シナジェティクス」カテゴリーアーカイブ

全方位

環境は明らかに自分以外のこの720度問題なのである。
つまり、環境とは
すべての人類の置かれた環境が互いに異なっていることが問題なのである。
エコロジーは、この問題を除外しては存在しない。

「テトラマ」はつねに主体の位置(=観察者の居場所)に関わっている。
しかし例外的にバイオスフィアの中心に観察者が移動すると、すべての局所的「テトラマ」は、完全一致するだろう。
この極軸上の点は認識に著しい変化を引き起こすだろう。
バイオスフィアと大気圏外宇宙は720度で完全に一致している。
全方位とは、球状宇宙の720度である。

「テトラマ」は地球儀でもなければ、天球儀でもない。
すべての対象物が観察者からある距離に配置された宇宙の相互関係をパターンとして視覚化する装置である。

エコロジーが今までになくより多くの人類を宇宙意識へと誘導しているのは、無意識にこの720度が関与しているからだ。  Y.K

「テトラマ」

超広角レンズの最大視野角は180度である。
レンズでは不可能であるがパノラマ(panorama)という図法から最大視野角は360度まで拡張できる。
しかし、自分を取り巻く全方位は360度であると信じられてきた定理は数学的に間違いである。パノラマ(panorama)はすべてを決して捉えない。
360度のパノラマはメルカトール図法の矛盾を引き継いだ不完全な球体認識である。

周囲の角度は720度である。
つまり、ひとつの頂点の周囲の角度は720度である。
これは(正)4面体の内角の総和に関係している。
人間の視野角では同時に720度を見ることはできない。
私はこの新しい視野に変換する図法を「テトラマ」(tetrama)と呼んでいる。
「テトラマ」によって自分を取り巻く全方位は720度で捉えられる。
異なった観察者が見るすべての「テトラマ」は互いに異なっている。
つまり、あらゆる「テトラマ」は局所的なのである。
私はこの本質的な問題を「テトラマ」問題と呼んでいる。  Y.K

流体地理学

サケの遡上が多かった年は木の年輪の幅が広くなる。
熊によって森の中に運ばれた窒素は遂に1ヘクタール当り120kgとなり、
造林業者が人為的に施肥する窒素肥料の量に匹敵するからだ。
樹木に含まれる窒素の中でサケからの窒素分の割合を同位元素別で調査した結果、
鮭の溯上の3年後に樹木中のサケの窒素の増加が認められ、
すべての森の樹木の窒素の30% 以上がサケからのものであるというレポートを読んだ。

流体地理学では熊はシナジェティクス的オペレーションでサケを森に加えたので
海の一部が樹木に化身したのである。
加えられたサケで未知でなる森の情報は明らかに生成されていることを意味している。
サケは森が雲という移動する淡水を生成するための媒介者である。
熊とサケはこの流体地理学を知らない。
サケと熊は異なったシナジェティクス的オペレーションを媒介する。

海と森の価値も知らないサケと熊の行動とは異なる人類だけが
シナジェティクス的オペレーションに<意識的に>参加することによって、
海と森の価値をはじめて理解できるのだ。  Y.K

シナジェティクス

元素の発見の歴史は、加速度的にあたらな元素が発見された根拠を科学的には偶然性に委ねたが、同時に、その神秘性はメタフィジクスに、その膨大なシステムの体系化はシナジェティクスに委ねられた。 そしてその産業化による経済性の恩恵(プリセッション)はデザインサイエンスに委ねられた。
1927年、それらをたった一人の無名の個人が構想していたという事実を受けいれなければ、バックミンスター・フラーの著作は世界中の本屋で瞑想精神世界に分類されたままだ。  Y.K

シナジェティクス的オペレーション

 
どうにか偶然に見せかけて、
すべての人々に同じことをさせようとする社会を構築した。
それは、無言のうちになされた。
しかし、誰でも異なる観点を持つことを誰も止められないので、
そのシステムはうまくいっていない。
実際、異なる何かを見て、行動する誰かが、つねに存在する。
われわれの遺伝子は、われわれの意志を超えて、
偶然にも同一にならない不完全なシステムを採用しているからだ。

しかし、行動したとしても本当の価値を加えないかぎり、
必要としていない無数の出来事が生まれている。
本当(real)とは何か。
歴史的には royalが定める法律こそが真実(real)なのだ。
21世紀の虐殺者は、帰国すれは英雄である。
真実を反対称化する主体が真実(real)なのである。
必要としていない無数の出来事は、直轄植民地(royal colony) のなごりである。
専門家社会もコロニーのなごりである。

誰もが本当の価値を加えるコトを畏れている。
化学的結合や解離では、加えるコトはもっとも単純なシステム操作である。
正確には、既知となった価値を加えるのではなく、
加えるコトでそれまで未知であった情報が生成することを意味している。
価値があるコトは、情報を加えるコトから生まれる。
このシナジェティクス的オペレーションは、
価値があるモノを支配したroyalを陳腐化する<共有する新しいシステム>である。
これがもう一つの真実(real)なのである。

つまり、シナジェティクス的オペレーションは幾何学的な補助線ではないのである。
シナジェティクス的オペレーションはしばしばこどもの試行に、日々の遊びに頻繁に現れる。  Y.K