シナジェティクス」カテゴリーアーカイブ

有用性について

シナジェティクスは
有用性からの逃避ではない。
孤立的で閉鎖的な活動ではなく
完全に今日を生きるときにこそ
理解への厳しい冒険が生まれる。
世界とそのあり方を理解することは
有用性の極限に違いない。

経験について

学校では蓄積された知識から物事を考える習慣を訓練する。
優れた学習でさえ蓄積した知識にしたがった
より忠実な模倣にすぎないだろう。
模倣からやがて生き残るための優れた順応の方法が生まれる。
こうして学校で何ひとつ新しい発見が望まれないのは
概念の牢獄化がより強化される場所だからだ。
学ぶとは
過去の蓄積された概念と歴史に囚われることなく
もの自体を観ることである。
もの自体を観ることの知識は
その知識自体を否定する経験からのみ習得される。

裏返し操作 (turning inside-out)

太陽は太陽系の質量の99.87%を占有している。
そして、太陽系の元素存在度は太陽の元素存在度と
実質的には同一である事実が最初に観測されたのは、
1959年に打ち上げられたソ連の月探査機ルナ1号の無人探査機による
太陽系内の探査よりも21年も早い1938年である。
太陽系の元素存在度の発見は、驚くことに、
地上から収集可能な太陽大気のスペクトル分光分析データと
隕石の化学分析データの推論から導かれたのである。
それらはバイオスフィアの外部(=大気圏外)からよりも
内部から観察可能であった。
しかし、われわれの内部の組成もまた宇宙という<外部の裏返し>であるという
もう一つの事実はもっとも遅れて認識された。
<自分を外から見る>という行為なくしては
認識できなかったからである。
観察者を観察の対象から除外しない方法は
習慣的に科学から除外されてきた。
<自分を外から見る>というシナジェティクスの<裏返し操作>は
科学的認識の一般化には不可欠である。

未知(unknown)について

私がシナジェティクスの探求を始めたとき
既知ではなく未知(unknown)の段階からはじめた。
その方法は、私の最初の原理の発見の後に気づいたことであるが
シナジーに接近する最短距離であった。
原理を探求する前に
未知は確かに<ある>が
<知る>ことの段階には存在しないことを
直観的に理解していたのは
『シナジェティクス』を読み始めていたからではない。
バックミンスターフラーが
その第一巻を出版する2年前の出来事である。

現在

思考は、過ぎ行く現在から未来と過去とを分離する。
しかし、分離に対する要求そのものが
現在から遠ざかることを知らないのである。

シナジェティクスと数学

構造とパターンが意味するものを
正しく見ること自体がシナジェティクスである。
それは構造とは何かを学ぶことに他ならない。
そして学ぶとは構造に関する情報を集めることではなく、
構造とパターンを瞬時に見抜くことである。
構造とパターンの発見とその秩序化は
純粋な数学であり、その定義でもある。

シナジェティクス・モデリング

モデリングのない思考は存在しない。
手は思考の精密機械である。
シナジェティクスでは
概念モデリングは原理の物質的な変換のための媒介物(=trimtab)になる。
瞑想はモデリングを必要としない。
瞑想は非物質的な変換のための
手を必要としないメタフィジックスである。

シナジェティクスの思考方

古いアイディアから逃れる方法は
シナジェティクスから学べない。
古いアイデアを壊す方法は
シナジェティクスにある。
しかし、それを目的にすると
シナジェティクスは遠ざかる。
シナジェティクスは
蓄積した知識をつねに破壊してきた。
そこには新しい思考はないから。