月別アーカイブ: 2014年1月

高価と安価の起源

モノが高価ではない場合、
けっして安い(cheap)とは言わないだろう。
意図的に非効果的にしたモノこそが
実に安直(cheap)なのである。
同様に
高すぎるモノは
そのほとんどが計画的に思考しなかった
あるいは
行動しなかった結果なのである。

STAP細胞 (Stimulus-Triggered Acquisition of Pluripotency)

どんな細胞にもなれるが
しかし、細胞自らが初期化する<万能細胞>が発見された。
細胞の初期化とは
ips細胞のような初期化の操作方法ではなく
操作という外部のエネルギーによって
細胞が予めデザインし初期化のプログラムを作動させていたのである。
つまり、細胞のすべての可能性は予めデザインされていた。
細胞に対して<万能>という概念は
あまりに人間的すぎたのではないだろうか。
生き延びるために過去を初期化するのではなく
予測される未来から現在と過去を初期化する
自然の<デフォルト>だったのである。
——–すべての現在に過去と未来の始まりを合成するために。
生物学は<万能>に対して
なにもデザイン(あるいは操作)しなかった事実を明らかにした。
われわれは、デフォルトから
まだ抜け出たことがない未知なる内部なのだ。

怖れ

怖れは生得的ではない。
最初は特殊な外部のノイズによって
引き起こされる条件反射なのだ。
伝統的に尊敬された虚偽や道徳、
そして記号言語(たとえば法律や芸術)の反復によって
それらの条件反射がすっかり染みこんだ
群れの単純な反作用を形成できる。
怖れは人々を直線的にする。
その結果、直線的な指導者が再び英雄になる。

自然食

食べ物が内部に取り込まれるまでに
食材の選択やクッキングにかなりの知識を使う。
しかし、それらが外部に出ていくまでのプロセスには
ほとんど知識を使わない。
自然は液体や気体に分離するときの無数の問題を解決し
それらを他の化合物に再結合させるときは
さらにとてつもない方法を解決している。
自然食と言われる玄米食でさえ、専門分化した名詞にすぎない。

理解と直観

多くの原理はまだ発見されていないもかかわらず
操作可能である。
浮力原理が発見される以前から船が造られていたように。
理解には
まだ発見されていないが操作可能な一般原理群を
把握するための直観が含まれている。
これらの直観こそが知識の利得領域を拡張している。
理解は、自然の秩序を発見するプロセスに生まれる。

余裕(マージン)

<余裕>のために人々は
危険度を分散する自由度を減少させている。
にもかかわらず、人々はより豊かな<余裕>を求めている。
実際は、<余裕(マージン)のより少ないテクノロジー>が
より自由度の高い生活をもたらすことができる。
なせなら、それはテクノロジーの本質的機能と目的だからである。

アンインストール

自然は緊急時に安全側に作動する
生得的なシステム(fail-safe)をデザインしている。
そして、われわれにはあらゆる種類の代替回路が与えられている。
緊急事態がなければそれらの能力は日常的には使わない。
しかし、学校に行けば
自律的に学べる自己学習システムが発動しない<教育システム>が
考案されてきたように、
あらゆる種類の緊急事態の認識を妨害する
日常化のための<システム>が起動して
ほぼ3年が経過しようとしている。
安全側に作動する生得的なシステムをアンインストールする
心理学的テクノロジーが公然とインストールされている。

安全率(Safety Factor)

無知は不確実性を増大させる。
技術的な無知が増大すればするほど、安全率はより増大する。
大地に依存した基礎部をもったすべての構造は
大地に重力を流し続けるかぎり
構造のマージン(=margin 余裕部分)は増大する。
建築産業の安全率は通常4〜6倍に設定され
化学プラントの安全率は4倍、
原子炉圧力容器の安全率は3倍に設定されてきたが
航空宇宙産業の安全率が1.15~1.25倍に設定できるのは
より軽くより強度と剛性を備えた構造こそが
より少ない材料でより多くの体積を包囲できると同時に
飛行の安全性をより向上させるからである。
安全率がより増大ればするほど、応力分散の自由度はより減少し
リダンダンシーがより増大する。
構造のマージン(余裕部分)こそが
安全性をより低下させているのである。

