはいま心肺停止した人々の安否よりも
自分の学者生命の安否を気遣っているにちがいない。
それでも火山噴火予知に興味がある真の研究者なら
大学の研究室レベルで自由にやるべきである。
それが客観的な<総合的判断>である。

デザイナー

より働かないためのデザインは僅かしかない。
解ける問題しか興味がない学生は数学者にはなれないが
デザイナーは自分がデザインできる
見えるモノしかデザインしない人がなれる。
自然の99%が人間には不可視なのは
自然のデザインが、自分自身の生存を最後に考えて行動したのでなく
すべてを考えて行動した結果だからである。

主観的な人々

気象庁が今回の火山爆発を予測できなかった事実を
認めたのは、爆発後であった。
3.11の時も、放射性物質の大気圏内の分布の予測を公開したのは
広範囲に日本列島が被曝した後であった。
無数の生命を保護するための様々な
科学的で社会的な保障システムは開発され運用されているが
実際はほとんど機能していない。
超専門家たちは、グランチに雇用されることで
主観的な見解を述べるだけで
客観的に人類には働きかけない。
彼らが精神的に経済的に自律した個人ではない以上、
科学的で社会的な保障システムの運用と管理を
超専門家や政治経済機構に委託すべきではない。
われわれが、すべての社会的保障システムの
開発と運用と管理に関わらないかぎり
生命を保護するための客観的な選択権は委託されたままだ。
主観的な人々は、知的にけっして人類には働きかけない。

予測と警戒

「噴火警戒レベルは1(平常)を維持し
噴火後にレベルを5段階のうち3(入山規制)に引き上げた」
のだからこの種の警戒レベルは死を回避する目的ではなかった。
火山噴火でさえまだ科学的に予測できないから
爆発する日の登山者に窒息死や意識不明などの多数の死傷者が出たように
原発も再稼働するなら
科学的に予測できない地震や津波によって
再び広範囲に人々は被曝死するだろう。
日本は被曝によって衰退していくという予測は科学的である。
それ以外の予測と警戒は実に主観的である。

21世紀型超専門家

この学校教育は子どもには教育的ではないが
行かせないわけにはいかない。
この食材は放射性物質に汚染されているが
食べないわけにはいかない。
原発はまた炉心溶解するかもしれないが
産業のために推進しなければならない。
これらの教育者も科学者も政治家も
ただ生きているだけの21世紀型超専門家にすぎない。
彼らを大人として尊敬している若者たちも
あるいは軽蔑しながら<構造>に所属している大人たちも
病名がまだない2重の言語構造に冒された精神病者である。

構造とパターン

理想的な構造とパターンをデザインしている人たちは
存在できない非現実をデザインしているにすぎない。
しばしば自然とは無縁であり続けるがゆえに
人間の理想は生きながらえる。
この半世紀間、テンセグリティ以上の構造とパターンを
発見できなかったのは科学的現実である。

固有振動数

稲の生長期間は日照時間や積算温度、
そして品種によって左右される。
人間の健康な胎児は人種や文化の違いに関わらず
10ヶ月間以下では誕生できない。
この独自な期間は、固有な時間周期(または振動数)に支配されている。
そして、知的爆発期を迎える10歳までのこどもの成長過程は
まだその固有な時間周期に支配されている。

ユーティリティ(有用性 utility)

古いアイデアを持たないだけで
新しいアイデアに見える。
しかし、真に新しい
前例のないアイデアは無価値に見える。
なぜなら、まだ存在しない概念を含んでいるからだ。
だから、その概念の希有な探求者以外の誰かに
相談しても無益だ。
真のユーティリティ(utility)は
最大多数の最大幸福を求める記号言語から生まれにくい。
ユーティリティはモデル言語から生まれている。
異なった複数の言語間のシンタックスとセマンティクスのために
こどもたちが自然に作るフォーマットのように。

