嵐の日に天気のいい日のことを考えない人はいない。
しかし、天気のいい日に嵐のことを考える人はほとんどいない。
保険会社は、この非対称性を維持する装置である。 Y.K
コミュニケーション
他人の理解が、常にうんざりするほど月並みと感じるときは、
宇宙の平均的元素から構成されている脳に蓄積される情報が
平均的に構成されているからではないだろうか。
うんざりと言う主観以外は。 Y.K
<シンキング・プア>
ワーキング・プアは社会システムの問題であるが、
考えれば考えるほど貧しくなる<シンキング・プア>は思考言語の問題だ。
考えること自体が考えるコトから除外されている場合、
考えれば考えるほど貧しくなりやすい。
つまり働けば働くほど貧しくなる場合、
なぜ働くかを考えられないのと事情は同じである。 Y.K
対称的マインド
問題を解く能力ばかりが、脳じゃない。
問題を増やす能力も創造性だ。たとえば発見。
その両方を求めるのは対称的マインドだ。
動的な相補性はシナジェティクスに期待できる。 Y.K
自然エネルギー
化石燃料(石油、石炭、天然ガス、オイルサンド)やウラン等の埋蔵資源は枯渇性エネルギー源で、資源が枯渇しないエネルギー源=太陽光・太陽熱・風力・水力・波力・バイオマスは、「自然エネルギー」と言われている。
そして自然エネルギーは、再生可能エネルギーであると言われるようになった。
ところが、すべてのエネルギーは自然エネルギーである。
なぜなら、宇宙全体のエネルギーは増えも減りもしないからである(量子力学が成立する大前提である)。
ゆえに、すべての物理的エネルギーは再生可能なエネルギーである。
物質も再生可能なエネルギーである。
原子力発電所ではこれは日常化している。
地球温暖化によって、地表から放射された赤外線というエネルギーを一部吸収する水蒸気や二酸化炭素、メタンという物質もわれわれが見落としていた地球規模の再生可能なエネルギー源になり得ることが証明された。
つまり、新たな再生可能なエネルギーは地球の年平均温度を次の100年で1度以上も上昇させることができる。
銀河宇宙にとっては、惑星がいずれ太陽のような恒星になるための再生可能なエネルギー源になっていることに変わりない。 Y.K
学習
情報を共有しても
経験を共有してはいけない。
外見以外の唯一の個体差の発生源であるから。 Y.K
思考と睡眠
思考すると眠くなる。
私はシナジェティクス論文を書くと自然に『寝太郎』になる。
思考と睡眠は知を成す過程である。
睡眠には自動的な情報の整理作用がある。
そして、原理の発見によって脳はもっとも覚醒する。 Y.K
『寝太郎』
稲作による真の富を表す「三年寝たろう」(=シントロピーの利用によって、3年に一度の豊穣な稲作によって生存できる地域が存在する)は、高度消費資本主義社会の市民農園から決定的に遠ざかる。
『寝太郎』が稲作の平均的な姿であることは決定的に疑われたままである。 Y.K
市民農園
都市と農村は交流することは不可能なように設計された。
情報格差は、都市と農村を分離して存続させるエンジンであった。
そして今、互いの債務を忘れて交流するためには、
偽装しなければならない。
エコロジー的市民農園とか、民家宿泊とかの
市民が運営する安価なレジャー施設で、
移動人口の増大をもたらし経済効果を期待するという単純な考えで、
人々を引き留めることはできないが。
移動人口や農村部の定住人口の増大には、
基本的に多大な税金投入が必要である。
都市と農村は第2次世界大戦中の大規模な生存の危機から発生した
<疎開>という形で否応なく交流したように、
都市と農村が再び交流するためには、真の危機が来るまで、
もっと互いに対立したまま破壊されなければならない。
生活格差とか、情報格差とか、高齢過疎化とか
はたまた限界集落とか、
これらもっともらしい経済統計学の概念は、
日本の都市と農村に限ったことではない。
世界中で起こっているグローバリズムの標準化の生々しい兆候だ。
アジアでは、稲作から遠ざかる奴隷化(都市では消費者と言われる)のそれぞれの段階を表している。 Y.K
ルビの起源
ルビーは宝石の名前だ。
19世紀まで活字は宝石のように貴重な存在であった。
ルビ活字の大きさを宝石の名前(5.5ポイント・ルビ)で区別していた。
プリセッションを計画的偶然と訳したことがある。
そしてプリセッションをルビにした。
漢字のルビには内部と外部の相互作用がある。
この相互作用こそ、稀少元素のように貴重な存在になるだろう。 Y.K
