カテゴリー別アーカイブ: 裏庭(背戸)

水冷システム

石畳に打ち水をするとしばらくすると
3度程度周囲の気温が下がるが、石の表面温度は再び50度以上になる。

庭の雑草を抜かないで10㎝程度に刈っておけば、
草の葉の温度は、猛暑日でさえ30度以上にはならない。
日本の庭先は、植物の光合成による葉の水冷システムに任せるのが自然だ。
雑草は大地を被覆する優れた保湿システムでもある。
雑草の多様性はイネ科の多年草の芝生よりも美しい。

外部化した道具

光が少ない雨天が続き、高温多湿が定常化すると、
グリーンハウス内の植物も加速度的に成長しはじめる。
彼らは外部と繋がっている。

一方、車やカメラなどの精密機械はそれぞれ孤立しながら
著しく劣化しはじめる。
外部化した道具類の森での生存率は極めて低い。
外部化した道具類にもシェルターが必要だ。

夜明けのドローイング

森の中でしばらく生活すると、例えばスピーカーからの音楽や過剰な光、
そしてある種の食物を必要としなくなる。

森でのサバイバルの経験を統合していくと知覚が変容しはじめ、
その知覚がより鋭敏に機能するような環境を短期間に生成すると考えられる。

環境は自己以外に属するという知覚によって
夜明けのドローイングが始まる。

驚くことに、人類が環境と宇宙と自己との相互関係を捉え始めて
まだ半世紀しか経過していない。構造とパターンにおいても。

超望遠単焦点レンズ800mm

早朝に森を散策した。
今年は気温が低いのでまだオオルリが梢の方で鳴いていた。
渓流の岩場で遭遇した野鳥観察のカメラマンに
オオルリの生態について質問した時に気づいたのだが
15m先の鳥類図鑑のようなオオルリの羽根の美しい細部を
再現できる超望遠単焦点レンズは800mmであった。
渓流の岩場の穴にコケで巣作りする時の敏捷な動きをの記録には、
マグネシウム合金ボディで小型・軽量化された望遠レンズが不可欠なようだ。

図鑑の挿絵は、おそらく超望遠単焦点レンズによる映像を参考にして描かれたにちがいない。

湧水と牒

地下水を散水して雑草を刈っているとアゲハチョウがやって来る。
湧水の香りは、故郷(オアシス)の記憶か。

黒い輪郭で縁取られたウスバシロチョウは梅雨明けにやって来るだろう。
森に接近しなくとも庭で散水するだけで、マクロレンズで撮影できる。
羽根の曲線のエッジに囲まれた半透明の面は、強い太陽を反射しないから。

形態的反撃

DNA分子が存在するが核膜がなく有糸分裂をしない原核生物は、
地球のバイオマスを圧倒的に占有し、最も重要な栄養素を循環させる役割を形成する。
微生物の諸細胞が、その細胞外構造を形成し未知の神経ネットワークを形成する。

地球上の最古の有機体における
効率の良いエネルギー分散とコミュニケーションについて理解しようとする時に、
この森の形態的反撃は、微生物による神経ネットワークが引き起こす
偶然のコミュニケーションではないかもしれない。


<北アルプスの晩秋の森から>

微生物の移動

森の樹木を繰り返し伐採してダメージを与え続けると、やがて
衰弱した樹木は、その根のあたりで、ウィルスに感染して変形し始める。
森の怒りが形になると感じてしまうが、根の周辺の微生物群が大移動し始める予兆なのである。

枯れていく樹木を数えても、移動する微生物は数えられないのは本質的ではない。
<図>としての微生物は動的に変位すると共に、<地>としての樹木も機敏に動くから。

この映像は、微生物群が短時間に移動して、
大地の水が蒸発して森の周辺から砂漠化していく時の形相である。

月影

春の最初の満月の夜は
冬を越した乾いた丸太で焚火ができる。

月影が炎で消えるまで
遠くの獣たちも眠らない。

コウモリの帰巣も
満月と焚火の匂いで混乱するだろう。

焚火

確実性を求める人生は退屈だが
可能性を探査すると
ついに自分のことはどうでもよいことになり
早く短く時が過ぎていくとき
焚火で過ごす長い夜がやって来る。

星空を渡る夜鴨とコウモリを背景に
朝焼けに繋がる星々が強く輝くとき
背戸の獣たちは
焚火から静かに去っていく。

地球の裏庭(back door)

