何を学ぶかではなく、どうやって学んだかは教えられる。
しかし、どうやって発見するかを、だれにも教えられないのは、
どうやって発見できたかが、自分で理解できないからではなく
シナジーはつねに全体からやってくるからだ。
シナジーの発見は、非論理的にしか経験できないが
発見された自然の秩序は直観的に
そして、論理的に新しく理解できる。
「シナジェティクス」カテゴリーアーカイブ
シナジェティクスモジュール
自然のモジュールの生成方法は一つだが
そのモジュールの構成と分解の仕方はほぼ無数に生まれる。
その構成と分解を学んでも
モジュールの発見には至らない。
自然のモジュールの生成方法は、つねにシナジーである。
環境
思考したことを言葉で表現すること
そして、
それらを行動することが
互いに調和している状態こそは
つねに<環境>として
無数の個人がデザインしなければならない。
<環境とは自分を除いたすべて>だから。
知識
平凡な講義は、関心を持たせて聞かせる。
優秀な講義は、書物からではない理解が得られる。
素晴らしい講義は、学生の質問から入るシナリオのない講義だ。
しかし、最高の講義は、もっと知りたいという心を開花させる。
知識自体を愛する前に。
デザイン
テンセグリティモデルの美しさは
モデル言語の理解度から生まれる。
テンセグリティシェルターで美しければ、
それは構造とパターンと物質との調和の美しさだ。
構造とパターンの物質への変換テクノロジーは
シナジェティクスとデザインサイエンスとの
相互作用から生まれる。
デザインとはその相互作用を発見する仕事である。
人工意識
ポケット関数電卓とiPhone 6 Plusは
ほぼ同じ大きさである。
関数とは、機能(=function)である。
スマホという無数の機能は
関数と同様にブラックボックスでデザインされている。
他者という変数に依存して
自己が決まるならば
その関数は人工意識に接近している。
アマゾンからの推薦された新刊案内のメールには
最近ほとんど反発を感じなくなっている。
暗黙の了解
建築の構造において
圧縮材が一つ多くても過剰を心配しない。
そもそも構造の安全率が5倍以上でデザインしているからだ。
建造コストが過剰になるような建築ビジネスは
専門技術者たちの暗黙の了解によって支えられている。
テンセグリティにおいては
張力材が一本多い方が、一本少ないよりも危険である。
シナジーが劣化するからだ。
シナジーは、自然の暗黙の了解から生まれる。
自分の経験
専門家を目指す学生は
インターネットでより有利になっている。
研究をする時間コストは明らかに経済的になっている。
もし、自分が考えたことを研究する気なら
引用文献を読む時間はほとんどなくても構わない。
誰にも似ないように思考するためには
他人の経験だけでは十分ではないが、
誰にも似ないように思考していなければ
自分の経験も存在しない。
誰にも似ないように思考するとは
誰にも似ないように感じることが
ほとんどないことに気づくことから始まる。
離脱する方法
太陽がない早朝に
コーヒーを沸かして飲む前に
私は幾つかの絵を描いている。
2BのHi-Uni で
できるだけ消しゴムを使わないで
数学の問題を解くときのように。
そして、綺麗ではない最初の絵を
コルクのボードに透明なピンで留める。
それらの絵はやがてコルクのボードから外される時がくる。
必ずやってくる。
現実のほうが素晴らしいから。
そして、そのボードには
無数の絵で日焼けした
残像(イリュージョン)だけが残っている。
独創性(Originality)
創造的模倣とは傲慢な独創性の出発点である。
シナジェティクスの学習段階でも
すでに詭弁的な模倣が多すぎる。
シナジェティクスの目的は
自然を模倣することではなく
自然を表現することにある。
すべての学習段階は
自然を知らないことに意味がある。
学習の方法は学習内容よりも先に学習されるが故に
学習の方法にシナジェティクス的な革命理論が潜んでいる。
真の独創性(originality)は
人間独自の創造性(creativity)を否定する領域に
到達する方法を含んでいる。