思考プログラム

独創性は
質問に対して検索で答える教育プログラムから生まれない。
検索ロボットが収集したこれまでの情報は
地球上の全情報のせいぜい1%未満である。
検索とコピペを奨励するプログラムは
植民地化の思考プログラムだ。
事物との新しい関係は
既存の情報や知識、
そして知恵やそれらとの組み合わせには存在しない。
検索とコピペを奨励するプログラムは
けっして動機(=know why)を生成しない。
独創性は
つねに検索不可能な領域で生成される。
他者からは検索できない
自己と宇宙との新しい経験から生まれる。

パリティ(parity=平衡)の物質化

張力の歴史は、
人間の構造的な客観化における
間接的、代理的、従属的でつねに局所的な概念の歴史である。
張力は、
哲学的前提から2次的な補佐的機能として考察されてきたが
張力が圧縮力とはじめて概念的に均衡したのは
1807年のイギリスのハンフリー・デービーによる
アルミニウムと鉄の合金の誕生からだった。
それ以後のすべての合金は、シナジェティックである。
つまり、それまでの産業を支えていた
哲学的前提が加速度的に破壊されていくのである。

因果

すべての行為には
反作用とその合成された結果が生成される。
すべての現在には
過去と未来の始まりが合成されているにちがいない。

ミスティック・ミステイク

包括的に理解していく行為に
魅力的な読書や瞑想は含まれない。
包括的な理解は
複数の間違った行為の過程から生まれる
もっとも神秘的な相互関係である。
それゆえに、
包括的な理解は教育プログラムから除外されてきた。
より間違わない論理性にのみに依存してきた知性は
もっとも分断されやすいのである。

現実への脱出

無数の異なった現実(=リアリティ)が
同時的かつ非同時的に存在する。
リアリティとして認識できるすべての存在は
観察者にとって
肯定的か否定的かのどちらかの状態を形成している。
より否定的な状態が優勢ならば
誰でも現実からの逃避を選ぶだろう。
リアリティと一般化(generalization)との相違は
一般化が<唯一の現実>から生成されていることにある。
異なったリアリティの不確定から脱出できたなら
生存する能力(=富)はより増大しはじめる。

干渉

3.11以後、教室の中だけではなく
メディアから<良い質問>と<悪い質問>が
メディアによって認証され横行している。
空気を読む人々には
<良い><悪い>で思考するための
予期しないすべての干渉を排除する
アプリがインストールされている。
予期しないすべての干渉は
独創的な質問に変換できる。
これは<興味ある質問>にちがいない。

精神現象学

人間は、巨視的なコミュニケーションシステムを内在している。
自己承認と原理の普遍性との関係を
最初に哲学的に捉えたのは
ヘーゲルの<精神現象学>である。
科学的原理を教育しても
インターネットを生み出した
生得的な巨視的なコミュニケーションシステムを
採用する自己教育プログラムは未発達だ。
ーーーーシナジェティクスを除いて。
人間性とは、巨視的なコミュニケーションシステムの外部化である。

動的なベクトル平衡体と最短距離

地球から火星に宇宙船が移動する軌道が
3次元曲線になるように
静的なベクトル平衡体(Jitterbug)の外接球面上の頂点から
収縮・拡大する動的なベクトル平衡体の外接球面上の
頂点へと連続する軌道も
螺旋状の3次元曲線として考察できる。
それらはつねに最短距離である。
しかし、イデオロギーに関わらず
政治経済システムが扱う最短距離は
つねに直線として考察されてきた。

自己承認システム

先行技術から改善したアイデアの段階や
偉大な発明を参照しながら
新しい技術を解釈しているかぎり
テクノロジーに内在する原理の生きた美しさを遠ざけてしまうのは
そのテクノロジーを自らが単独で考案したという
社会さえも容認してきた自惚れからだ。
自惚れは、自己承認の欠如から生成される。
自己承認の欠如こそ、
優れた発明からテクノロジーと
その起源を捉える概念の限界をもたらしている。

新しいアイデア

新しいアイデアは無数に存在していた。
これからも加速度的に存在するだろう。
しかし、社会が新しいアイデアを採用する時は
それ以外のアイデアが機能しなくなった場合だけである。
社会的承認を目的としたアイデアよりも
自己承認が先行した無数の孤立したアイデアがなければ
社会が存続できない<システム>を採用しているのである。
この<システム>が
人間が宇宙から学んだ方法とは
決定的に異なっていることを
個人が認識し始めていることだけで
社会システムが前例のない危機に陥っているのである。