カフェラテとシナモンロール

過去の思考に生き、そして
どんな変化もない表面的で
平穏な生活を望んでいるかぎり
自己は単なる環境の一部にすぎない。
国家的なカオスを取り込むための。
高価なカフェラテとシナモンロールを買う
スタバの若い人々でさえ
イスラム国を弱体化・壊滅させるための
軍事行動を支援しているようなカオスを。

職業

教師や両親が愛情深く子どもの将来の具体的な就職を望んだだとしても
「過半数の子どもは大学卒業後には
現在まだ存在していない職業に就くだろう」
パソコンのように
人間の職業ほど時代から陳腐化されるものはないのだ。
学校が職業のために存在するのは、時代遅れである。
通学と通勤という過去の分かりやすい同時的な現実を
維持しているだけの教育は終わっている。

基本モジュール

震度7程度で建物は倒壊するか、損傷を受けるが
飛行場や港に停泊した飛行機や船舶、そして駐車中の自動車は
大地の激震そのものによって破壊されたことがない。
象や鯨は、巨体であるが地震で骨折などしない。
進化の過程で骨格はその形態のすべての変容過程で圧縮機能を担ってきた。
生物学は骨格の形態と変容について観察はするが
そのシステムの形成方法とその理由についてはほとんど考察しなかった。
建築学も骨組みの構造に始終した圧縮の構造解析が主流である。
生物学も建築学も人類の生存上の緊急事態から切り離されている。
すべての構造を形成するのは原子である。
その原子核の構造を圧縮力だけで説明する物理学は存在しない。
斥力(repulsion)と引力(attraction)の相互作用から
すべての物質の基本モジュールは形成されている。

権力テクノロジー

新しい理論を論文に書くと迫害される時代に
科学者という職業に名誉や尊敬はなかった。
科学者はいまや尊敬され
名誉のある超専門家を目指す若者は増えている。
しかし、原発再稼働に反対する学会や大学がないのは
彼らが名誉と尊敬と引き換えに体制派の保障を得たからである。
科学テクノロジーよりも
権力テクノロジーのほうが包括的で優勢になり
進歩的で自由な科学は、明らかに衰退している。

産業テクノロジー

数学はよく理解できない方法で教育される。
完全な概念の理解を欠いた学習の習慣は
政治と経済では大いに利用されている。
例えば、
すべての経済活動はつねに利潤を
生まなければならないという概念は
悪意のある動機によって刷り込まれたのであると理解したなら
人間の知性と組織化の欠如の結果としての日々の生産活動を
批判できるだろう。
われわれが想像するよりも
つねに高い生産手段を所有している
産業テクノロジー全般に関する学習がもっとも遅れている。
テクノロジーの進化が
教育プログラムの変容と同期することがないのは
無知がより利用されやすくなっている。

透明な手段(Medium)

編集者などの解職処分によって
編集する<基準>がシステムから排除されるわけではない。
そのシステム自体が<事実>よりも
特権と利権を生む<意見>を媒介するための反応装置であるかぎり。
平均的な人間とグランチとの中間媒体(Media メディア)は
透明な手段(=Medium メジウム)としてデザインされる。

もっとも危険な事実

メディアは、意見が<基準>を形成するよりも
<基準>に適応した意見を生むシステムを
インストールしている。
この<基準>に従って
自分に都合のよい<社会的不正>のための
口実を記事にするだけで
<事実>をいつでも捏造できるのである。
特権に依存した<安心と安全>を作り出しているが
その<安心と安全>はもっとも危険な事実である。

幸福感

シナジェティクスを探究していく場合
経済的利益の追求を社会における根本的な原動力とするシステム
から孤立した個人として感じるだろう。
冷酷さと搾取によって、つまり偏見によって
富を築く人々に無縁なその感覚は
惑星地球生命体の流れから生まれる
ある種の幸福感にちがいない。

