エアコンや冷蔵庫、そして携帯電話などの省エネには関心があるが
大多数の住居の空力抵抗や奪われる熱エネルギーを軽減するデザインには
人々はまだ無関心である。
切り取られた大地を所有して
固定され静止したままで再び所有される不動産で
富を増大させる土地資本主義を
最優先してきたからだ。
自然の富の形成方法は
個人の富を増やす手段とは
とは無関係である。
生息地や住居環境(=habitat)を
自らこしらえる時間と技術を他者に依存するのは
哺乳類では人類だけだ。
グランチの最初の生息地は
行き過ぎたこの専門分化を維持できる場所だったのである。
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告白(profess)
プロフェッサー(professor)とは
信仰の告白者へのレッテルであった。
さもなくば、眼鏡をかけた賭博師か
酒場のピアニストであった。
20世紀のプロフェッショナルとは
知識を商売にする人々である。
その語源は
自己を偽って称して生きる者たちへの
揶揄であった。
シナジェティクスに教授は不要だ。
自己と宇宙の無数の動的な関係に
人格は介在しない。
計算法
数学の種々の計算法のいくつかは
いわば人間の虚勢ゲームとして登場した可能性がある。
グランチには
その盲目的な人間の虚勢方法を
独占する価値があったのである。
学生の数学の才能のほとんどは
その計算方法に適応する能力として
認識されている。
シナジェティクスは
自然に内在する数学システムを発見するのみである。
気象兵器
自然の作用を意図的に操作によって
地球または宇宙空間の構造と組成パターン、そして運動に
変更を加える気象兵器のテクノロジーが
どれほど意図的に予測的に環境を改変しようとも
自然や人間に損失を与えるかぎり
恐怖から生じる無知であることには変わりない。
自然に異常気象はない。
あるのは、加速する気象兵器のテクノロジーと
気象兵器の存在を無視した気象統計学と
超専門分化した予測能力の不足だけである。
自然に人工気象は存在しない。
あるのは、テクノロジーを作り出せると思い込んでいる
人間の思い上がりだけである。
気象兵器をデザインできても
バンアレン帯を人間がデザインしたわけはない。
「環境とは自己以外のすべて、宇宙とは自己を含むすべて」 R.B.F
概念
気づけば気づくほどまた疑いたくなる。
疑いによって、自己は変わらない。
経験すればするほど
知識はなにも変えないことに気づく。
しかし、概念を破壊しないかぎり
経験も自己も変わらない。
概念を破壊すれば
自然にもっと学びたくなる。
残像(after image)
遅延は
生命現象のすべてに横たわる
逸脱現象である。
遅延とは
認識できない<無>との間隔である。
人間はチンパンジーよりも
はるかに長い間隔を持っている。
人間が認識するためには
曖昧な残像を待たなければならない。
そして、その残像を言語に変換する。
視覚
テンセグリティ構造に至っては
触覚から思考する意味は
ほとんどないのである。
圧縮力と張力の相互関係は
部分的な触覚情報からは
理解不能である。
さらに、シナジー作用は
視覚情報からも理解は困難である。
それはすばらしいことではないだろうか。
触覚
生きるための重要な判断は
触覚に委ねられている。
直接モノに触れる感覚器からの情報に依存している。
モノに触ることから
思案しはじめる傾向が生まれる。
そして価値を判断するために
どんなモノ(自動車やパソコン、そして不動産など)に対しても
手で触れるという無意識の行為を引き起こしている
にもかかわらず
触覚に依存した判断結果は
信頼するに乏しい。
客観的
理解とは
客観的な完全性である。
現金がなければ
現実化できないと考えるのは
主観的である。
プラトン哲学
モデル言語は
ある対象について観察者のそれぞれ異なった理解を
組み立てるような方法で学習する
構成主義的自己教育からは
誘導されないようにデザインされている。
例えば多面体をどれほど対象化しても
ベクトル平衡体は発見されなかった。
正多面体(Platonic Solids)が引きずる固体的概念を破壊するには
ギリシア時代のプラトン哲学から
25世紀も経過しなければならなかった。
多面体は固体的な概念から再構成された
静的な対称性を形態化したにすぎない。
事物ではなく
自然の先験性を再現したシナジェティクス・モデリングを
ありのままに観察することによって
言語は非常に鋭敏になる。
モデル言語を生成するシナジェティクス・モデルは
先験的な概念の宝庫である。