限界集落は拡大しながら
耕作が放棄されていく無数の荒地を形成し、
農村共同体自体とさらに農村と都市とをより分け隔てているが、
モバイルシェルターや水の完全再生テクノロジーを含む
4つの無のテクノロジー(無柱、無管、無線、無軌道)は、
生産性を持たないこれらの領域を超えて互いに遊離した個人が再び接近し、
人類が共通に持っている地球の表面に対するこのテクノロジーとその権利を
最小限のコロニー間の相互交流の手段となることを可能にしてくれる。

われわれは、無意味な生業と不可避的な失業を繰り返しながら、
遂に、広大な地球の裏庭(背戸=back door)の内部において
生存技術の目的意識の形成とその技術習得のための生存自体が可能になるのである。

資本主義がつねに、ロボットと荒地を所有するがゆえに。

緩慢な死の予告

基地の経費のすべてを負担している政府の行為が
増大する富の漸進的な固定化であるように
仮設住宅による一時的被災者救済の形態が貧困化の主要な原因であり
その獄舎建築的デザインで矯正されていく仮設空間による共同性の破壊こそ
あらゆる生産的な富の緩慢な死の予告なのである。

寝室と庭のない固定化された仮設住宅の建造と撤去(その後は海外に輸出される)は
いまや定番化した
もっとも醜い建築ビジネスである。

トリチウム梅雨入り

日本列島には、今年から第2の梅雨入りが始まって

まだいつ明けるか、誰にも分からない。

ーーーーーーーーーあまりに鬱陶しい日々に、ついに

ブログの工事を始めることにした。

10年分のテキストの引っ越しを管理者に依頼して本日完了。

 

カエルと田植え

田んぼに水を入れる前に
カエルが鳴き始める。
土の中からカエルが自然に
冬眠から目覚める時よりも早く
トラクターが田んぼを掻き混ぜる時に
突然目覚めてしまうからだ。
彼らの大半は、目覚めた時には
トラクターで踏む潰されるか
あるいは、切り裂かれている。
農薬ではなく
トラクターが彼らを眠りから起こさなければ、
カエルは田植えの後に
もっとたくさん存在しているだろう。
トラクターの作業の後に
鳶やカラスが集団で田んぼに集結している現象から
その殺戮を説明できる。

月蝕(lunar eclipse)

太陽の黄道(=軌道面)に
月の軌道がもうじき交差して
太陽と地球と月の3つの異なった天体の中心が
完全に一致する瞬間がやってくる。
地球の直径の方が月の直径よりも大きいので
地球上のどの観察者の位置からも
月に投影される地球の影が動く時間はしばらく続く。
影が月を覆い隠して欠けて見えるという事実から
月が食べられていく<月食>よりも
<月蝕>のほうが動く影をリアルに感じられる。

冥福は祈れない

冥福とは死者の行先である
冥界での幸福を意味するならば
冥福を祈るのは、信仰心がない人が
死者の迷いを想定している虚しい行為になる。
———死への怖れから
そして、死への怖れから
死者を同情するほど死を遠ざける行為はないのだから
冥福は祈るのではなく
死者の安否と迷いを気遣うしかないのである。
 
われわれの存在が星のかけらから始まって終わるのが
宇宙物理学ならば
夕暮れから裏庭で焚火をして死者の数だけ
流星をみるのは21世紀でもコズモグラフィーに違いない。
流星は毎日100トンもバイオスフィアに降り注いでいる。
———-火山灰のように

