月別アーカイブ: 2010年6月

赤字覚悟

損をしても売る「赤字覚悟のセール」は
売らなければ
もっと赤字になる場合が含まれているが、
誰かの損失は誰かの富だというゲームは
この種の覚悟によってより日常的に継続されている。
脱工業化社会に引き継がれた
この赤字覚悟のエントロピー的ライフスタイルは
太陽系のエネルギー収支に適応した哺乳類からみれば
例外的な行動様式である。

包括的理解

完全な理解は経験できないと感じている時、
その理解とはunderstandingである。
語源的には、
under(下に、不十分な場所に)+.standan(立つ)
= …の下(または間)に立つという意である。
つまり、上下が存在する宇宙観から生まれた言葉である。
しかし、宇宙の原理を発見できるのは
宇宙の完全性を理解できる知性が
存在するからである。
その理解とは
包括的理解 (comprehension)☆である。
☆註
包括的理解(comprehension)は
放射状に成長する最密空間充填システムを形成する。
そのシナジェティクス・モデルは存在する。

空隙論

ナノチューブは発見される前から
隕石にあったが、
堅く丈夫に作ることに数十万年も費やした人類は、
ついに「構造」を石から模倣した。
こうして詰まったモノに安心する傾向が生まれた。
頭脳へも「詰め込み」だ。
贈り物でさえ「詰め合わせ」だ。
原子核を構成するモジュールである電子と陽子が
互いに隔てている空隙を怖れている。
空隙こそテクノロジーの産物である

シナジェティクス知らず

シナジェティクスを読破しても
シナジェティクスを理解できるとは限らない。
シナジェティクスは読破していないが
シナジェティクスモデルは理解できるかもしれない。
この2つを隔てる段階が経験の秩序化である。
シナジェティクス・モデル言語はモデルにあらず、テキストにあらず。
つまり、
ダウンロードされたシナジェティクスモデル派の
シナジェティクス知らずは
よくあることだ。
モデル言語はほとんど複製できないデフォルト言語だ。

淡々と

小さなアイデアを日々重ねるこが
まったく新しい理論へ導く効果的な方法だとしたら
淡々とした日々を選ぶだろう。
その淡々とした日々こそ
とんでもない組み合わせからなっているはずである。