再稼働

放出され続ける放射性物質の情報に関して
知的な人は過剰な懐疑心に囚われているが
大多数は単純すぎるほど無関心で暮らしている。
悪意のある動機によって事実の歪曲に
気づかなくさせるテクノロジーこそが
大多数をコントロールできると信じているグランチの下部組織、
例えば、東電の株主である独占的報道機関(=NHK)に
受信料を払い続けている
その愚かな大多数を生み出すシステムは
もはや政治的とは言えない。
この無意識的なエネルギー源こそ
だた生きているだけの<自由からの逃避>を形成しているのである。

スポーツ解説者

「すべては結果だ。過程ではない」
「すべては過程だ。結果ではない」
という2つのタイプがあるが、どちらも負けたときの解説だ。
しかし、最近は失敗した、あるいは失敗しそうな
科学論文の解説にも使われている。
真に未知なることへ挑戦した経験がない人たちの言葉は
すぐに受け入れられる。

緊急時の危機

すべての作用は反作用を受けるだけではなく
非同時的にそれらが合成された結果を次々に形成する。
その結果は最初の反作用とは明らかに異なっている。
緊急時の最大の危機は
無数の反作用だけを想定している平時の危機の概念にある。
真の危機とは、自然からではなく
部分から推測できない人間の無知にある。

知的爆発時期

バックミンスター・フラーからもっとも影響を受けた
操作主義的なシナジェティクスの直観的な研究方法を
こどもの教育理論へと変換する私の方法と目的は
1981年の夏、バックミンスター・フラーの推薦と紹介で
最初にアメリカの教育財団によって採用され実行された。
この純粋な教育実験は、バックミンスター・フラー研究所にも近い
フィラデルフィアのフランクリン・ミュージアムで毎週日曜日に行われた。
アシスタントは高校の数学教師であった。
10歳児の知的爆発時期までに
この反対称性のシナジェティクスモデルとそのモデリングを
自発的に実践できる教育プログラムは、その後改良を続け
『コズモグラフィー』に記述された革命的なシナジェティクスモデル
とシナジェティクスの後継者による新たなシナジェティクスモデル群と共に
現在のシナジェティクス入門講座や
シナジェティクス・ワークショップでも使用されてきた。
そして、、私のワークショップ参加者(主に大学生や一般社会人)たちは
こどもの時に受講していたらもっと科学に興味が持てただろうという
率直な感想も含めて5歳児からのこども用のシナジェティクス教育プログラムと
大学院生までのシナジェティクス教育プログラムの基本的プログラムに
まったく差異がないという事実にだれも気づかなかったことである。
10歳児特有の知的爆発時期までとその後の教育プログラムの開発は、
21世紀においても惑星探査プロジェクトと同じように
未知なる存在とその形式を探査する行為に他ならない。

シナジーの度合い

テンセグリティモデルを構成するストラットやストリングの種類が変われば
「張力」と「張り上がりの硬さ」の相互関係が変化する。
「張り上がった硬さ」でテンセグリティモデルの
シナジーの度合いが決定されるが
「張力」はテンセグリティモデルの硬さの数値にはならない。
なぜなら、張りの硬さは張力が形成するという概念的な誤解と
それに基づく間違ったデザインがあるからだ。
例えば、テンセグリティの張力調整のための重いターンバックルは
シナジー度合いを深刻なほど破壊している。
さらに、例えばストラットという圧縮材に、圧縮力だけではなく
ベンディング(曲げ応力)が発生している。
テンセグリティのストラットの細長比は
テンセグリティモデルの「張り上がった硬さ」という
シナジーの度合いを変化させている数値である。

反対称性と非対称性

シナジェティクスの探究によって
「生命世界の非対称性―自然はなぜアンバランスを選択するか」ではなく
生命はどのように反対称性によって非対称性を回避しているのかを
説明できるにちがいない。
非対称性が均衡を破壊しているように見えるのは
あるいは、対称性が破れているように見えるのは
観察者の局所的な経験によって制限されている可能性がある。
シナジェティクスは、
反対称性と非対称性(鏡像対称性)とを明確に分離できる
シナジェティクスモデルを1981年に発見している。
反対称性のシナジェティクスモデルが発見されも
それまでの対称性の概念がまだ生き残っているのは
社会的な認識上のタイムラグではなく
モデルによる思考言語の破壊の方法にある。