観測史上最大

日本のほとんどの谷と沢は
アジアの偏西風による集中的で局所的な雨量
と地殻変動によって形成されてきた。
せいぜい、1974年からはじまった1300カ所のアメダスの記録を
標準にしている最大値ほど自然を見くびっている観察方法と
貧弱な観察事実はないだろう。
毎年、観測史上最大を繰り返す気象学は
プレートテクトニクスに対して情緒的すぎる。
地球の内部と外部との相互作用に関して
気象学は、大気圏のパターンを扱っているにすぎない。
惑星地球は人類が気象を観測する前に
観測できる環境を自らデザインしているその構造とパターンを
大気圏の内部からも外部からも人類はまだ観察できていない。
バンアレン帯と太陽黒点☆との相互関係を無視して
天気予報を信じて生活していると
特に海岸部の都市部では短命になりやすいという統計的事実を
気象学とNHKが除外しているだけである。
 
☆ 2014年8月の太陽黒点数は、2013年8月の2倍であった。
黒点相対数の国際共同観測は1855 年から始まっているが
今年の夏は観測史上最大値級だったのである。

アブラコウモリ(Pipistrellus abramus)

この季節の油蝙蝠は
19時30分に外出し、4時30分に空から帰宅する。
私が仕事する時間は、
コウモリと完全に反対称的である。
一回の飛行で餌となるカやガ、 ハエ、ユスリカなどの
小型の昆虫を体重の半分近くの3グラム程度食べるらしい。
低速で飛行するわりには彼らの捕獲が困難なのは
自在に角度変化できる主翼の手と共に
コウモリの長いしなやかな三角形上のしっぽに
優れた尾翼の機能があるにちがいない。
コウモリの全長はこの折りたたみ可能な
尾翼のために極めて測定しにくい。
飛行中の撥水性を帯びるために
油を塗ったような体表の触感が彼らの名称である。
空中や水中を移動しながら捕食する
生命体は移動エネルギーを確保する以上に
生存のためのエネルギーを保存するために
空気や水の抵抗を軽減する形態をデザインしている。

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自然科学

雑草と共存可能な無肥料で不耕起の
無農薬栽培方法を
もし自然が許容しなければ
どんな植物も成長できなかっただろう。
自然農は自然科学に属する。
自然科学は
日本では単に理系のカテゴリーに属するだけで
自然農は科学として認識されていない。

夕暮

闇夜に蛍が飛ぶ交う前の
薄暗い夕暮を飛ぶコウモリを
無傷で捕獲する方法を考えている。
彼らの翼は伸縮性のある膜でできている。
傷ついた皮膚のような翼から流れる血は赤い。
人類は1種類だが
彼らは数百種いるらしい。
哺乳類で完全な飛行能力を持ったのは
彼らと人類だけだ。

2つの虹(RainbowとMoonbow)

夕暮れ時の雷雨が引き起した虹の後は
梅雨が明ける。
プリズムでは内部での屈折は2回だけど
虹は球体内部に入る時と外部に出るときの
2回の屈折だけはなく
内部反射が複数回ある。
内部反射の回数を重ねると光の強度はより劣化する。
水滴の半径がほどよく小さい場合
赤から紫までの虹の幅が広いスペクトルが現れる。
もっとも美しい幅の広い虹の内部反射は
最大2回程度で生成しているだろう。
観察者が地上にいるかぎり
虹はつねに半円型のアーチである。
Rainbowは<雨の弓>ではなく
空気中の不連続な水滴による
太陽光の屈折と反射の集積なのである。
太陽があるかぎり、虹の見えない場所はない。
十分な光を放つ満月の時に
月光による月虹(Moonbow)を見ることができるが
星空のなかで月虹の見える場所は
地球上では限られている。

土石木流

<山腹が崩壊して生じた土石等又は渓流の土石等が
水と一体となって流下する自然現象>と定義されている。
しかし、山腹が崩壊するのは
広大な人工的杉林によって保水性が欠乏したためだ。
したがって、ほとんどの土石流は自然現象ではない。
土石流の映像には
無数の無残な杉が土石と折り重なって流されている。
もはや<土石>流ではなく、<土石木>流である。

副産物

梅雨の季節は
スタジオでずっと仕事をすることになる。
問題は減らなかった。
梅雨の雑草の成長速度が加速するように。
夕暮れが終わる頃から
遠くまで拡がる単調な空を見ながら
酒を酌む。
夏が来るまでは
問題は減るよりも増えだろう。
問題がすべて思考の副産物だとしたら。

共進化(Co-evolution)

