両親にとって良い子どもは
自分の鏡だ。
自分の選択を反映するから。
良い教師にとって子どもは鏡だ。
子どもから教えられるから。
しかし、学ぶことに鏡は不用だ。
学ぶとはすべての鏡という等価物の反射作用の破壊から始まる。
ーーーたとえ破壊だけに終わったとしても。
「シナジェティクス」カテゴリーアーカイブ
続)動的平衡モデル
シナジェティクスでは
テンセグリティは非生物であるが
有機的システムである。
自律的なテンセグリティ構造はまだ存在しない。
基礎を必要とするすべての構造は
本質的にテンセグリティ構造ではない。
大地に依存するだけで
動的平衡はすでに失われているからだ。
細胞には動的平衡はみなぎっているが
生命を保護するテクノロジーには
応用されていない。
動的平衡モデル
バックミンスター・フラーは生物学者ではなかったが
1944年にベクトル平衡体モデルを発見して
<動的平衡>状態を視覚化することに成功している。
それよりも先行してシナジーの概念を
科学的探査のもっとも重要課題にしていたからであるが
その後も継続されたその探査過程で
1949年のテンセグリティ原理の発見は最大の成果だった。
動的平衡は1951年までの生物学によれば
非生命の非有機的なシステムには
存在していなかった。
有機的(organic)について
有機的(organic)とは
統合された再生的なシステムのことである。
水耕栽培のレタスや他の惑星の生命現象を
理解する概念だけではない。
セシウムでさえ有機的である。
その半減期が有限であるのは
すべての元素が再生的に統合されているからである。
理解について
事実は
静的な関係にあるが
真実は
同時的かつ非同時的な関係にある。
それゆえに、理解もまた
同時的かつ非同時的な関係にある。
動機(know-why)について
社会の空気を読む能力は
想像力の不足と共に増大する。
思考過程自体を思考するには
動機(know-why)が必要だが
空気を読む能力に動機は不用だから。
動機(know-why)は
教育できないからでもある。
動的なアイデアについて
現在の特許文献の形式は
最初に従来技術との比較から始まる。
発明の根源が比較から生まれ
ロイヤリティへの幻想が発明のエネルギーである場合
その発明は恐ろしく近視眼的で短命になる可能性がある。
この短命さが半歩先のビジネスに不利にはなるとは限らないからだ。
短命な発明にとって
もっとも手っ取り早い現実化(=realization)とは
現金化(=realization)と等価である。
一方、包括的なアイデアは
発明者が置かれた現実の諸問題に
発明者自身が全的に直面して生きること
他者の概念や過去の幻影、文献などの記憶を通さずに
全的に現実の矛盾に触れることから生まれている。
発明とは人々の生活を改善するために
革新的で現実的なアイデアを
物質的に変換する
いわばエンドレスな無償の行為に近い。
優れた発明には先見性がある。
その特許権の有効な期間内に
成就できないほどの包括性と不可分な先見性は
無償の行為に接近するだろう。
過去の歴史の中でついに現実化しなかった発明が
しばしば、直観や思考を費やさければ到達できない
動的な展開力をもった先見性に満ちている場合は
芸術作品と同じように
優れた発明も<物質はつねに遅れてやってくる>という
表現行為として受け止めることができる。
互換性について
生命体と非生命体を構成する
有限な92種の既製品には
完全な互換性がある。
その起源を理解しようとすると
太陽系外にまでに自ずと興味が湧いてくる。
完全な互換性は
もっとも高度な知性から生まれるが
興味は情報からではなく
無知から生まれる。
シナジーの反対概念について
シナジーは動的な関係である。
シナジーの反対は静的ではなく
不可能である。
たとえば、机の上の小さなテンセグリティは
それを証明する。
もし、絶えざる振動がないなら
そこにテンセグリティは存在していない。
条件反射
学習が先行した知識にしたがった再現
または
知識の模倣を容認する行為であるかぎり
新しい知識は生まれにくい。
たとえ
自己について、あるいは他者について
どんなに学んだとしても
他者から知り得た知識に基づいて思考するかぎり
そこから派生する行動は予測可能な<条件反射>だ。
真の学習とは99%の準備である。
ーーーー知識が形成した<条件反射>という
巨大な重力圏から出て行くための