複製の時代

どんな建造物にも大きさの限界があるのは
大きさと重量の関係に限界があるからである。
実際、人々は小さな建物の倒壊でも亡くなっている。
テンセグリティ構造の複数の張力材が破断すれば
その構造は短時間に致命的な破壊に陥ると考えているのは
建築家だけではない。
テンセグリティモデルを複製した人々でさえ、そう考えている。
ミスインフォーメーションはもっとも複製されやすい。
自然に失敗は存在しないことを、理解するためのモデル言語は
シナジェティクス・モデリングのプロセスに潜んでいる。
テンセグリティ構造体の直径は
現代の素材によってほぼ無限大となる。

観測史上最大

日本のほとんどの谷と沢は
アジアの偏西風による集中的で局所的な雨量
と地殻変動によって形成されてきた。
せいぜい、1974年からはじまった1300カ所のアメダスの記録を
標準にしている最大値ほど自然を見くびっている観察方法と
貧弱な観察事実はないだろう。
毎年、観測史上最大を繰り返す気象学は
プレートテクトニクスに対して情緒的すぎる。
地球の内部と外部との相互作用に関して
気象学は、大気圏のパターンを扱っているにすぎない。
惑星地球は人類が気象を観測する前に
観測できる環境を自らデザインしているその構造とパターンを
大気圏の内部からも外部からも人類はまだ観察できていない。
バンアレン帯と太陽黒点☆との相互関係を無視して
天気予報を信じて生活していると
特に海岸部の都市部では短命になりやすいという統計的事実を
気象学とNHKが除外しているだけである。
 
☆ 2014年8月の太陽黒点数は、2013年8月の2倍であった。
黒点相対数の国際共同観測は1855 年から始まっているが
今年の夏は観測史上最大値級だったのである。

続)人工中絶(abortion)

学校は<できそこないや失敗>を排除するシステムの維持に
両親を巻き込むために
PTA(Parent-Teacher Association)を組織してきた。
PTAは民主主義の演習の場であるという認識こそ
戦争に容易く利用できるからだ。
実際、PTAは<空気を読める>両親たちから構成されている。
つまり、発祥や起源が
最初から剥離(人工中絶=ab-original)されるように。

標準化(Normalization)

<標準>とは、
免疫性を持たない社会的な自然状態(=normal)であり
つねに変動する平均である。
自然は失敗を分離,除去するように標準を形成するのではなく
人間が失敗を定義するための<標準>という概念を
利用しているにすぎない。
<自然の標準>は
例えばデフォルトとして自動的に定まった
プランク定数(Planck’s constant)として知られているが
シナジーはおそらく標準を持たない。
静止的な<標準>をつねに解体しながら
動的なシナジーを生成するシステムにふさわしい概念を
シナジー以上にまだ形成できていないからだ。
たとえば、
テンセグリティ構造は、自動的に定まった<標準>とは言えない。
シナジーによる統合作用は
標準化からは予測できないシステムのふるまいにちがいない。

デフォルト(default)言語

発端の剥奪(人工中絶=ab-original)とは
デフォルトの剥奪、または
デフォルトからの離脱も含まれる。
デフォルト(=自動的に定まった標準 default)とは
起源(origin)そのものである。
しかし、デフォルトは
意図的に中途離脱によって欠損する怠慢な行為を意味するように
すっかり変容させられてきたのであるが、
同時にデフォルトという自然状態では
敗訴させる記号言語の構造をこしらえてきたのである。
シナジェティクスのモデル言語は
このデフォルト(default)という奪われる前の
最初の構造にもっとも接近する。
たとえば、テンセグリティ構造の発見のように
自然界では圧縮材だけの連続した構造は存続し得ないという
デフォルト言語を科学的に視覚化したのである。