裏庭は森へと続く最初の入口(=背戸)かもしれないが
地下30キロメートルの地殻にまで生存する
微生物圏のサブシステムの出口を構成している。
——–バイオマスの相対比からみれば。
微生物が作り出した膨大な油田と
21世紀にまで存続する石油資本との関係は
地下に長期に埋蔵されたバイオ系エネルギーによる
内燃機関を開発し続ける
一時的で特殊な共進化(Co-evolution)である。
ハイブリッドカーでさえまだ微生物圏のサブシステムである。

親しさ

親しみのない存在は
不自然に感じるから
自然に精通すると
無遠慮な関係までも
エコロジーに含むようになる。
なれなれしさは
身勝手な愛撫でしかない。
自然を裏庭のように
親しい存在にしたいだけなのだ。

無題

ひどく風に吹かれて
誰にもつかめない季節の変化は
あっという間に去ってしまった
メールを出しても
電話がなることもない図書館にいても
その裏庭もWiFiでますます狭くなる
働いても働いても
暮らしはもう終わっているから
風が吹かなければ
誰もどこにも
居場所がないと思いはじめた
気をつけろよ、風の吹かない場所は
いつも移動しているから一番安全なんだ
陽電子のように動く海だから

モズ(mozu)

スタジオの庭には最近モズが規則的にやってくる。
モズはいろいろな鳥(百種の鳥)の鳴き声を
真似た複雑な囀りができるので
百舌鳥(モズ)と呼ばれる。
そのモズがカッコウに真似て托卵することもある。
しかし、そのカッコウもまた体温変動が大きいので
他の鳥に托卵するらしい。
そうなると、体温変動がより少ない他種に抱卵させる習性は
百舌鳥の場合にはまったく説明できなくなる。
体温変動は自然淘汰の結果なのだろうか。
進化と漸進的変化はつねに混同されている。

裏庭

過疎化に対して政府は定住を促進してきた。
都市から移住したい人間が、地域で根を降ろすように。
しかし、移動するための足を備えて生まれてくる人間は
植物のように根を生やすことで大地に定着はできない。
21世紀の定住計画は、
より移動して繁殖してきた人類の行動パターンに反している。
その結果、地球上の陸地の大半は未だに過疎である。
日々平均30キロ移動している野生のツキノワグマは
脱工業化と平均寿命の向上と共に
過疎化で拡張する<裏庭>を歓迎している。

反・独学法

1970年代の日本には、シナジェティクスの教育者も専門家もいなかったが、
私には、何をなすべきか教えてくれる人がいない状態で
独学した期間はなかった。
1975年頃からバックミンスター・フラー研究所とフラーに手紙を書いていた。
彼の講義日程はつねに把握できていた。
驚くことに、彼の休日は飛行機での移動時間だった。
当時のエアメールでさえ、充実した遠隔的な自己学習方法であった。
学習に独学は存在しない。
自己と他者、そして宇宙との関係だけで、他になにも存在しない。
5年後、彼とシナジェティクスの仕事をしたときに分かったことであるが、
彼は年間2万通の手紙を書いていた。
通学も独学も時代遅れである。

自然農 再考

無農薬、無化学肥料、不耕起、非遺伝子組み換え、
無除草、種子の自家採取などが
自然農の目的ではなかった。ましてその方法でもない。
バイオスフィアの偉大な能力を生長させ、
その普遍的な方法を独自に発見するという志がなければ
もはや自然農ではない。
これまでの有機農法や自然農法の定義もその基準も
破壊するほどの先験的な諸原理の発見が
自然農を加速度的に発展させてきたのである。
自然農を支える諸原理の使用に
誰も課金できない。

異常な森

土石流の原因のほとんどは
大雨ではなく
保水しない杉林にある。
杉林は土石流によって
移動する人工の森である。
異常気象を
「過去30年の気候に対して著しい偏りを示した天候」と定義しているように
杉林という異常な森は
「過去60年の気候に対して著しい偏りを示した森」と定義できる。
稲作の周辺には広葉樹の森が存在しなければならない。
杉林は第2次世界大戦後にアジアの稲作の破壊工作のために
アメリカで考案された前駆的な枯葉作戦である。
この裏庭を覆う異常な森はエコロジー運動で保護され
自然破壊を合法化してきた。

