シナジェティクスは
宇宙の原理の探求でありつづけるかぎり
本質的にメタフィジックスな努力である。
夜明け前に起きて仕事をする場所は
さらに150年間は途切れることはないだろう。
その場所の空間デザインこそが
思考の構造とパターンに影響しているのである。
「シナジェティクス」カテゴリーアーカイブ
張力的共生
ミトコンドリアは、動物、植物、菌類にほぼ共通であるが
植物が太陽光で光合成をするまでに
ミトコンドリアという外部と共生して相補的な構造に変換したように
テンセグリティは張力という外部を
ほぼ構造の表面に変換し維持している。
テンセグリティの張力は、受容するすべての外力との均衡である。
テンセグリティ構造は、自重さえも外力分散の一部に変換される。
自然の構造デザイン
飛行機事故で死亡する人数よりも
地震で死亡する人が圧倒的に多いにもかかわらず
人間の生存に不可欠な構造のメカニズムに
飛行機ほど純真で率直なメカニズムを見つけることができないのは
構造家や建築家のほとんどがライセンスを獲得する過程で
構造物を土地資本主義における不動産に変換するための
記号の生成と変換方法だけが教育されてつづけているからだ。
建築の構造は不動産として大地に依存する限り時代遅れである。
もっとも単純な部材と部品数から形成される
テンセグリティシェルターの構造デザインほど
純真で率直なメカニズムの統合を要求するものは他に存在しない。
構造がもっとも単純な水素元素を開発したのは
人間ではないように
テンセグリティシェルターを開発する構造デザインは
原理の発見によって認識方法が変わる自然科学に属する。
自然が利用している構造のデザインは
観察よりも遙かに認識によって飛躍する。
引用
本やネット、
論文や特許明細書に書いてあることを
引用なしで話す習慣は詐欺師の始まりである。
たとえ、その著者や発明者でさえ。
エンジニア(engineer)
エンジニア(engineer)は、エンジン(engine)を設計できる。
エンジンとは内部に生む行為である。
エンジニアリング(engineering)は、その行為の工学的な体系である。
その体系は誠実な天性(genuine)から
生まれる発明の才(ingenuity)に基づいている。
発明の才(ingenuity)だけが、純真で率直なメカニズムを見つけ出せる。
すべてのエンジニアリングは
先験的な複数の原理との調整にある。
習慣
考える習慣でさえ、過去のパターンである。
瞬間毎の現実を対象化しない習慣から学ぶことは何もない。
<開発不可能>という概念
20世紀中に開発不可能だと言われていたが
構造が簡単なため大量生産を可能にして
膨大な富を形成したのが受賞理由だとする
政治経済のシステムと
開発不可能だと言った権威ある科学者や技術者が
開発リーダーになれるシステムとが
科学が産業をリードし産業が経済を形成している事実と
異なっていることが問題なのだ。
経済が開発の動機を形成しているかぎり
<開発不可能>という概念によって研究している人々が
つねに大多数である。
地震や噴火の予知研究なども
同じ概念を支持する人々の
単純な政治的補助金獲得技術で成り立っている。
デザイン戦略
高速で移動する自動車や飛行機が移動の手段として
船のように素朴に見えるまで
自動車や飛行機は利用されなかったように、
テンセグリティが人間の生存手段のためのモバイル構造として
もっとも単純にそして素朴に見えるまで
すべての機能を再現したテンセグリティモデルを
繰り返し制作しなければ
テンセグリティシェルターがデザインできないのは
デザインサイエンスの独自の戦略ではなく、自然の戦略なのだ。
その時に再び自然は
テンセグリティの新たな構造原理の物質化へと導くに違いない。
依存型思考
アイデアを、そして計画を
毎日紙に書くことは
いつでもどこでもできる。
しかし、その簡単な方法は誰かに話すよりも
遙かに簡単で自在なことが分かるまで
依存型思考は止まらない。
もっとも簡単にできる方法と現実を怖れるのは
後天的な条件反射にちがいない。
中途半端な依存型思考のタイプは
大人になっても
白熱教室やTEDのプレゼン形式がたまらなく好きである。
シナジェティクスとデザインサイエンス
シナジェティクスは古典幾何学の延長ではない。
また最後の幾何学でもない。
シナジェティクスは包括的科学なのである。
デザインサイエンスはプロダクトデザインではない。
シナジェティクスなきデザインサイエンスは存在しないからだ。
それらは互いに相補的である。