反・形態モデル

3次元モデルはまだモデルではない。
その観察方法とその結果はまだ知識ではない。
観察から獲得できるより多くの知識は
秩序を形成する知恵を約束しない。
シナジェティクスモデルは形態(form)ではない。
知識をより少なくする
モデル言語を形成している。
モデル言語は
非形態的ではなく、反形態的である。

裏庭

過疎化に対して政府は定住を促進してきた。
都市から移住したい人間が、地域で根を降ろすように。
しかし、移動するための足を備えて生まれてくる人間は
植物のように根を生やすことで大地に定着はできない。
21世紀の定住計画は、
より移動して繁殖してきた人類の行動パターンに反している。
その結果、地球上の陸地の大半は未だに過疎である。
日々平均30キロ移動している野生のツキノワグマは
脱工業化と平均寿命の向上と共に
過疎化で拡張する<裏庭>を歓迎している。

軍事植民地化

株価と円安を上昇させ大企業からの税収を確保した後に
靖国神社参拝を実行してアメリカ議会に嫌悪を抱かせるまで
沖縄の軍事植民地情況を深化させ拡大させるための
予め取り決められた戦略構想(=絵コンテ付きシナリオ)こそ
人間と環境を優先的に犠牲する
グランチによる21世紀型の軍事植民地化の企みである。
なぜなら、ナーガ(=那覇 Naga)は
アメリカ海軍ではなくグランチの最重要拠点なのである。
バイオスフィア内で
株主に配当金を与え続けるクレジットシステムを
勝利させ、支配するための。

モバイルキッチン

生産される全食糧の過半数は
農場や加工工場の貯蔵庫にはなく
工場やスパー、そして家庭の保冷庫や冷蔵庫にもなく
陸路と海路、そして空路のクール便で
世界中をいつも移動している。
冷蔵庫も
いまや動的な球状の分散型ネットワークを形成している。
冷蔵庫の扉を開けると
輸送機やトラックの動く冷蔵庫の無数の扉がある。

CPU

過労死するほど仕事量を増やせるのは
ロボットよりも人間の賃金が安いからだ。
しかし、そのロボットを
より安く働かせているのは
より少ない電気エネルギーで働く
休息を知らない人工物CPUだ。

腐敗エコロジー

エコロジーは
科学による自然の相互作用を探査する場合の
限界を表した初期の動物行動学における
生物と環境の関係を取り扱う概念であって
自然の原理ではない。
従来のテクノロジーを限りなく「改善する」という
発明の概念を否定しなければ
自然の原理は発見できないだろう。
原理はより改善された究極の自然の姿ではないはずだ。
「より良くする」というエコロジーこそ
ほとんど自然を腐敗させてしまっている。
この腐敗エコロジーは地球温暖化説とともに増殖している。

開かれた知識

公開講座が市民のために無料で開かれているのは
政府が大学に補助金を払っている限り
大学は市民に教育サービスをする義務があると考えているからだ。
NHKなどの放送大学も同じ理由で講義は
インターネットで公開されている。
しかし、そこには<開かれた知識>は存在しない。
<精神>が開かれていない限り
教える側と学ぶ側の<開かれた知識>は
もはや教育の対象ではない。
それが互に閉じたままだからだではなく
蓄積できる知識を理解することが互いに簡単だから。
実際、単位と授業料は
精神の自発性(know why)とは無関係に交換可能なのだ。

仮想的富

ビットコイン(仮想通貨)が
基軸通貨を脅かしている背景もまた
基軸通貨が中央銀行(日銀を含む株式会社という法人格)から
仮想的に発行されている<システム>の一部なのだ。
つまり、<図>と<地>の関係であるかぎり、
相互に交換可能である。
そのシステムこそ
資本主義の加速する膨大な利益を
仮想的な富に変換する過程で
実在する不可視なシナジー的な富を
搾取するための偽装システムなのだ。
仮想的現実を生み出す偽装現実こそ
グランチの欲望の住処となっている。

非同時的ネットワーク

<謹賀新年>とは名詞である。
この名詞から<時差>を思考できない。
海を隔てた大陸間の遠隔では
同時的に<謹賀新年>を共有できない。
<謹賀新年>は局所的である。
非同時的な銀河系に
同時的ネットワークは機能しない。
元旦は
非同時性からの逃亡を
同時に始めるための局所的なリセットなのだ。