分割統治(divide and conquer)

植民は植樹のように
人工的に内部にもう一つの森をつくる方法である。
この森は植民地(コロニー; colony)と呼ばれる。
異民族を対立させるためには
最初の森を分断しなければならない。
分断するには他の民族を連れてきて植民させる。
その双方を外部からの支配によって
異民族同士の対立をより煽ることができる。
分割こそ、互いに異なった森の効果的な征服方法である。
すべての人工的な裏庭(エデン)は植民地に繋がっている。

風鈴

午後の静かな日陰の縁側に
吊り下げられたテンセグリティの共鳴する音に耳を傾ける。
微風で僅かに回転しながら振動するだけで
テンション材と空気が擦れ
そしてアルミパイプと共鳴しているのだ。
振動と共鳴の違いを
再現できるテンセグリティは
優れた風鈴だ。
やがて、その内部に
蜘蛛がもう一つの巣(web)を巡らすだろう。

熱中症(heat disorder)

熱中症は屋内外を問わず
高温や多湿などが原因とされている。
20世紀にはこの病名は存在していなかった。
室温34度でも湿度が30%以下なら
汗はほとんどかかない。扇風機で十分である。
熱中症(heat disorder)は
身体の外部環境への適応障害であるが
真夏日をもたらす偏西風は
本質的に蛇行するようにデザインされている。
北極と南極の回転軸上を
軸トルクで捻れる大気の動的パターンが形成される。
偏西風は波動であり、蛇行によって地球を
より長い距離を循環できるのである。
偏西風の波動とその揺らぎも
バイオスフィアを冷却するために
バイオスフィアが生み出した機能である。
バイオスフィアに熱中症(heat disorder)は存在しない。
自然に無秩序(disorder)は存在しない。

過剰な畑

エネルギーが欠乏した畑よりも
エネルギーの過剰な有機農法の畑によって
畑はより荒廃していることに
気がつかない農民や農協が
いまさらTPPに反対しても
補助金漬けの営農ファシズムに
もはやなにも期待できないのだ。
バイオスフィアの生産性を否定した彼らに
コスト戦争が待ち伏せしていたのだ。
バイオスフィアの土壌細菌と雑草を
壊滅させる彼らの組織に
見えないエコロジーの反撃が始まったとも言えるだろう。

K2=8886m

中国のエベレスト測量隊はエベレストに登頂して
エベレストを三角測量した。
その結果は、8844.43m±0.21mだった。
世界一高い山の高さを測った人(8886m)は
その登頂に成功した人ではない。
もっと高い大気圏外から無人衛星が
レーザー光で測定している。
ただし、
地球の引力と自転による遠心力による
均一な分布を基準にした楕円体の「平均海面=水準面」からの
高さである。
裏庭のことは
無人衛星が一番よく知っている。

続)5月の満月

太陽系ではすべてが
月のように軸回転している。
人間の知性は、情報量ではなく
地軸に対する回転移動距離に比例する。
しかし、人々は一つの場所に
定住したがっている。

5月の満月

満月の夜は、焚き火をしない。
新緑の葉が数えられるほど
森も輝いている。
精神的肉体的な浪費も苦労もなく
個人的な物質をいっさい所有せず
どんなイデオロギーにも魂と奪われることもなく
ひたすらに身軽に自立的に移動するためには
かなりの包括的なテクノロジーが必要だ。
————太陽系と重力、そして
この潮力交流発生機がなければ
5月の風さえも存在しないだろう。

月と霧

満月の海では
張力は潮力となり
海面が上昇するように
満月の森では
月光で葉が光合成をしているだけではない。
気孔が開口し
森全体の水分が上昇している。
5月の森の満月の後
朝霧はとても美しい。
単純になるほど張力が
偉大であることがわかる。
満月は張力発生機だ。

