月別アーカイブ: 2009年5月

目的論

あらゆるカタログで販売されている部品が、
それらが作られた最初の目的から逸脱して、
新たな機能へと再統合される確率は、
加速度的に増加している。
ホームセンターでうろうろしている時間は増えている。
その結果、商品知識ではなく、
商品目的の転用または破壊の知識があるかもしれない。
作家たちが図書館か本屋に通うように、
デザインサイエンス講座の実践場所は、
ホームセンターでも構わない。
そこは、ひらめきの宝庫だ。
新たな機能の化学反応に遭遇することができる。
参照
デザインサイエンスにとって、「既製品を使う」とは何か。
http://synergetics.jp/tensegrityblog/

長寿社会

不換紙幣と引き換えにモノが購入できるシステムが、
自由と引き換えに金利の奴隷にさせる。
平均寿命が30歳程度の時代に考えられたシステムが
もっとも長寿命である。

シナジェティクス教師

シナジェティクスに教育の目的があるとすれば、
「自然の原理から学ぶ方法を自分に教える」ことであろう。
シナジェティクス・モデルの隠れた機能である。
人格をもたない教師は宇宙には無数に存在する。
参照
デザインサイエンスとは何か
http://synergetics.jp/tensegrityblog/

バイオトイレ

カナダ製のバイオトイレを購入した。
便座の形をした成形部分の底に、
ヒーターと攪拌機が付いただけのデザインだ。
落葉広葉樹の枯葉が調達できれば、
お金のかかる特殊な微生物は不要だ。
森に生息する豊富な微生物の働きに比べれば、
都市の下水施設は、
もっともエネルギーとお金のかかるテクノロジーである。
(排泄物を大量の水で溶かす習慣は、人間だけだ。)
動物にとって、森はメンテナンスフリーの巨大なバイオトイレである。
都市のビル群の屋上は、
サツマイモなどの菜園だけではなく、森にすべきである。
森は緑とは限らない。

アンチ・節約エコロジー

どんなに贅沢しても、
現在の全地球上の産業エネルギー消費量を、
バイオスフィアに降り注ぐ太陽光エネルギーの
1%にさえ相当しないのだから、
エコロジーは、もったいないとか、節約しようだけでは不十分である。
より少ないエネルギーと物質、そして時間で、
今まで以上に効果的に機能しないかぎり、
擬似東洋的な、受容的態度では解決しない。
地球人のまだ過半数に十分な電気が行き渡たっていないのに、
夜間に電気を捨てるのは、資本主義圏も共産主義圏も同じである。
この夜間に捨てている電気を、地球の反対側の昼間の地域で
使える全地球的送電ネットワークは、
原子力発電所を陳腐化し、電気料金を引き下げる技術である。
一方、バイオスフィアは、
昼夜を問わず一秒間に100回、年間31億5000万回
稲妻を放電し、地球の磁場でバンアレン帯を維持している
メンテナンスフリーの超ハイテク電気製品である。
全地球人は、バイオスフィアのように、
もっと電気メータのない電気を使うべきである。
使い切れないほどのエネルギーが日々降り注いている。
節約するにはもったいないかぎりだ。

コピペ文化

もし、宝くじに当たったらどうするかを心配する。
そして、いままでできなかったことを思い描く。
しかし、たいていのことは、宝くじがなくとも実現できる。
羨ましがられる人たちのほとんどは、宝くじに当たったわけではないからだ。
そして、宝くじの賞金では不可能な水準の生活をしている。
なぜなら、お金がない人はつねに金持ちの真似をしたがるから、
金持ちはより金持ちになるのである。
なんという歴史的な無駄遣いだろう。

発明

すべての発明は、
従来の技術を改善もしくは陳腐化する独創性がある。
この独創性には度合いがある。
しかし、もっとも高度な発明には、
つねに新しい原理の発見がある。
つまり、発明に独創性はいらないのである。
あるいは、独創性という人間のうぬぼれた概念が、
自然の発見を閉ざしている可能性がある。
参照
ロイヤルティ

エコポイント

環境デザインは、ハードウェアでもない。
エコポイントも環境問題を解決する手段ではない。
宇宙と自己との非物質的な関係を除外している限り。

銀河食

月食、日食は、短命な地球人にとって稀少なイベントだ。
太陽系は、円盤状の銀河系のはずれにあり、
銀河系だけでも、数百億の恒星が回転している。
銀河がすっぽり他の銀河の存在で見えなくなる銀河食
は頻繁に発生している。
観察者が場所を変えることで銀河食の頻度も変わる。

