あらゆる大人はかつてこどもだったにも関わらず
こどもがそれぞれ特別な(different)興味にしたがって
学習することに確信を持てないでいる。
むしろ、こどもの興味に対して
無関心(indifferent)で冷淡にふるまうのは
生きる上で重要でないと確信しているからである。
「シナジェティクス」カテゴリーアーカイブ
学習の無秩序
こどもの学習を試験という競争に駆り立てるところには
苦痛と怖れから逃れるための無秩序がある。
強制のあるところには
自由を憎む心が芽生える。
あるがままを見るように
導くのは教師ではない。
生得的なデフォルトである。
生得的なデフォルトは
教師からもっとも憎まれている。
自然は彼らを必要としないから
学校は無秩序で溢れている。
螺旋軌道
弾丸の飛跡をブレなくし命中率を飛躍的に高くするために
銃身内部に螺旋条溝が発明されたが
この螺旋条溝がなくとも、球体がスピンしながら飛ぶとき
その軌道は螺旋を描く。
シナジェティクスの螺旋体モデルで理解すれば
螺旋軌道は、回転しながら移動する球体を安定させるための
最短距離なのである。
地球も月も、太陽系の外から観察すると
それぞれ周期的な螺旋軌道を形成している。
この物理学を知らないまま
螺旋軌道を描いてサッカーボールを高速でシュートできるプレーヤーを
天才と見ていいだろう。
そのボールには明らかに地軸のような回転軸が存在する。
反・独学法
1970年代の日本には、シナジェティクスの教育者も専門家もいなかったが、
私には、何をなすべきか教えてくれる人がいない状態で
独学した期間はなかった。
1975年頃からバックミンスター・フラー研究所とフラーに手紙を書いていた。
彼の講義日程はつねに把握できていた。
驚くことに、彼の休日は飛行機での移動時間だった。
当時のエアメールでさえ、充実した遠隔的な自己学習方法であった。
学習に独学は存在しない。
自己と他者、そして宇宙との関係だけで、他になにも存在しない。
5年後、彼とシナジェティクスの仕事をしたときに分かったことであるが、
彼は年間2万通の手紙を書いていた。
通学も独学も時代遅れである。
デフォルトの美
検索によって
過去に照らして現在を解釈するかぎり
現在というあるがままのデフォルトの美しさを
とらえられないばかりか、
現在から遠ざかる手段となっている。
検索すればするほど
現在を過去と似た部分で重ねる行為は
より加速するビッグデータで
人類は違いよりも互いにより似てくるのである。
これ以上の神秘の腐敗があるのだろうか。
遭遇
シナジェティクス・モデリングの経験の蓄積によって
シナジェティクス原理との遭遇は生まれない。
シナジェティクスにおいて
経験主義は発見の方法ではない。
シナジェティクスは
抑圧された中心もなく周辺もないドメインに
自己を包含する過程を生成する。
そのドメインは、より少ない言葉と時間でしか生成されない。
インサイダーVSアウトサイダー
世界の覇権が第2次世界大戦によって
内部から外部へと入れ替わったように
知識にはインサイダーとアウトサイダーがある。
学問にもインサイダーとアウトサイダーがある。
現在の世界の政治経済情報は
インサイダー(つまり、かつてのアウトサイダー)が編集した情報である。
同じ対象を観察する観察者の場所の問題を
操作主義的に扱う包括的なシナジェティクスは
そのどちらにも属さない。
シナジェティクスはこの半世紀間
内部と外部には同時には属することができない
客観的に記述可能な物理的かつ超物理的(フィジカル&メタフィジカル)な
シナジェティクス・モデルを数多く発見してきた。
実験教育とシナジェティクス
原爆実験の後のヒロシマでは
こどもがこどもを教える<教科書のない>教育システムが
教会が運営する幼稚園や公立の小学校で実験された事実は
セシウムの内部被曝の事実と共に隠蔽されてきた。
戦後復興の混乱のなかで
こどもにとっては学校が一番楽しい場所となるこの教育実験の結果は
1950年代から始まった冷戦時代の米ソの宇宙開発競争に
勝利するために全米の幼児教育で表向きは
「モンテッソーリ教育」として後に利用されたのであるが
こどもにいっさい試験をしない理想的な教育理論の実験は
<規範となる教科書がない>ばかりか
<監視する教師がいない>実験でもあった。
こどもがこどもを教える過程で
こどもは様々な原理を自律的に発見していく。
この革命的な教育実験なくして
私はバックミンスター・フラーの教育理論を理解できなかったばかりか
彼との共同研究を支えてくれた動機など存在しえなかっただろうと思う。
書物や情報に対する依存心、競争に対する依存心、
そして権威に対する依存心などは
規範と監視のための<教科書と教師>を陳腐化した
教育システムではほとんど形成されない。
シナジェティクス教育には、
初等教育も高等教育も専門教育も存在しない。
こどもは、すでに混乱から秩序を発見する自律的な才能を備えている。
彼らは言語を自ら形成できるからだ。
学ぶためのデフォルト
学習環境のデフォルトは
無知と無秩序である。
そして、好奇心(ノウホワイ)である。
学校はそれらすべてを日々破壊している。
物質から抽象化へ
DNAモデルは2本の鎖状ポリヌクレオチドが一組となって2重螺旋を構成する。
1951年に発見されたこのモデルには実際のDNAの複製の機能はない。
2本のポリヌクレオチドを結びつける水素結合の相互関係を
捉えた謂わば3Dのストップモーションモデルである。
しかし、テンセグリティモデルには機能が形成されている。
共鳴テンセグリティのすべての形成過程とは、物質から抽象化に至る過程である。
細胞テンセグリティモデルでも
原子核またはフラーレン・テンセグリティモデルでも
テンセグリティモデルは物質の関係を抽象化し
もっとも純粋な機能を物質化しているのである。