逃亡する生活

読みたい本よりも
より大きな蔵書ファイルを持ちたい。
聴きたい音楽よりも
より大きな音楽ファイルを持ちたい。
使うお金よりも
不足しないお金を貯金したい。
それらによって
生きたい人生よりは
より長い時間を生きたい。
こうして
使うエネルギーよりも
不足しないエネルギーを発電したい
社会が支持されてきた。
失うことの不安から
逃亡するテクノロジーよりも
より少ないエネルギーと物質で
野生の現実を生成するために
自然は無数の原理を用意している。
ーーーーー重さもなく不可視な究極の存在形式を。

雑草学のすすめ

偏西風と南風が日本列島上空で衝突して
湿度28%になれば
砂嵐はいつでも発生するのは
日本列島に雑草がないからだ。
雑草がない大地が黄砂を生み出している。
雑草には大地を保湿しながら冷却する機能がある。
ーーー海風のように
雑草の種がTPPの拡大交渉には含まれなかったのは
まだ農産物ではないからだ。
自然は明らかに人間が食べられない農産物を
最初にデザインしている。

満月

朝4時から5時まで
西の空の山の端へと
拡大されながら沈む2月の最後の満月を見ながら
リヒテルの平均律を聞いた。
10歳の時の蚊帳の中で目覚める朝を思い出した。
そして、朝露の立ちこめる川で
ウナギを釣っていたまだ暗い朝を思い出す。
アメリカのオハイの山で瞑想したときも
突然その映像を思い出した。
遠い山から
遠い声が聞こえる。
まだ訪れていないだれかの裏庭の獣にも
この満月は輝いている。

劇的な適応性について

二酸化炭素が増加すると
植物の炭酸同化作用が
短時間に増大するのは
植物がより少なくなった二酸化炭素でも
成長できるように適応してきたからだ。
マリモは淡水でも成長できるが
海水に移すと劇的に成長する。
彼らは淡水に閉じ込められても
死滅しないように
短時間に環境に適応したのだ。

自由について

植物は生き延びるために
発芽する自由と
発芽しない自由を作り出した。
見知らぬ場所まで運ばれても
見覚えのある環境が現れるまでの
時間に耐えられるから。

冬至

北半球では昼が最も短く、夜が最も長くなっても
日の出よりもつねに朝早く起きるのが
太陽系と私との動的な関係だ。
そして
私の仕事場における局所的な天文学の冬至とは
外気温よりも室温が11度以上高く
そして地下水温度がその室温よりも高くなる季節に移行する時期なのだ。
局所的な外部では
畑で霜が発生し、裏庭の山沿いで積雪が始まる時期と一致し
4WD車のスタッドレスタイヤへの交換時期に入る。
そして主観的には
それらは冬ほどより遠くに移動するための
様々な手段を準備するサインなのだ。

続)落葉

人間の発明も
南半球よりも北半球のほうが多いのは
寒冷による凍死の危険性からだ。
危機的な環境の変化に機敏に適応するために
われわれはどのような生産手段を放棄し
何を発明するのだろうか。
日本権力構造は環境の変化に機敏に適応できなかったからこそ
何も放棄しなかった。

落葉

植物は成長に適さない環境の変化、
例えば乾燥や寒冷などの環境の変化に対応できなくなると、
最初は葉を小さく、あるいは厚くするという戦略を採用する。
それでも適応できない場合は、最終的に葉をすべて放棄する。
植物は重要なエネルギー生産手段を放棄すると同時に
エネルギーを保存する方法を発明したのだ。
北半球の寒冷地でも生き延びるために。
落葉.JPG

ニジマス(Rainbow trout)

渓流で捕獲された自然のニジマスは
絶えず湧水で満たされる栄養豊富な池にリリースすると
60センチに達するまでに
その体型は急激に変化する。
彼らの原産地はカリフォルニアで
日本の河川に放流された後に定着した外来種であるが
驚くことに彼らはスナックやおにぎりが大好きだ。
湧水のように水流が一定にありながら
その速度が遅い場所に棲み続けると
完全な淡水型として適応できるが
頭部が際だって大きい不格好な流線型になるばかりか
やがて体側部に赤紫色の斑点が連続する美しい虹も
輝きを失っていく。
遺伝子ではなく
風雪や雨で著しく変化する渓流の速度こそが
美しい自然の流線型を生むのだ。