情報戦争

新型インフルエンザは、
検疫による封じ込め、ワクチン、タミフルでは退治できない。
いまのところ、新型インフルエンザ以上の
情報の専門家はいない。

最良のクリティカル・パス

ジオデシック・ラインは最短距離であるが、
クリティカル・パスは最長経路である。
どんなことがあっても最悪の状態を回避する方法は、最長となる。
クリティカル・パスの管理者にはもっとも恐れられていることであるが、
最長経路を最短にするためには、
発明や発見によって、予め用意されたクリティカル・パス自体を
陳腐化または破壊しなければならない。
最短時間で最小のエネルギー・コスト・物質で解決する発明や発見は、
つねに最良のクリティカル・パス法である。
クリティカル・パスでない工程をいくら短縮しても、
プロジェクト全体を短縮できないが、
クリティカル・パス自体の工程を短縮すれば、
プロジェクト全体を短縮できる。
つまり、もっとも経験と想像力、そして独創性を
必要とする包括的思考自体は
クリティカル・パス法ほど論理的には形成できない。

テンセグリティ

何事に対しても足元を固めるように行動する習慣は、
張力さえあれば、
地球も浮かせる歴史よりも、
足場さえあれば、
地球も動かせる歴史が長かったからだ。
しかし、テンセグリティも梃子の原理を利用している。
圧縮材とは、最小限の足場である。
ただし、不連続であることが大地と異なっている。

動くテンセグリティ

ナマコは肺を持たない。
そして心臓も血管系もない。
目・耳・鼻などの感覚器官はなにもない。
海底に堆積した有機物を食べて水質を浄化する
もっとも無駄のない存在形態である。
5本の放射神経の支配によって、
なまこの構造の強度と形態を変える結合組織は、
微小骨格が圧縮材となった<細胞外運動>を生成する
動く円筒テンセグリティである。

なまこ

ハワイでも、グアムのビーチでも
なまこは、海水を浄化するために養殖されている。
ある日、突然なまこが好きになった神秘的な理由について。
ナマコは手で触るだけで硬くなる。
次に強く手で揉んでいくとそのうち、腸が口から飛び出して、
ついに固い皮もすべてドロドロに溶けてしまう。
しかも、この液状化したなまこを放置すると
元のなまこに回復する。
さらに驚くことに、異なった2つの個体を液状化して、
一つの容器でよくかき混ぜて、
次に2つの容器に移して2等分しても、
各容器で独立した小さななまことして回復する。
(これはNHKの生物講座で偶然みた沖縄の科学者の実験方法だった。
形態形成場に関するこれ以上の操作主義的で明晰な実験があるだろうか。)
 
次に、新しく再組織されたこのなまこを、
3分割すると3個のなまこになるとしたら、
寿司屋の水槽の底で、静かに暮らしている棘皮動物を
これまでのように生食できなくなるかもしれない。
なまこにとって、なまこという外観は、部分の拡大された影である。
どの部分からも推測できない全体システムのふるまいは、
シナジーであるが、
全体から推測できない部分システムのふるまいは、
シナジーの鏡像ではない。
それは、反対称的シナジーである。
生命のシナジーは至る所で階層化されている。

容器

容器は、それが空っぽのときに一番変形しやすい。
容器は、それが満タンのときに一番割れやすい。
教育では、頭は閉じた容器のように考えられている。
蓋のない保存用なのだ。

自己教育

私はラジオの英語会話と『シナジェティクス』で英語を学んだ。
しかし、シナジェティクスを理解したのは、
『シナジェティクス』に接したからではなく、
シナジェティクス・モデルと接したからである。
シナジェティクスに試験や徒弟制度は存在しない。
いまのところ、原理の発見にキャンパスは不要だ。
きっと、宇宙の諸原理は、
世界の大学数よりも多いからだ。

自由

自分の好きなように生きるためには、
自由を用いる方法が必要である。
その方法は、自由を失う経験から生まれる。
だから、自由を失うまえに
すでに自由は恐れられている。

パラドックス

テンセグリティが存在するおかげで、
どれだけ多くの人が
自然の構造に直接触れられることであらうか。
しかし、
テンセグリティは電子顕微鏡や走査電子顕微鏡では、
ついに見えなかったのである。

構造とは何か

ジオデシック球は、球を置換した結果ではなく、
球の定義を単純化した。
テンセグリティは、
構造の定義を単純化した結果ではなく、
非鏡像的な相補性を置換したのである。
生命は構造によって守られ、
構造の不完全さによって生命は失われるが、
そもそも構造の定義は、
テンセグリティの発見まで存在しなかったのである。
ジオデシック構造は、テンセグリティ構造の特殊な場合である。
(一本のストラットは、圧縮力も張力も担っている。)

