シナジェティクス」カテゴリーアーカイブ

基礎という概念

すべての構造は重力なくしては成立せず、
建築構造は大地との結合なしでは成り立たない。
構造の自重は大地に流れていく。
しかし、
巨大な鉄の塊を船のような器にデザインすると、
浮力という重力の反作用によって、
海上または海中を浮遊する構造となる。
テンセグリティにおいては、重力を張力に置き換えると、
大地との結合から自由になり、大気圏を浮遊する構造になる。
テンセグリティ原理を利用する
原子核や細胞から、基礎という構造を取り出せないのは
張力が基礎との絶縁から生まれるからである。
基礎という概念は、
数万年間、構造に対して抱き続けている
人間の認識上の壁なのである。
そもそも重力は断面積がゼロの非物質化した張力材であるという認識は
シナジェティクスによるテンセグリティの発見を
待たなければならなかった。

思考言語(thinktionary)

シナジェティクスは
どんな科学的分野よりも
構造とパターンを発見してきた。
シナジェティクスは
形態学ではない。
まして
3次元幾何学ではない。
なぜなら、
例えば、テンセグリティ原理は
生物形態の抽象化やその模倣からは
発見されなかった。
その独自のバックミンスター・フラーの
思考方法を想起するだけで十分だろう。
シナジェティクスは
メタフィジックスである。
瞑想よりも
対話よりも
そして、
モデリングよりも、
知識から学ぶことをより少なくすべき
新しい思考である。
経験を置き換える言葉を
専門分化された特殊な辞書から探すべきではない。
数千年間にわたる概念の牢獄から解放された
シナジェティクスの思考言語(thinktionary)によって
普遍的概念を表すことができる。

キャンパスという専門分化された時代遅れの場所で
つまり、分割と分類の閉じた塀の内部から
この思考言語(thinktionary)は学べない。

独創性

若者にとって独創性の獲得は
うねぼれと希望の闘争に始終する。
しかし、うねぼれと希望の闘争は短命である。
独創性が生まれるには
恐ろしい断崖の端まで行く勇気がなければならない。
その勇気とは、
社会的孤立や経済的貧困に対する受容のためではなく、
言語の牢獄から脱出するための
新しい概念の獲得のための孤独な闘争に耐える勇気であるはずだ。
途絶えがちな、しかし真に孤独なこの闘争は
しばしばその過程自体が独創的になる。

静的な幾何学

お金と富の違い、そして
産業と銀行と有価証券の機能とそれらの相互関係についての
経済学を理解することと
科学と工学そして教育一般の欠点を発見することが
含まれないシナジェティクスの学習は
堕落した静的な幾何学(=シンメトリー)である。
自然に存在する
どんな「構造とパターン」も発見できないだろう。

秩序

多くのものを理解したが、
何も発見しなかったことは矛盾しない。
真に自然を理解する方法こそ
経験したことを秩序づけることによって
発見するしかないからだ。

テクノロジーの定義

人間がどんな生命にも容認される方法で
基本的な環境の変化に適切に意識的に関与できる
テクノロジーはつねに発見されてきたにも関わらず、
人間は最良のデザインを生み出せる
という幻想を抱いてきた。
魅力的になりたいという欲望を実現する
デザイナーに過度の自己愛を許してきたのは
われわれの弱点からではなく、
テクノロジーの定義がまだ暗黒時代に属しているからだろう。

シナジェティクス

すべてについての真実と、
そして
事物の組合せについての現実を知りたい。
経験された事実こそが真実(truth)を形成する。
それはシナジェティクスである
否、
シナジェティクスにある。

鉱脈

熟練した科学者でさえ、
アイデアの金鉱脈から去ってしまうまで、
そこにいたことには気づかないものだ。
まして、金鉱脈の中で息絶えたならば。
デザインサイエンスは
金鉱脈から脱出した後の
行動学である。

標準

人間が昨日より今日、
そして日々変わり続けるには
才能とエネルギーが必要だ。
いっさいの標準を破壊するために。
自然はもっとも少ないエネルギーで
標準(=ノーマル)を変える達人だ。