ミツバチ

場所ごとにいろんな香りで満たされる
春の気配に魅入っていると、
突然、アトリエに日本ミツバチが帰ってきた。
空が曇って見えるほどの仲間を連れて、
別の場所から、また巣別れしてきたのだろう。
球状の空間のなかを飛び回る時は、
遠くの低い山から聞こえるエンジン・カッターの音を思わせる。
やがて、アトリエに続くの別の建物の壁と基礎との隙間の入り口に、
黒い固まりとなって、しばらくアメーバーのような謎のダンスをしていた。
受粉のために働く勤勉なミツバチはいない。
すばらしい季節を求めて移動したいだけだ。
その夜が、満月だと分かったとき、
久々に外で焚き火をしながら、お酒を飲んだ。

外側の春

この山脈では、春は一年でもっとも長く、
もっとも過ごしやすい季節だ。
この山脈は、大気圏外から見た地球の地理情報からすれば、
「山奥」は、より「外側」に位置するからだ。
(ジャンボジェットは、零下40度の外側を飛行できる。)
広葉樹の新緑が、
葉の表面温度を低下させるばかりか、
森に無数の葉陰を作り始める。
衛星画像からその射影が見える。
しかし、都会の春は短い。
もう夏の気配がする。
都市の車は、
5月でも日中は冷房を使わないでは走れない。
剥き出しの道路で包囲された都市は、
より「内側」に位置している淀んだ凹みだ。

独創性

一つの事柄についてすべてを知る方法と、
全ての事柄について何かを知る方法は、
専門家と博識家との知性の違いではない。
独創性を身につけたい学生たちは、
この学習方法のどちらかを密かに選択してきた。
一つの事柄についての可能な限りの関係性を知る方法から、
既知となった事柄についてのすべての関係性を知る普遍的な方法と
それらを時間順序で蓄積し、他者が自由に閲覧する方法との開発を
ある期間を決めて実践することは、重要な未知の課題であった。
アインシュタインも含めた専門家も博識家も
純粋理論から兵器としての原爆製造は不可能だと考えていたが、
マンハッタン計画は原爆を2年間で開発した。
そして、国家的な規模の共同体による知性の開発の有効性は、
ヒロシマで証明された。
新たな構造と意味の解析と統合は、
不幸なことに、大量殺人兵器の開発からだったが、
それまでの個性に依存した独創性の概念が、
解体した瞬間でもあった。
それから半世紀以上経過したが、
こどもの個性を伸ばして独創性を獲得するための教育は、
独創性に対する社会的な幻想に基づいている。

経済病理学

玄米食をすると、ウンコの臭いがすぐに変わる。
臭いは大腸菌の種類に関係する。
生物のウンコには大腸菌がいっぱいある、
しかし、哺乳類のオシッコにはまったくない。
もし、オシッコに大腸菌があれば病気である。
これが、顕微鏡が発明された後の
病理学の始まりだった。
お金でお金を稼ぐ金持ちが増えている。
しかし、お金がまったくなくなるばかりか、
負債を抱える貧困はより増えている。
これは経済学ではない。
まして、資本主義でもない。
お金が発明された後の、
インフルエンザよりも毒性がある
死に至る病である。
しかし、インフルエンザと違って、
人間にしか機能しないローカルな毒性だ。

船長

理解できないと、興味が持てないばかりか、
コミュニケーションできない人間が増えている。
理解できなくても、
間違って理解していない限り、
コミュニケーションは標準化できる。
船長が船員の意見に疑問を抱いた場合、
船長が正しいことが理解されるまで、
船員のことを理解しないだろう。
しかし、船員が船長のことを間違って理解した場合、
その船は重大な危機に至る可能性がある。
コミュニケーションは、つねに汚染されてきた。
なぜなら、世界中のメディアに、
政治イデオロギーという民主主義を信奉する
偽の船長がつねに2人いるからである。
そして、教育も理解を偽装するようになった。
理解できなことを悪いことだと考えているかぎり。

ETC入門

1000円で、みんな出てきた、出てきた。
高速道路は、もっとも安い、
動く駐車場になるだろう。
サービスエリアに、
インターネットや図書館、病院、銀行、
そして、スパーも学校も必要だ。

ある会社の損失は、他の会社の富である。
全体の富は、奪われた総計に接近する。
不況は、バイオスフィアでは例外的な経済現象を
拡大する手段である。

種族維持

工場が車を大量生産するように、
工場は自らを複製できる。
そして、ついに、新車を購入すれば、
毎年その車は自動的に
漸進的に変化した新車に生まれ変われば、
その工場も不要になる。
その方法には科学的根拠がある。
インフルエンザ(RNAウィルス核酸)もエイズ(HIV)も、
自らの遺伝情報を複製した後に、
再び正20面体の核シェルターに格納する。
この自己同型のためのモバイル・テクノロジーこそ、
do more with lessによる最大の生存方法である。
人類は、彼らの種族維持目的のエコロジーほどに
まだ宇宙に最適化していない。
われわれは、まだ血と涙を介在させ、
擬人化したエコロジー(たとえば、「地球に優しい」)という
感傷的な段階にいる。